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ヤマトとタケル(母の日)
「待て、まだ早い」
「えー」
「えー、じゃない。さっきからそれで何回も失敗してるだろ」
「でも焦げちゃうんじゃ……」
「生焼けのぐちゃぐちゃよりは多少焦げてるくらいの方がマシなんじゃないか」
「焦げてなくて綺麗なのがいい」
「おまえなぁ……」
 呆れたように溜息を吐いて、ふっとヤマトが微笑む。
「ほら、もういいぞ。火弱めて、ゆっくりな」
「うん」
 フライ返しを握りしめて、タケルが神妙な面持ちでフライパンに向かう。黄色く敷かれた溶き玉子の下にそっとフライ返しを差し込んで、小さな掛け声と共に裏返す。
「……できた!」
 安心したように顔を綻ばせると、出来栄えを確認するように兄の方を振り返るタケル。目が合ったヤマトは軽く頷いて、近くに置いていた皿を手渡す。
「あとは盛り付けだな」
 ヤマトから皿を受け取ると、タケルは意気揚々とそこへ食事を盛っていく。
「無事にできてよかったよ。お兄ちゃんのおかげだね」
「いや、作ったのはタケルだから」
「僕ひとりじゃ完成できなかったし、付け合わせにサラダなんて考えもしなかったもん」
「なければなくてもいいとは思うけどな」
「それにお兄ちゃんと作ったっていう方が母さんも嬉しいと思うし」
「……いいよ、俺の名前は出さなくても」
 小さく呟くヤマトに少しだけ言葉に詰まるも、努めて明るくタケルが話を続ける。
「ヒカリちゃんがね、母の日は太一さんと一緒にオムライス作るって言っててね。僕も真似しちゃおうってやってみたはいいけど、結構むずかしいね」
 二人分のオムライスとサラダを注ぎ分けてテーブルに並べるタケル。伺うようにヤマトに視線を送ると、それに気付いたヤマトが居心地悪そうに口を開く。
「なんだよ」
「ほんとに食べていかないの?」
「あぁ、うちの夕飯も作らなくちゃいけないし」
「それなら父さんの分も作って……」
「タケル」
「……ごめん」
 しゅんと俯いてしまったタケルの頭をポンポンと軽く叩いて、ヤマトが自分の荷物をまとめ始める。
「あとは俺がいなくても大丈夫だろ」
「え、もう帰っちゃうの?」
「用は終わったからな」
「もう少しで母さん帰ってくるし、せめて挨拶くらい」
「いや、いいよ」
 てきぱきと帰り支度をするヤマトの腕を両手で掴んでタケルが引き止める。
「どうした?」
「あ、あのね? オムライスにケチャップでメッセージ書こうかと思ってて」
「そうか。いいんじゃないか?」
「お兄ちゃんも良かったら書い……」
「タケル」
「……っ!」
 いつになく厳しいヤマトの語調にビクリとタケルが身を竦める。そんなタケルをじっと射抜くように見つめた後、ヤマトがふぅと肩の力を抜くように息を吐く。
「悪い、タケルの気持ちがわからないわけじゃないんだ」
 自分の腕を掴んでいるタケルの手を優しく解いて、ヤマトが静かに話を続ける。

「でもな、俺はもう母さんの子どもをやめたんだ」

 勢いよく顔を上げたタケルが大きく目を見開いて、それでも言葉が見つからないのか唇を震わせそのままぎゅっと噛み締める。そんなタケルから目線を外して、ヤマトが淡々と言葉を続ける。

「母さんを選ばなかったあの日から、俺は母さんの子どもでいることをやめたんだよ。実際、俺をここまで育ててくれたのは父さんだって気持ちも強い」

 いまだ唇を噛んで何かを耐えているかのようなタケルの頭を撫でて、ヤマトが小さく語り掛ける。
「ごめんな」
 ヤマトの謝罪にタケルはぎゅっと強く目を瞑る。そうして数秒、気持ちを立て直すようにぐっと唾を飲み込んで、ニコリと笑って見せる。
「僕の方こそごめんなさい。お兄ちゃんの気持ちも考えずに勝手なこと言っちゃって」
「タケル」
「今日は本当にありがとう。助かったよ」
「そう、か」
「うん! あ、玄関まで見送るね!」
「いや、ここでいいよ。……母さん、喜んでくれるといいな」
「……うん、きっと喜んでくれるよ」
 目を細めてタケルが笑う。なにごともなかったかのように手を振ってリビングのドアを開けるヤマトの背中を見送る。
「タケル」
 リビングのドアに手を掛けながら、ふいにヤマトが振り返る。
「俺は母さんの子どもをやめたけど、でも母さんを嫌いなわけじゃないからな」
「……」
「母さんが、俺を愛してくれていたこともちゃんとわかってる。だから……」
 言いかけて、一瞬考えるように視線を泳がせるヤマト。チラリとタケルの方へと視線を送ると、ぽかんとした顔のタケルと目が合う。
「……ふっ」
 突然のヤマトの言葉を消化しきれていないらしいタケルの表情に思わず吹き出して、ヤマトはそのままリビングのドアを開ける。
「母さんの子どもをやめた俺は俺なりの距離で母さんと付き合っていくつもりだから、あんまり心配するな」
 そう言い残して一度タケルを振り返ると、そのままドアを閉めた。
「……ずるいなぁ、お兄ちゃんばっかり大人みたいだ」
 拗ねたように呟きながら、キッチンへと戻ると、タケルは再びケチャップを手にする。
「ぜーんぶ僕の手柄にしちゃうんだからね!」
 誰に聞かせるでもなく悪戯っぽく呟いて、オムライスの文字書きに取り組む。まずは自分用のオムライスで練習して、その次に本番。慎重に一文字ずつ形作って、納得のいくものができたとテーブルに並べ直したあたりで、玄関の扉が開く音がした。
「ただいまー」
 玄関から聞こえた母の声に、急いで配膳を完成させて出迎える。リビングのドアを開いたと同時に「おかえり!」と声を掛けると、驚いたように目を見開く奈津子。
「あら、すごいわね! タケルが準備してくれたの?」
「今日は母の日だからね。母さん、いつもありがとう」
「こちらこそありがとう。おいしそうね」
 鞄を降ろしながら奈津子がテーブルの上の食事をまじまじと観察する。オムライスの上に書かれた文字を見るとふふっと小さな笑い声を漏らす姿に、タケルもこっそり微笑む。
「嬉しいわ。お花だけじゃなく、お料理まで作ってくれたなんて」
「え? お花?」
「ええ、そうよ。玄関に飾ってあったカーネーション、タケルじゃないの?」
 身に覚えのない奈津子の言葉に眉を顰める。数分考えた後に、おそらく花を飾ったであろう人物に考えが至り、タケルが思わず吹き出す。
「母さん、それは僕じゃないよ」
「え? それなら誰が……」
「うーん、母さんのこと嫌いじゃなくて、母さんの愛情を信じている人かな」
「ええ……? なあにその遠回しな言い方」
 困惑する奈津子に構うことなく、タケルはさっさと話を切り上げる。
「冷めちゃうから、はやく食べようよ」
「ちょっとタケル、いったい誰が」
「まぁまぁ食べながら考えたら?」
「もうーなんなの……」

愛を信じる



20180513


あきゅろす。
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