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タケル×ヒカリ
「久しぶり」
「ちょっと背伸びた?」
「あぁ、なんかそれ懐かしいな」
「ふふ」
 キラキラとした照明の下で、いつもよりめかしこんだ旧友たちが再会を喜び合う。おいしそうな料理がテーブル毎に置かれた会場の片隅で、懐かしい顔に出くわした。

「でも、本当になんだか大きくなったような気がするんだけど」
「そう? 最近測ってないからなぁ。少しは伸びたかもしれないけど……」
「大人の男の醸し出すオーラのせいかしら?」
「ねぇ、それ本気なのか冗談なのかわかりにくいよ」
「えぇ?」
 中身のない会話を続けて、クスクスと笑い合う。久しぶりに会ったとは思えない言葉のやりとりは心地よくて、だけど人ひとり入れるくらいに空いた互いの距離に確かな時間の流れを感じる。

「今はどうしてるの……って、聞いてもいいのかな」
 確かめるように言うタケル君に、軽く頷いて答える。

「帰ってきたの。卒業して、最初はあっちで就職したんだけど、いろいろ……思うところもあって」
 私が地元を出たのは6年ほど前だ。大学に進学するのを機に、思い切って一人暮らしを始めた。

「そっか。東京から離れた学校に行ったらしいっていうのは聞いてたんだけど」
 随分と曖昧な言い方だ。どこまで言っていいのか悩んでいるみたいな、遠慮がちな言葉選び。両親と兄以外には何も伝えずに引っ越したから、踏み込んでいいものか、きっと気を遣っているのね。

「ごめんね。あの時はいっぱいいっぱいで、ちゃんとした挨拶もできなくて」
 嘘だ。伝えようと思えば、いくらでも伝えられる手段はあったのに。

「そんなことは……」
 タケル君も気付いているんだろう。私が敢えて何も言わずに此処を離れたこと。気付いていて知らないフリをする。良くも悪くも大人になったね、私もあなたも。

「新生活となるとバタバタするよね。僕も一人暮らし始めた時は大変だったよ」
 思わぬ新情報に一瞬、言葉に詰まる。

「タケル君、一人暮らししてるの?」
「うん、大学出てからね。って言っても母さんのところからそんなに離れてないところだけど」
「そうなの」
 妙な沈黙が流れる。このまま浅い会話を続けようか、もっと奥に触れようか、いっそ断ち切ってしまうべきなのか。お互いに様子を伺っている。先に口を開いたのはタケル君だった。

「来る?」
「……え……えっ?」
 想定外の台詞に思わず聞き返す。ふざけているのか本気なのか、うっすら微笑むタケル君からは真意が読み取れない。

「来るって、どこに」
「僕の家?」
「どうしてそうなるの……」
「うーん、どうしてだろう」
 口元に手を添えて、タケル君が考える素振りをする。

「なんとなく。誘うシチュエーションかと思って」
「は……」
 開いた口が塞がらないとはこのことだろうか。楽しそうなタケル君を見ると、真面目に考えていた自分が馬鹿みたいに思えてはぁと大きな溜め息が漏れた。

「タケル君はいつからそんなナンパ人間になったの」
「さぁ? ヒカリちゃんが知らない間にじゃない?」
 言葉がチクリと胸を刺す。あ、拗ねてる。顔こそ笑っているけれど、的確に心の隅っこをつついてくる。タケル君のいつもの手だ。

「行くわ」
「え……」
「なんとなく。誘いに乗るシチュエーションかと思って」
 パチパチと2、3度大きな瞬きをしてからタケル君が吹き出す。

「まいったなぁ……ヒカリちゃんはいつからそんないい女なの」
「さぁ? タケル君も知らないくらい、ずっと前からじゃない?」
 甘く見ないで欲しいわ。拗ねたタケル君の相手なんて慣れっこなんだから。

「そうだね」
 あっさりと肯定して、直後に「はぁぁぁーっ」と盛大な溜め息を吐いたタケル君が、その場にしゃがみ込む。がしがしと両手で頭を掻いて、整えられていた髪型が無造作に散らばる。

「ひどいよ、ヒカリちゃん」
 子どもみたいに唇を尖らせて、タケル君が私を見る。自然と上目遣いになったタケル君の瞳が不安げに揺れて、つい可愛いなんて思ってしまった。

「会いたかった」
 言いたいことを全部詰め込んだような重さを纏って、タケル君の言葉が全身にのし掛かる。

「ずっと一緒だと思ってた……ううん、ずっと一緒にいたかったんだ。一度、離れ離れになったら、また一緒にいられる保証なんてないから」
 弱々しいタケル君の声が、俯いて膝に顔を埋めるのに合わせてどんどん消えて行く。

「どこかに行くなら、僕も一緒に連れて行って欲しかった」
 沈黙が私達の間を流れて、私は言葉を見失う。ごめんね、では足りない気がして。

「手を、繋いでいたかったのよ」
 ぽつりと零した私の言葉は、きちんと彼に届いたらしい。少し潤んだ瞳が私を不思議そうに見つめる。

「1人でも歩けるようになりたかったの。あの頃のままの私じゃ、いつか手を放さなきゃいけなくなるんじゃないかって」
 そっと、その場に膝をつく。見上げられていた目線がまた元に戻って、私の動きに合わせて下を向いたタケル君の前髪がさらりと流れた。

「タケル君と、一緒に歩けるように。ずっと一緒にいたいから」
 優しいタケル君は私を置いていかないから。足止めしないように、引っ張ってもらうだけでなく、私も手を引けるように。強くなりたくて。

「でも、私、自分のことしか見えてなかったのね。タケル君のこと不安にさせて、傷付けて、確かにひどいね」
「そっ……」
 慌てて否定しようとするタケル君を制して、言葉を続ける。

「タケル君との未来を見てるのに、タケル君自身を見ていなかったわ」
 言わなくてもわかってくれる。でも、わかるということは受け入れることと同義ではないのに。

「ごめんね。許さなくていいから、また一緒にいてもいい?」
 今度はタケル君が言葉を失う。迷うように握ったり開いたりする手のひらが、やがて私の手を掴んだ。

「会いたかったよ、ヒカリちゃん」
「うん、私も会いたかった」
「ずっと一緒にいてくれる?」
「死んでも離れてあげないわ」
 ようやくタケル君が笑った。細めた瞳と上がる口角に昔の面影が重なる。と、思えばすぐに悪戯っぽい視線が復活して、私の手を掴んでいたタケル君の手がゆっくりと私の指を絡めとっていく。

「……来る?」
「え?」
「僕の家。今度はなんとなくじゃないよ」
 真剣に見据えられてたじろぎそうになるのを必死で隠して口を開く。

「行くわ。今度はなんとなくじゃないわよ」
 私の答えに数秒の間を置いて、タケル君が立ち上がる。繋がれた手に引かれて、私も一緒に腰を上げた。

「本当にまいるな……ヒカリちゃんっていつまでそんないい女でいるの?」
「さぁ? 未来のタケル君が知ってるんじゃない?」
 心地よいやりとりは変わらず、くすくすと笑い合いながら扉へと向かう。

 人ひとり分空いていた距離は、いつの間にか埋まっていた。


消息


ずっと一緒にいようね




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消息を辞書で引くと色んな意味があるんですね。
子どもみたいな約束を大人になって交わすタケヒカかわいいなって。


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