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タケル×ヒカリ(賢京、大→ヒカ表現あり)

 7年。

 人と人の関係性が変わるのには十分な歳月。それだけの時を僕と彼女は恋人として過ごした。いつまでも変わらず好き合って居られると信じていた。

 けれどまぁ想いとは良くも悪くも風化していくものなのだろう。今や年間行事のようになってしまった夏祭りデートを控えて僕は悩んでいた。


「いや、何を悩む必要があるんだよ」
 呆れた顔をして大輔君が言う。暑さから逃れる為に入った喫茶店。先ほど頼んだばかりの飲み物達は既に空に近い。

「当たり前のようにヒカリちゃんと夏祭り行ってるだけでも十分だろ。自慢かこの野郎」
 早くもメニュー表に手を伸ばしながら、大輔君がつまらなさそうに言葉を続ける。

「大輔君まだヒカリちゃんのこと……」
「そこ拾うとこじゃねーから! 深刻に捉えるなよ、めんどくせぇな」
「面倒くさいとはなんだよ、僕は君がっ」
「わかった悪かった! 俺が軽はずみでした!」
「思ってないだろ!」
「まぁまぁ2人とも」
 険悪になりかけた雰囲気に、穏やかな声が割って入る。

「そう熱くならないで落ち着こう? 店の中だし」
 言われ、ハッと周囲を見回す。幸い、早めに止めに入ってくれたおかげか此方を気にする人はいないようだった。

「ごめん、一乗寺君」
「暑さで苛立ってるんだよ。ひとまず何か冷たい物でも食べようよ」
「そうだな」
 大輔君も同意して、メニューに目を通す。アイスやらゼリーやらと共に追加の飲み物も注文して、ようやく一息ついた。

「で、何が悩みなの?」
「うん……今度、夏祭りあるでしょ?」
「毎年ヒカリちゃんと行ってるやつだろ?」
「そう、その毎年行ってるってのがネックなんだよ」
「はぁ、どういうこと?」
 僕とヒカリちゃんが付き合い始めたのは小学6年生の頃だ。なんだかんだと時は過ぎて、大学生になる今でも関係は続いている。

「3年かな」
「ん?」
「多分3年は続いた」
「なにがだよ?」
「浴衣……」
 きょとんとした表情で大輔君と一乗寺君が僕を見つめる。

「最近ヒカリちゃん、全然浴衣着てくれないんだよー!」
 僕の嘆きに充分に間を置いて、大輔君が盛大に眉を顰め口を開く。

「はぁ?」
「だからね、僕はヒカリちゃんの浴衣姿を長らく見ていないんだよ」
「おう、だから何だ」
「寂しいでしょ!?」
 ポカーン、という表現が正しいだろうか。呆気にとられている大輔君の隣で、一乗寺君が苦笑いをしている。

「毎年の恒例行事みたいになっちゃったからさ! きっともう特別感なくなっちゃってるんだよ!」
「おう……」
「浴衣汚れないかな? とか歩きにくくないかな? とか、いろいろ気にかけなきゃいけないから大変だったりもするけど、でもそれ含めてお祭りデートの醍醐味でしょ!?」
「あ、あぁ……?」
「でもその煩わしさもわかるから気軽に着てくださいなんて言えないじゃないかぁ……」
「め、めんどくせぇ……」
 うなだれてテーブルに突っ伏す僕に、大輔君の静かな呟きが聞こえる。どうせ僕は面倒臭い人間ですよ。

「一乗寺君はいいよ」
「え?」
 突然、矛先が自分に向いたことに驚いたのか一乗寺君が上擦った声を返す。

「どうせ今年も可愛い浴衣姿の京さんとデートでしょ」
「可愛いのは否定しないけど、今年もそうかどうかは……まだ約束もしてないし」
「は? もう今週末だよ?」
「う、うん」
 歯切れ悪く答えた後、一乗寺君が照れくさそうに笑う。

「だって緊張するよね。デートに誘うのって」
 ほわんとした空気が、僕達の席を包んだ。気がした。

「それ……」
「え?」
「それ! だよ! 僕達に足らないのはその! 初々しさ! だよ!」
 ダンダンとテーブルを叩いて訴える僕に「うるせぇ!」と大輔君が渇を入れる。

「なに……なんなの……? 付き合ってる年数、僕らと変わらないでしょ……? なにそのピュアさは」
「そんなこと言われても」
 困ったように眉根を下げて、一乗寺君が頬を掻く。

「というか別に着て欲しいって言っても構わないと思うけど」
 さらっと言う一乗寺君に、はぁと溜め息を零す。

「わかってない。わかってないよ、一乗寺君」
「はぁ……」
「女の子は何が地雷になるかわからないんだよ? 私とデートするだけじゃ不満なのなんて言われたら終わりでしょ」
「めんどくさいんだねぇ」
「めんどくさいよねぇ」
「お前がな」
「高石君がね」
「え?」
 澄ました顔でドリンクを飲み干して、2人はさっさと席を立ってしまった。なんだよ、ひどいなぁ……。


