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タケヒカバレンタイン2019
「なかなかに不評よ、タケル君」
「そう言われてもね」
 ぐったりとした様子で机に付して、タケル君が溜め息を吐く。外部の光を一切遮った室内に小さく灯した赤いライトが、彼の金髪を照らした。

「義理なんだから貰ってくれてもいいのにって」
「義理なんだから受け取らなくてもいいでしょ」
 匿って欲しいと連絡を受けて招いた部室。元は理科の準備室に使われていたという小部屋は、遮光カーテンや暗幕を重ねて簡易の暗室になっている。写真部の部員なら自由に使える場所だけど、使用中の札を掛けている時は誰も立ち入らないようになっている。

「本命だったら受け取るんだ?」
「その質問は意地悪だなぁ」
「そう?」
「本命の子からのチョコなら、義理でも受け取るよ」
「なるほど」
 頷いて、申し訳程度に備品の整理なんて始めてみる。今や部員のほとんどがデジタルを使っていて、暗室を使う人は稀だけれど、それでも私用で占拠している後ろめたさは若干あったりして。

「手伝おうか?」
「ありがとう。でも大丈夫よ」
「ごめんね」
「いいわよ。誰も使う予定はなかったし」
「うん……それもだけど」
「ん?」
 机の上で組んだ腕の中に伏した顔から瞳だけ覗かせて、窺うようにタケル君が私を見つめる。

「ヒカリちゃんが誰かにチョコ渡すの邪魔したかった、って言ったら怒る?」
 子犬みたいな瞳とはこんな感じなんだろうなと思いながら、それすらも意図してやっているであろうタケル君はたちが悪いとも思う。

「怒らないわよ。ばかだなぁとは思うけど」
「馬鹿かなぁ」
「私がタケル君に邪魔されたくらいで諦めると思う?」
「それは確かに」
 苦笑いと共に短く嘆息して、タケル君はまた顔を伏せる。手持ち無沙汰になった私はまた備品の整理を始めてみるけれど、それもすぐに終わってしまう。仕方なくタケル君の向かい側に座って、伏せったままの彼の髪を指先で弄ぶ。

「なにしてるの」
 くぐもった声が問い掛ける。
「暇なんだもの」
 髪を梳く手は止めずに、淡白な言葉で返すとチラリとタケル君の両目が覗いて私を映した。

「本命にチョコ渡しに行けばいいだろ」
「ここの鍵はどうするの」
「僕が締めておくさ」
「ダメよ。顧問に返却に行くのに、部員以外が行っちゃおかしいでしょ?」
「なら出てけって言えばいいのに」
「ひどい言いぐさね」
「ひどいのはどっちさ」
「拗ねてるの?」
「べつに。期待してるだけだよ」

 思わぬ返答に言葉に詰まった。ちょっと高鳴った胸に、なんとなく悔しい気持ちになる。

「本命の子からのチョコ、期待しちゃ悪い?」

 髪を触っていた私の手を掴んで、畳みかけるようにタケル君が言う。暗くて見えないはずの碧眼が、美しく私を見つめている。

「残念でした」
「え……」
「禁止なのよ。ここ、飲食は」
「貰うだけならいいでしょ」
「持ち込みもダメなの」
「ふーん」
 不服そうながらも少し機嫌が回復したらしい。くすりと笑みを零して、タケル君が立ち上がる。

「それなら今すぐ出よう」
「逃亡はもういいの?」
「ヒカリちゃんのチョコの方が最優先事項だからね」
「出待ちがいても知らないわよ」
「その時は全力ダッシュするしかないね。頑張ろうね、ヒカリちゃん」
「私も一緒なの!?」
「当たり前でしょ」

 出口扉に向かいながら、楽しそうにタケル君が言う。現役運動部の足になんてついて行けるわけないじゃない。

「はぁ……」
 深い溜め息を吐きながら、ゆっくりと扉の方へと歩み寄ると、不意に腰を引かれて驚く。

「きゃ……」
「先にちょっとだけ味見」
 ちゅっと軽いリップ音を響かせて、タケル君が私の額にキスをする。

「これも飲食になっちゃうかな?」
「……ばか」
 暗がりでもわかるくらい楽しそうに、タケル君が肩を震わせている。しばらくして笑うのを止めたタケル君が、私の腰に回した手に力を入れ直して、ぐっと距離を近付ける。

「もう一回だけ味見していい?」
「私はチョコじゃないわよ」
「知ってるよ。ヒカリちゃんでしょ?」

 前髪が掛かるくらいに近付いた彼の唇が甘く囁く。

「僕の大好きな、ヒカリちゃん」

 パチリと室内の照明が消えるのと同時に、私の言葉も彼に飲み込まれてしまった。



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