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募る想いは泡沫にのせて:中編2(人魚姫パロ:光ミミ)
「……今より少し昔、人魚の女の子が人間の男の子と仲良くなりました」
「へ……?」
 ミミの様子が落ち着いた頃、唐突に魔法使いが語り始める。

「けれど人間と会っている事が知れた女の子は男の子と会う事を禁止されました」
 淡々と紡がれる物語に、ミミは瞬きも忘れて聞き入る。

「そんな女の子の元に、1人の魔法使いが現れて言いました」
 ミミの顔を正面に見据えて、魔法使いが微笑む。少しだけ眉根を下げた、困った表情(かお)で。

「君が望むなら、人間にしてあげる」

 魔法使いの言葉を聞いた途端、ミミは大きく目を見開き、ゴクリと息を呑む。

「貴方ならどうしますか?」
 真っ直ぐな魔法使いの視線に、即答できず唇を引き結ぶミミ。人間になれる。それはつまりあの人と生きることも叶うということ。

「でも、だって……そうしたら、お姉様たちとは」
「一緒には過ごせなくなりますね。人間は、海の中では息ができません」
「そんな、そんなのやだ」
「それでは彼を諦めますか?」
「それも……やだ」
「どちらもは選べな……」
「わかってるわよ!」
 魔法使いの言うことは、正しすぎて冷たい。思わず大きな声を出してしまったミミに、魔法使いは目線を逸らすことなくミミを見つめ続ける。

「わかってるから、悩んでいるんじゃない……」
 普通に、当たり前に考えて、連れ添った家族を捨てる道など選ぶべきではないと理性が訴える。それなのに、その考えに反して少し浮き足立った自分がいた。あの人と生きる道があるということに。

「うん」
 優しい声が響いた。混乱したミミの思考が、ふっと緩む。

「貴方はそういう人ですよね」
 声の主は微笑む。先程まで冷静すぎる言葉を吐いていた人物とは思えないほど穏やかに。

「貴方の、その自分の感情に嘘をつかないところ。僕は好きですよ」
 そう告げると魔法使いはローブを被り直す。赤茶色の髪の毛が隠れて、彼から色が消える。その出で立ちは、ミミが魔法使いに初めて会った、あの日とそっくりだ。

「僕は魔法使いです。貴方の願いを、ひとつだけ叶えましょう」

 凛とした瞳がミミを捉える。その眼差しに呑み込まれるように、ミミは言葉を繰り返す。

「願いを……」
「はい」
「どうして?」
「……貴方に幸せになって欲しいから」

 柔らかく告げられた言葉はゆるやかにミミの気持ちを包み込む。静かに目を閉じてミミは考える。自分の願いとはなにか。

「……どんな願いでもいいの?」
「はい、構いません。ただ……」
 答えて、魔法使いが言い辛そうに言葉を濁す。

「大層なことを言っておいて申し訳ないのですが、願いを叶えるには代償を頂かなくてはいけません」
「代償?」
「あなたの大切なものをひとつ頂きます」
 言葉と共に、魔法使いはミミの喉元を指差す。

「願いと引き換えに、貴方はその“声”を失います」
 魔法使いの言葉に目を見開いて、ミミはゴクリと唾を飲み込む。

「それでも貴方が願うなら、僕は必ず貴方の願いを叶えます」
 ハッキリと言い切った魔法使いに、ミミはふぅとひとつ息を吐く。長い沈黙を置いて、ミミは魔法使いを見つめ直し、口を開いた。

「それなら……」


* * *


 うっすらと月明かりが照らす水面にひとつの影が浮かぶ。朝日が昇る準備を始めた地平線を見つめて、男はゆっくり立ち上がった。

「さよなら、かな」
 切なげな言葉と共に微笑む。せめて礼くらいは告げたかったな。そう考えた後に、自分と一緒に行かないのならばさよならだと先に告げたのは自分だったと気付いて、男は笑みに苦みを含ませる。

「ありがとう、僕の……」
 言いかけた男の言葉を遮るように、水面から音を立てて1人の少女が顔を出した。

「……っ、やぁ」
 男を見つけ、安堵したように顔を綻ばせた少女に、平静を装って男が声を掛ける。

「こんばんは」
 緩みそうになる涙腺に制止を掛けて、男は一歩ずつ少女に近付く。

「来てくれて、ありがとう」
 同じように近付いてくる少女の手を取るように、しゃがみこむ。と、その途端

「わっ!?」
 強い力で腕を引っ張られ、海の中へと引きずり込まれる男。

「なっ、ちょっ……僕は泳ぎはあまり……っ」
 わたわたと焦って暴れながらギュッと目を瞑って息を止める。これで人生終わりかと、男が諦めかけて数秒。ふわふわとした浮遊感と不思議な感覚に、男はそっと目を開ける。

「え……」
 目の前には口元に両手を当てて笑いを堪える少女。男が毎夜会っていた愛しの少女。
 緩やかな水の流れに合わせて靡く桃色の髪、しなやかで柔らかそうな肢体、その先には仄かな光の中でも輝くウロコの並んだ、尾ひれ。自分とは明らかに違うその姿に、男が息を呑む。

「……」
 言葉に詰まっているであろう男の心中を察して、少女が申し訳なさそうに俯く。何かを伝えたそうに視線を泳がせて、少女はギュッと胸の前で拳を握った。

「……綺麗だ」
 感嘆の息と共に飛び出した男の言葉に少女は弾かれたように顔を上げる。

「いつも海から出てこないから何かあるんだろうと思っていたよ。ようやく知ることができた」
 優しい眼差しで、少女を安心させるように見つめる男。

「君を知れて嬉しいよ」
 男の台詞に、唇を噛み締めて少女が抱き付く。男は優しくその背を包み込む。どれだけ時間が経ったか、潤んだ瞳に、それでも笑みを乗せて、少女は男の手を取るとゆっくりと泳ぎはじめた。

「これは……」
 少女は男を連れて、海の中の様々な場所を案内する。美しい珊瑚礁、お気に入りの祠、仲良しの魚たち。指差しと身振り手振りで必死に伝えようとする、そんな少女に男がクスクスと笑う。

「すまない。君があまりに楽しそうだから、僕まで楽しくなってしまって」
 不満そうに口を尖らせる少女に謝って、男が目を細める。

「ここには、君が大切にしているものが沢山あるんだね」
 男の言葉に、少女は少し表情を固くして、コクリと頷いた。

「……わかった」
 少女と繋いだままの手に力を込めて、気持ちを整理するように呟く男。躊躇うように少女の指先をゆっくりと撫でて、静かにその手を離す。

「今日で、さよならだね」
 男に触れていた手のひらを握り締めて、少女がギュッと目を瞑る。泣かないように、笑顔で別れると決めたんだ、と。

「最後に君の名前を聞きたいけれど」
 その台詞に少女の顔が強張る。それに気付いて、男はポンポンと少女の頭に手を置く。

「今日、君が会いに来てくれた。それだけで十分だ」
 少しずつ、少しずつ、海中に朝日が射し込む。昇りきった日の光に照らされて微笑む男を、少女は目に焼き付ける。

「さよなら」
 たゆたう少女の髪を一房手に取って、男は小さく口付ける。

「ありがとう。あの日、僕の命を救ってくれて」

 驚きに目を見開いた少女を見つめて、悪戯が成功した少年のように男はニッコリと笑顔を見せた。



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