タケル×ヒカリ
「……こんなとこに居た」
赤い太陽が照らす夕暮れ。
バレンタインという、本日最大のイベントも終わりかけた放課後。すれ違うのは、手を繋いで歩くカップルばかり。そのカバンの中に(或いは手に持っているかもしれないが)入っているであろうチョコレートの、甘い香りが漂ってきそうだ。
もっとも、それと私とは全く関係ないわけで、私のバレンタインはまだこれから。大輔君には朝の時点で渡したし、京さんにも昼休みに渡した。他の子は学校が違うから今日は無理。
あと一人(これが今日のメインイベントなわけだけれど)渡せばいいだけだというのに、お目当ての人物はどこを捜しても見付からなかった。
「人の気も知らないで眠ってる、なんて……いい気なものね」
今日はもしや休みなのではと諦めかけて、ふと通りかかった書庫に彼は居た。普段は誰も寄り付かないから、すっかり錆び付いているはずの扉が少しだけ開いていて、不審に思って覗いてみると、本に埋もれて彼が眠っていたのだ。
「……たーけーるー君、風邪ひきますよー」
軽く呼び掛けて、彼の周りを良く見ると、本と一緒に可愛いラッピングの施された箱なんかもちらほらある。なるほど。私より先に彼を捕まえられた子がいたわけだ。
「……………」
なんか嫌な感じ。
それも一つや二つじゃないんだもの。そりゃ、渡す順番で勝敗が決まるものでないことくらいわかってる。
「でも、なんか悔しいのよね」
なんだかラッピングも豪華な感じだし。……私の地味だったかしら、なんて自分の鞄から彼宛てのチョコレートを出してみる。
「あ、チョコだ」
突然、声が聞こえて驚いて思わずチョコの入った箱を落とす。
「痛っ!」
落ちていった箱は、寝転んだ状態の彼の額に見事にヒット。あまりの痛さにか彼が飛び起きる。
「手荒い起こし方だなぁ」
「ごっごめ……わざとじゃないのよ……!」
「はは、じょーだんだって。わかってるよ」
彼の笑い声が狭い室内に吸収される。今気付いたけど、ここ、けっこう狭い。
「で、これは僕にでいいの?」
「え?」
近くの本の山に肘をついて、彼は軽く笑いながら問うてくる。
「まぁ、僕宛てに決まってるけどね」
「……違ったらどうするの」
あんまり自信いっぱいに彼が言うから、その通りなんだけど、ついそんな風に言ってみる。
「違わないよ。ヒカリちゃんのチョコは全部、僕のものだもん」
「なにそれ」
何故だか妙に楽しそうな様子で、彼はまっすぐ私を見つめる。
「そんで、ヒカリちゃんも僕のもの」
へらりと軽く笑んだかと思うと、次の瞬間には私の視界から彼が消え、背中が本の山の上にぶつかるのと彼の重みを同時に感じる。
「たっ、タケル君っ!?」
まさかの彼の行動に、流石に慌てて、体を起こそうともがくも、やはり彼の重みには勝てない。
「ヒカリちゃん……」
とろんとした彼の瞳が私を見つめ、そのまま崩れ落ちた……かと思ったと同時
「頭いたい……」
ぐったりした様子で紡がれた言葉に拍子抜けする。
「……は?」
「おやすみ」
状況説明もなく、体勢を直すこともなく、彼は健やかに寝息を立てはじめた。
「なんなの」
どっと疲れが出て、ふと目線の先を見る。すると、先程、本と一緒に埋もれていたチョコの箱が空いているのに気が付いた。
「これ……ワイン入り……」
なるほどな、と大きな溜め息をつく。おそらく、貰ったチョコを食べて酔ったため、誰にも気付かれない此処で眠っていたのだろう。
「これで私との会話覚えてなかったら怒るんだから」
気持ち良さそうに眠る彼の瞼に小さくキスして、私も瞳を閉じた。
「大好き」
言ったのは私だったかしら、それとも……
君に酔う日
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