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募る想いは泡沫にのせて:前編(人魚姫パロ:光ミミ)
 穏やかな海の底。昼には太陽を夜には月明かりを浴びて輝くそこに、人魚の住む世界があった。その中でも、4人の人魚の姉妹は仲良しで、いつも一緒。

「〜♪」
 その姉妹の二番目。桃色の長い髪が特徴的な人魚はミミという名で、とても美しい声を持っていた。

「今日も素敵な歌声ね」
 声を掛けたのは長女の空だ。太陽の光を集めたような温かな橙色の髪に、髪飾りが揺れる。

「あ、空お姉さま!」
 気付いたミミは嬉しそうに空の元へと泳いでいく。

「ねぇねぇ、教えて欲しいの!」
「教える?」
「あのね、陸には何があるの?」
「え? 陸? ……そうねぇ。見上げた先には太陽があって、その光と水を吸収して植物や木の実が育つの。たくさんの建物があって、人間達は家族を作ってそこで暮らすのよ」
「植物に建物……それに人間?」
「空お姉さま、ミミお姉さま、何の話をしてるんですかー?」
「人間、って聞こえたわ」
「あら、京ちゃんにヒカリちゃん」
「ふふ、あのね……」
 空とミミが楽しく話している様子に、京とヒカリが興味を持って近付いてくる。そんな二人にミミは秘密を教えるかのように、先ほど空に聞いた話を語る。

「私、知ってるわ。陸には王子様がいるの」
「王子様?」
 ミミの話を聞いたヒカリが、うっとりしたように言う。

「王子様は人間の男の人。とっても優しくて、素敵な人なの」
「なにそれヒカリちゃん! そんな人がいるの!? それなら私も陸に上がってみたいー」
「それは駄目よ」
 ヒカリの言葉に興奮して京が言った言葉に、空がすかさず制止をかける。

「陸へ上がっては駄目よ。私達は人魚なんだから」
 そう言って、空はふと上を見上げる。

「海から出れば、私達は生きられない。それに人間に見つかったら大変なことになるわ。絶対に、駄目よ」
 釘を刺すように三人に伝えて、空は微笑む。

「さぁ、海の底まで暗くなってきたわ。もう休みましょう」
 空の言葉に頷いて、皆それぞれの寝床へと泳いでいく。

「王子様かぁ」
 海の底から上を見つめて、ミミが呟く。どんなに目を凝らしても、見えるのは揺らめく仄かな月光だけだ。

「会ってみたいなぁ……」
 呟いて、ミミはゆっくり眠りに落ちた。


 * * *


 翌日。
 目を覚ましたミミは、空たちに気付かれないように、こっそりと陸を見に行くことにした。昨日の話がどうしても気になったのだ。

(少しだけ……海の中から少し見るだけよ。人間に見つからなければ大丈夫よ)

 ドキドキと高鳴る胸を抑えながら、ミミはそうっと水面から顔を出す。

「わあっ!」
 そこにはミミが初めて目にする風景が広がっていた。眩しい太陽に、反射して煌めく水面。話に聞いた植物に建物。どこまでも続く陸。

「すごい! ステキ!」
 あまりにも嬉しくなったミミは、こっそり来たことも忘れてはしゃぎ始める。

「あら、あれは何かしら?」
 ふと遠くに見えた影に気付いて、ミミはゆっくりと近付いてみる。

「大きい……あれも建物かしら。海の上に浮かんでいるわ」
 それは大型の船。しかし海の中の世界しか知らないミミにはわからない。少し離れた岩陰からジッと船を見つめる。

「あっ!」
 そうしているうちに、その船から何かが落ちるのが見えた。

「どうしよう! どうしたらいいの!?」
 あれはきっと人間だ。空に言われた事が蘇る。人間に見つかってはいけない。しかし、船にいる人達は誰かが落ちたことに気付く様子もない。

「……助けなきゃ」
 空には後で謝ろう。大丈夫。きっと大丈夫。だって放ってはおけないじゃない。そう自分に言い聞かせて、ミミは人が落ちたであろう場所に泳いでいく。

「居たわ!」
 気を失っているその人物を見付けて、ミミは必死で泳ぎ陸へと引き上げる。落ちたのはどうやら人間の男のようだ。

「ねぇ、あなた大丈夫? ねぇ……」
 何とか男の意識を取り戻そうと、半身を海の中へ隠しながら、ミミが呼び掛ける。

「ん……」
 ミミの声に、男がピクリと反応を示したと同時

「おーい、誰かいるのか?」
 近付いてくる足音と声に、ミミは焦って海の中へと潜る。

「え!? おい! 大丈夫か!?」
 近付いてきた人物が、倒れていた男に気付いたのだろう。呼び掛ける声に安堵して、ミミは急いで海の底へと戻った。


 * * *


 陸を見に行ってから数日。ミミは、ずっと心ここに在らずといった状態でぼんやり過ごしていた。

「ミミちゃん、最近どうしたの?」
 心配した空がミミに声を掛ける。

「ううん、なんでもないの」
「何でもなくないでしょう。見ていればわかるわ。怒ったりしないから相談して、心配なの」
「空お姉さま……」
 優しい空の言葉に、堪えきれなくなったミミがわっと抱き付く。

