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募る想いは泡沫にのせて:後編2(人魚姫パロ:光ミミ)
 思えば初めての気持ちに、私は馬鹿みたいに浮かされていたんだ。幸せだったことも、悩んだことも、大切な時間だったけれど。
 見果てぬ空に憧れすぎて、水中の美しさを見落とした。私は幼くて、浅はかだ。


「……消える」
 その言葉を聞いた瞬間、よぎったのは彼の姿だった。ローブの下から覗く瞳はいつも何か戸惑っているようで、それなのに放つ言葉は真っ直ぐで。最後にみた赤茶色の髪の毛が今も脳裏をチラつく。

 彼は今どうしているのだろう。

「ミミちゃん、なにか悩み事?」
 ぼんやりと物思いに耽っている私の眼前に、空お姉様がひょこりと現れる。喋らなくなってから、私は少し考え事をする時間が増えた。

「ミミちゃん、もしかして」
 空お姉様が心配そうな顔で私を見つめる。

「彼のこと考えてたの?」
 お姉様の言葉に、つい目を見開いてしまう。そんな反応をすれば取り繕うことも叶わない。お姉様は少し俯いて「そうよね……」と小さく呟いた。

「簡単には忘れられないわよね」
 お姉様の言葉に少し違和感を感じて首を傾げる。私の反応が意外だったのか、お姉様も首を傾げて言葉を続ける。

「“陸の彼”のこと、考えていたんじゃないの?」
 投げかけられた問いに思わず目が点になる。陸の、彼……なるほど。

「ミミちゃん!?」
 急に肩を震わせて笑い出した私に、お姉様が慌てる。ごめんなさい、お姉様。だって、自分があんまりにも馬鹿みたいで。

「ミミちゃん、泣いてるの?」
 違うわ、これは笑い泣きよ。だっておかしいでしょう? どうしているのか、どこにいるのか。ここ最近ずっと会いたいと思っていたのは陸の彼じゃない。

 思い出すのは真っ直ぐに私を見つめていた瞳。幸せになってと告げた優しい声。こんなの、こんなのとっくに

(恋、でしょう)

 あなたは呆れるかしら。それとも怒るのかしら。困ってしまうかもしれないね。声を引き換えにするほど、彼を好きだったんじゃないんですかって。

 なんでもいい。何を言われたっていいから。私があげられるものなら何だって差し出すから。会いたい。会いたいのよ、あなたに。まだ名前も知らない、あの魔法使いに。

 * * *

「今日も行くのか?」
 姉妹と食事をとってから、彼の住処があった場所に出掛ける。ここ最近の日課。そんな私に金髪の魔法使い―――ヤマトさんが声を掛ける。

「そんなに会いたいのか?」
 聞き覚えのある台詞に思わず笑う。

「……なんで笑う」
 困惑するヤマトさんに、ふるふると首を振って悪意がないことを伝える。ヤマトさんが私を心配してくれるのは彼自身の優しさか、それとも空お姉様を想う故かしら。そんな軽口も今は声にならないけれど。

「会える可能性はほぼゼロだ」
 厳しい表情でヤマトさんが告げる。そうね。わかってるわ。あの魔法使いはもう居ない。そう考えるのが必然だわ。

「だけど、もしかしてと思わずにいられない自分もいる」
 一瞬、自分の声が戻ったのかと思った。考えていたこと、そのものだったから。

「……消えなくて済む道が、もしかしてあればと思ってしまう」
 私を見つめながら、いったい彼は私越しに何を見ているんだろう。その台詞はきっと、彼がお姉様に伝えられない本音だ。

「見つかるといいな」
 ポンポンと軽く私の頭を撫でて、ヤマトさんはそれ以上なにも言わなかった。

 * * *

 今日こそはと、いつもより念入りに彼の住処の周りを探し回って落胆する。ローブの裾すら見えやしない。さすがに動き回って疲れた私は、少し休もうと近くの岩場にもたれ掛かる。

(やっぱりもう居ないのかしら)

 手のひらを海中に靡かせて考える。もしも魔法使いさんが海に還ったというならば、今触れているこの水の中に彼はいるのかしら。そんなことを思って、ぎゅっと近くの水をかき集めて抱き締めた。

 目を閉じて耳を澄ましてみる。この水中に彼がいるのなら、流れるほんの少しの音も聞き逃したくなくて。ジッと、ずっと、神経を研ぎ澄ます。

「……さん」

 微かに、聞こえた。この声は。

「……ミミさん」

 あぁ、彼の声だ。パッと目を開け、顔を上げる。目の前に立っていたその人は、驚いた顔をして瞬きをした後に「起きていたんですか……」と困ったように呟いて、片手で顔を隠した。

「……すみません」

 ポツリと彼が言う。何に対しての謝罪なのか、わからなくて首を傾げる。

「貴方の大切なものを奪っておいて、こんな……のこのこ貴方の前に現れるなんて」

 自嘲気味に彼が告げる。もしかして私が後悔していると思っているのかしら。彼を恨んでいると。だからわざと姿をくらませたの?