 * * *


 夏祭り当日。結局、浴衣については何ひとつ言い出せないまま、待ち合わせ場所にてヒカリちゃんを待つ。暇つぶしに携帯ゲームをしながら、さすがに人が多くて電波が悪い、なんて心の内で舌打ちする。

「タケル君、おまたせ」
 俯いていた僕の向かいから人影が被さって、同時に届く声。屋台に並んだ風鈴が奏でる涼やかな音に似たその声に、僕のテンションが上がる。

「ヒカリちゃ……」
 顔を上げて、息を呑んだ。

「ごめんね。遅くなっちゃった」
 思ったよりも歩きにくくて。そう付け加えてヒカリちゃんがはにかむ。そっと耳にかけた髪の近くで、華奢な簪が揺れた。

「浴衣……」
 突如として言語能力が落ちたのだろうか。カタコトのように単語を呟く僕にヒカリちゃんがくすくすと笑う。

「お母さんが昔着てたのなんだけどね。大人っぽすぎて似合わないかなって思ってて。でも、ほら、もう大学生だし」
 そこまで言うと、少しだけ不安気に目線を下げる。袖から覗く細くしなやかな手が、所在なさげに襟元を直して、そんな仕草に僕は更に言葉を奪われる。

「似合わない、かな?」
 チラッと送られた視線は、図らずも上目遣いに僕を見つめて、耐えられない僕はとっさに口元を手で覆う。

「に、似合って……その、か、かわいいよ、たぶん」
「たぶん?」
「いや違っ、たぶんっていうか絶対だけど、そのなんていうか」
「なんていうか?」
「あ、あー……あの」
 しどろもどろになりながら言葉を探す。もちろん可愛い。可愛いけど、それだけじゃなくて、綺麗っていうか大人っぽくなったっていうか色気があるっていうか、セクシーになったね! って言えるかそんなこと!

「タケル君、大丈夫?」
 心の中で自問自答している僕を、ヒカリちゃんが心配そうに覗き込む。僕の方が背が高いから自然と見上げられる形になって、近付いたヒカリちゃんの顔に僕の中の何かがプツンと音を立てて切れた。

「……っ!?」
 グイッとヒカリちゃんの頭に手を回して引き寄せる。と同時に軽いキス。驚くヒカリちゃんに口を挟む余地も与えず、空いている方の腕を彼女の腰に回して、逃げられないように抱き締める。

「大丈夫じゃないよ」
 至近距離でヒカリちゃんを見つめて小さく呟く。

「全然、大丈夫じゃない」
 今、腕に当たるこの帯を解いてしまえば全てさらけ出されてしまう。そんな心許なさにドキドキしている。

「似合ってるって言いたいの?」
「うん、今すぐ脱がせたいくらいに」
「それどっち……って、なっなにを言ってるの!?」
「かわいい」
「あ、ありがとう……?」
 不可解そうに首を傾げるヒカリちゃんにもう一度キスして、ふっと微笑む。そんな僕に、仕方ないなとでも言うようにヒカリちゃんが微笑み返す。

「良かった」
「ん?」
「本当は浴衣どうしようか悩んでたの」
「そうなの?」
 うん、と苦笑いで頬を掻くヒカリちゃん。

「もう何年も着てなかったし、なんだか年中行事みたいになってたから、今更なに張り切ってんの? って思われたらやだなぁとか」
「え……」
「浴衣って色々、気を遣わせちゃうし、特にタケル君は私がちょっとよそ行きのワンピース着てても気遣ってくれるでしょう?」
「あー、そう……かな」
「で、うじうじ考えてたら京さん達に怒られちゃった」
 にっこり笑って、ヒカリちゃんが僕の背中に腕を回す。

「そんなの気遣わせてやればいいのよ! 彼女が浴衣着てきて興醒めするような男ならひっぱたいてあげるわ! って」
 僕の胸元に顔を寄せて、楽しそうにヒカリちゃんが笑う。「なんだよそれ」なんて言いながら、僕も一緒に笑う。危なかった。下手な反応したらひっぱたかれるところだった。

「良かった。タケル君が喜んでくれて」
「僕も良かった。ヒカリちゃんがそういう風に考えててくれて」
「え? どういう意味?」
「こっちの話」
 僕の答えに不思議そうに首を傾げるヒカリちゃんの髪を撫でて、僕らは祭り囃子の中へと歩を進めた。


 彼女と付き合って7年。
 人と人との関係性が変わるのには十分な歳月。彼女はあの頃よりもずっと魅惑的に成長した。良くも悪くも風化していく想いの中で、何度、風が吹いても新しく生まれるものがある。

「好きだよ」

 君に向かう、この気持ちとか。



あきゅろす。
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