「ごめんなさい……ごめんなさい!」
「ミミちゃん……?」
 突然の謝罪に動揺しながら、空はミミの背を優しく撫でる。ヒックヒックとしゃくりあげながら、ミミはこっそり陸を見に行ったこと、そこで見たものを少しづつ話し始めた。

「そうだったの……」
 ミミの話を聞き終えて、空はふぅと息を吐く。

「ごめんなさい」
 しゅんと眉根を下げて、ミミがもう一度謝る。そんなミミに空は優しく微笑んで、彼女の頭を撫でる。

「そんなに謝らないで。仕方ないわ。気になる気持ち、私もわかるもの」
「え?」
 思わぬ言葉に驚いて、ミミが空の顔を見つめる。そんなミミに空は困ったように笑みを見せると

「私もね、行ったことがあるの。……京ちゃんやヒカリちゃんには内緒よ?」
 そう言って口元に人差し指を当てる。

「空お姉さまも?」
「えぇ……昔ね」
 懐かしげに目を細めて、空は自らの髪に付けた飾りに手を伸ばす。

「この髪飾りは、その時に貰ったの。人間の、男の子から」
「え!?」
 予想外の事実にミミは思わず大きな声を出す。

「私も、海の上を見てみたくて。こっそり行ったことがあるのよ。駄目って言われていたのにね」
 ふふっと悪戯っぽく笑いながら、空が目を細める。

「今のミミちゃんより、もっと小さかった時の話よ。たまたま出会った男の子がいてね、一緒に遊んだの。私はそれが楽しくて毎日通ったわ」
 懐かしげに紡がれる言葉は温かくて、でもどこか寂しい。そんな事を感じながらミミは空の話を聞く。

「でも、ある日、お母さま達に見つかってね。もう行っちゃ駄目だって言われたの」
「そんな……」
「私は最後にどうしてもあの男の子に会いたくて、お母さまの目を盗んで、こっそり行ったのよ。お別れを言いに」
「どうして? どうして駄目なの? だって仲良しだったんでしょう!?」
「彼は人間で、私は人魚だからよ」
「そんなの……っ」
 まるで自分のことのように悲しむミミに、空はありがとうと微笑む。

「いいの。私にはこの髪飾りがあれば十分だから。彼と過ごした日々は本当にあったんだって」
 噛み締めるように言って、空はミミを見つめる。

「ミミちゃんは、陸で会ったその人に、また会いたい?」
「それは……」
 会いたい、そう思うけれど、今の空の話を聞いては素直に頷けない。

「意地悪な聞き方でごめんね。でも、ミミちゃんに私と同じ思いをして欲しくはないの。会えば会うほど、別れはツラくなるから」
 心からミミを思っての言葉だとわかるからこそ、ミミは何も言えずに俯く。

「いきなり気持ちを整理するのは難しいわよね。ひとまず今日は休みましょう」
「うん……」
 やっとの思いで返事をして、ミミは自分の寝床へと向かう。海の上を見つめて、思い出す数日前の出来事。あの人は無事だったのだろうか。もう行かない方がいい、そうは思うけれど気になって仕方ない。

「うーん! 眠れない!」
 バッと体を起こして、ミミは静かに寝床から這い出す。近くで眠る京やヒカリを起こさないように気をつけながら、暗い海の中を緩やかに泳いで行く。

「どちらに行かれるんですか?」
 唐突に。本当に突然かけられた声に、ビクリとミミが体を強ばらせる。

「び、びっくりした……あなた、誰?」
 暗闇の中に佇むその人物。黒い羽織りのせいでよく見えないが、赤茶色の髪だけが少し覗いている。

「僕は、魔法使い。そんな風に呼ばれていますね」
 意味深な言い回しで答えて、魔法使いはミミをジッと静かに見る。

「こんな夜更けにお出かけですか?」
 魔法使いの言葉にハッとして、ミミは辺りを見回す。そうして魔法使いに近寄ると、小声で頼む。

「お願い! みんなには内緒にして!」
 必死に頼み込むミミに、魔法使いは少し俯き気味に目を伏せて「はぁ……」と曖昧に頷く。

「構いませんが。特にお話する相手もいませんし」
「ありがと! じゃあね!」
「あの、どちらへ?」
「ちょっとね、海の上を見に行くの」
「え?」
「見るだけ! 本当にそれだけだから!」
 そう言い残して、ミミは急いで泳いで行く。

「海の、上」
 魔法使いが呟いたその言葉は誰に聞かれることもなく、泡となって消えていく。まるで、ミミの後を追うかのように。


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