「別の魔法使いから聞いたのでしょう? 願いを叶えた後の僕達のこと」

 彼の問いかけにコクリと頷いて返す。苦虫を噛み潰したような表情をして、彼が言葉を続ける。

「消えようと、思ったんです。手に入れた拠り所を……あなたの声を聴きながら消えようと」

 言いながら彼は淡く光る小瓶を私に見せる。小さくなったり大きくなったり、七色に変わるその光はまるで歌っているかのよう。言われなくてもそれが何か、私にはすぐにわかった。

「貴方から奪った“声”です。これが僕の拠り所、のはずでした」

 愛おしげに小瓶に頬を寄せてから、悔しそうに眉間に皺を寄せる彼。

「でも、駄目なんです。いくら聴いても、胸に抱いても、還ることができなかった!」

 ぽろり。大粒の涙がひとつ、彼の目から零れ落ちる。

「貴方の顔ばかり思い出して、忘れられなくて。声を聴いては、貴方に会いたくて仕方なかった」

 ぽろり、ぽろり。少しずつ速度を増して、彼の頬を涙が通り過ぎていく。

「好きです」

 小瓶を胸に抱いて、絞り出すように彼が告げる。

「ミミさんのことが好きです。もう、声だけでは駄目なんです。僕の拠り所は、とっくに貴方そのものへと変わってしまった」

 あっという間に真っ赤になった瞳を、それでもしっかり見開いて、彼が私を見据える。

「貴方を手に入れない限り、僕はどこへも還ることができないんです」

 ハッキリと告げられた想いに、たっぷり一呼吸置いて、理解した途端に顔に熱が集まるのがわかった。それを見て我に返ったのか、彼までも顔を真っ赤にして、ふいと横を向く。

「……すみません」

 今度は何に対する謝罪なのだろう。小瓶を握った手がカタカタと震えている。その手にそっと、自分の手を添える。びくりと体を仰け反らせた後に、躊躇うように彼は視線を泳がせた。

「     」

 音にならない言葉を紡ぐ。
 確かに告げたことを示すかのように、開いた私の口からは、ふわふわと言葉が泡になって浮かんでいく。

「  」

 ゆっくりと、確かめるように唇を動かして言葉を形作る。

「      」

 届け、届けと願いながら、添えた手にギュッと力を込めた。

「  ……っ!」

 ふっと。何度目かの言葉を告げると同時に、魔法使いの手の中にあった小瓶が七色の光と共に静かに弾けた。

「あ……」
 自分の手のひらから消えた小瓶に驚いた後、魔法使いが私を見る。

「ミミさん、声が……」
「こ、え? あ、あれ?」
 予想外の出来事に、思わず自分の喉元を押さえる。

「聞こえるの?」
「……はい」
 コクリと頷く魔法使いを見て、じわりと涙が込み上げる。声を引き換えにしたことを後悔はしていなかった。けれど悲しくないわけでもなかった。私を私にしてくれる何かがぽっかり欠けてしまったような喪失感。なにより

「会いたかった」
「ミミさ……」
「急にいなくなるから寂しかった」
「……」
「私、あなたの名前も知らない」
「……はい」
「呼びたくても呼べなかった」
「はい」
「私の気持ちすら音にできなくて」

 それが、なによりそれが。

「悔しかったの」

 あなたが拠り所にしてくれたこの声で、あなたの為の想いを紡ぐ。それだけできっと幸せなのに。伝えたいと思った時には、あなたも声も失った後だった。

「魔法使いさんが還るっていうなら、私も連れて行って」
「え?」
「私を手に入れないとって言ったじゃない」
「あぁ……それは」
「私、あなたとならどこへだって行くわ」
「な、なにを」
「一緒にいたいの」
「……勘弁してくださいよ」
 俯いてしまった彼から、小さく聞こえた言葉にぐっと言葉に詰まる。嫌われてしまったのかしら。彼の様子を見ようと、恐る恐る顔を覗き込む。

