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丈×ミミ
「せーんぱい!」
 明るい調子で呼び掛けて、ポンと肩に手を置く。集中していたらしい先輩は私の動作に「わっ」と小さく声をあげて、恨めしげに振り返った。

「ミミ君……驚くじゃないか」
「えへへ、ごめんなさーい」
 言いながらも悪びれない私にふぅと溜め息をつきながらも、いつものことだと思ったのか先輩はまた作業へと向き直る。

「ねぇ先輩」
「なんだい?」
「あのね、今日は七夕なのよ」
「あぁそうだったかな」
「そうよ、だから短冊にお願い事を……」
「すまない。ちょっと今、忙しいんだ」
 嬉々として提案した私の言葉を最後まで聞かず、返ってきたのは緩やかな拒否。つれない態度に少しむくれる。そんな私の様子になんて気付かないで、先輩は分厚くて漢字ばっかりの本を真剣に見つめ続けている。

「なにしてるの?」
 さりげなく肩から首に腕を回して問い掛ける。医大生の先輩は実際とても忙しい。いつだって実習だレポートだって、何かに追われてるみたい。きっと今やってるのもそう。

「今度やる発表のレポート」
 ほらね。
 律儀に質問に答えながらも、パソコンに文字を打ち込む手は止まらない。先輩の首元に回した手を更に前に伸ばして、先輩の背にのし掛かるようにしてアピールしてみる。

「ねー、ミミが来てるのよー。かわいいかわいい彼女が遊びに来てるのよー」
「ん、あぁ……あ、ちょっと待って……えーっと、ここは」
「ねぇ。近くのショッピングモールに笹が飾ってあるの。一緒に短冊つけに行きましょ」
「そうだね、後でね」
「だめ、今がいい」
「……」
「今じゃなきゃイヤ」
 はぁー、と深い溜め息をついて先輩が手を止める。

「……ミミ君」
 くるりと回転イスを回して、先輩が私の方へと体を向ける。自然と首元に回していた腕はほどけて、行き場なく空を切った。

「……先輩、怒ってる」
「怒ってないよ」
「なら、呆れてる」
「呆れてないさ」
「わがままだと思ってるんでしょ」
「うーん」
 眉を下げて先輩が笑う。手入れされずにぐしゃぐしゃになった髪を鬱陶しげにかきあげて、チラリとパソコンの画面を見やって、また私の方へと向き直る。

「わがままとは思わないさ。ミミ君のやることは、いつだってミミ君の中で筋道が通っているから。ただ……」
 そこで言葉を切って、言いにくそうに頬を掻く。

「少し困ってる、かな」
 はは、と乾いた笑い声を漏らして先輩が私を窺い見る。怒ったっておかしくないと思うのに、つくづく先輩は優しい。

「忙しいって、心を亡くすって書くの」
「ん?」
「光子郎君が言ってたの」
 先輩はいつも当たり前みたいに忙しくて、私もそれが普通になってて、寂しいけど恋人なら応援しなきゃって、だけど。

「丈先輩、私が最近どんな顔してたか覚えてる?」
「えっ」
「どんな事で笑って、どんな事で怒ったか覚えてますか?」
「それは……」
「私の事じゃなくてもいいの。先輩はどんな事が楽しくて、どんな事が苦しかったの?」
 私の質問に良い答えが見つからないのか、先輩は目を泳がせて考え込む。

「心を亡くすって、そういうことかもって思ったの」
「……」
「忙しいと気持ちが見えなくなるの。自分の気持ちも、相手の気持ちも」
「気持ち……」
「私は頑張る先輩も、真面目な先輩も大好きよ。先輩のこと応援したいって思う。だけど、心を亡くすお手伝いはしたくないわ」
 言い切って、ぐるりと背を向ける。このまま向き合っていると泣いてしまいそうで。だって、ここで泣くのはずるいじゃない。

「忙しい忙しいって要らないもの後回しにする先輩を見てると、いつか私もその要らないものになっちゃうんじゃなっ……!」
 ガチャンと回転イスが軋む音がして、直後に背中へ伝わる温もり。

「丈先輩……?」
「だから今だったのかい?」
「え?」
「だから今じゃないとイヤだって言ったの?」
 囁くような問いに、迷いながらもコクリと頷く。

「馬鹿だなぁー……」
 はあぁぁーっとお腹の底から吐き出すように息をついて、先輩がぐるんと私の体を自分の方へと向き直させる。

「不安にさせてたんだね」
「別に、先輩の事は信じてたし、でも」
「でも?」
「寂しかった」
 笹と一緒に飾られた織り姫と彦星を見て思った。年に一度しか会えなくても、きっと2人は毎日のように相手を想っているのにって。

「そうか、うん、そうだね」
 悩ましげにこめかみに手を当ててブツブツと唸った後に、先輩がギュッと私を抱き締める。

「せ、先輩?」
 いつにないスキンシップにちょっとだけドキドキしながら、おずおずと先輩の背に手を回す。

「馬鹿だなぁ、本当に馬鹿だよ僕は」
 耳元で繰り返される言葉が何だか甘くてくすぐったい。

「キミの言う通りだよ。僕は見えなくなっていたんだね」
 抱き締めている先輩の腕に力がこもる。

「ミミ君はわかってくれるからって後回しにしてた。わかってくれる人こそ大切にしなくちゃいけなかったんだ」
「丈先輩……」
「ありがとう」
 耳元で、今度は意図的に。甘くて優しい声が私の気持ちを溶かす。

「先輩」
「うん」
「お願い事しますか?」
「……うん、一緒に飾りに行こうか」
「レポートは?」
「はは、後でね」
 参ったよと笑う先輩を見つめて、私の顔もいつの間にか笑顔になっていた。










おまけ

「先輩、何をお願いするの?」
「ミミ君が光子郎よりも僕と話す時間が増えますように」
「えっ?」
「恋人の前で他の男の名前出すもんじゃないよ」
「!」
「まぁ……僕に非はあるんだけど」
「……えへへ」
「笑わないでよ」
「だって嬉しいんだもん」





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よい七夕を(*^^*)


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