「えっ!?」
「ちょっ、見ないでください」
 覗き込んだ先には、火がついたようにほっぺたを赤くして涙目になっている彼がいた。

「本当に困った方ですね、貴方は」
「な、なによその言い方!」
「いいですか、そもそも僕が貴方の願いを叶える為には、対価が必要だったんです」
「わかってるわ、私の声でしょ?」
「はい。しかし、それは僕の思い違いでした。対価……拠り所は、貴方の声から貴方自身へと変わっていた」
「う、うん」
 改めて説明されるとなんだか照れくさい。彼もそうなのか、少し目線を上下させながら続きを話す。

「その時点で、魔法が成り立っていないんです」
「え……」
「でもすでに願いを叶えた後です。僕は貴方に声を返し、正しい対価を貰わなければならなかった。でも、それは」

 言い辛そうに彼が視線を伏せる。

「それは貴方自身です。貴方を僕のものにしなければいけない。例えミミさんが、誰を想っていても」

 あぁだから彼は私を避けたのね。瓶詰めにして、どんなに固く蓋をしたとしても、会えばこうなることを知っていたから。私に声が戻れば、無理にでも私を連れて行かなくてはいけないから。

「バカね」
「どっちが馬鹿ですか」
「2人共よ」
「そう、ですね」
 クスッと彼が笑う。不意に見た笑顔に胸が高鳴る。本当に馬鹿ね、私ったら。どうして今まで平気でいられたのかしら。

「ミミさん、大切なものと引き換えに貴方の願いを叶えましょう」

 すっと差し出される彼の手のひら。

「僕のものに、なってくれますか?」

 真剣な眼差しの彼に、そっと微笑みを返して、差し出された彼の手のひらに自分の手のひらを乗せる。

「はい」

 答えたと同時。私達の周りを取り囲むように、ゆるゆると水の流れが弧を描く。私達の姿を掻き消すように、水の輪が少しずつ全身を包んでゆく。彼に手を引かれ、抱きしめられながら目を閉じる。多分これが「還る」ということなのだろう。彼の鼓動を聞きながら、私はとても穏やかな気持ちだった。

「ミミさん」
 彼の声に目を開ける。いつの間にか私達の周りにあった水の輪は無くなっていて、目の前には彼の微笑む顔。

「魔法使いさん、私達……」
 きょろきょろと辺りを見渡す。

「ここって」
 まさか、まさかと目を凝らす。見覚えのある岩陰、見上げた先の水の色、それに

「ミミちゃん」
「お姉、様」
 この優しい声は、温かな眼差しは間違いなく空お姉様だ。

「「ミミお姉様ぁ!」」
「京ちゃん! ヒカリちゃん!」
「目が覚めたか」
「ヤマトさん……」
 嬉しさと困惑が同時に襲ってきて戸惑う。

「どういうこと?」
 もう会えないと思っていた姉妹達との再会に喜びながら、隣で困ったように眉を下げている魔法使いに尋ねる。

「あるべき場所に還ったんですよ」
「え、でも」
「おかしいとは思ったんです。貴方に声が戻った時点で魔法は成立したということ。なのに僕は消えなかった」
「えっと、つまり……?」
「ここが貴方の還る場所」
「私の?」
「はい。そして、貴方のいる場所が、僕の還る場所」
 言って、恥ずかしそうに頬を掻く。

「そういうことなんだと、思います」

 いろいろ振り回してすみませんと謝る彼。混乱する頭で何とか理解して、思わず彼に抱き付く。

「ねぇ、聞いてもいい?」
「はい」
「あなたは、誰?」
「……光子郎。そう、呼んで欲しいです」
「光子郎、くん」
 噛み締めるように名前を呼ぶ。やっと呼ぶことができた喜びに、声が弾む。


「私のお願い、叶えてくれる?」
「魔法は一度しか」
「魔法なんてなくても大丈夫よ」

 だって簡単なことだもの。

「ずっと一緒に居て欲しい」

 特別な力なんてなくても、あなたがいれば叶う願い。あなたにしか叶えられない願い。

「はい」

 目を細めて、くすぐったそうに光子郎くんが笑う。

「貴方の願いを叶えましょう」

 あの時よりもっと優しい声音。

「どうして願いを叶えてくれるの?」
「貴方に、幸せになってほしいから」

 ふわりと頬を撫でる手が嬉しくて、愛しい。

「ミミさんのことが好きだから」
「私も光子郎くんが大好きよ」

 重なる唇と、繋いだ手のひらの温もり。通った想い。こうして2人は、いつまでもいつまでも幸せに暮らしましたとさ。きっとね。



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