炭酸 (完結)
それでも君を

白いミシン、カラフルな毛糸や布、大きな裁縫箱。
きっちり整頓された様々な手芸道具のある部屋は、女子の部屋でなくマサの後輩男子、松本 薫の部屋だ。

置いてあったリボンや布で遊ぶのに飽きたマサは、退屈そうに口を開く。

「な〜あ薫ー。」

「何ですか先輩。」

ちくちく縫い合わされていく布を見たまま、薫は穏やかに返事をする。

「あっちいなあ〜。」

「そうですね。」

「腹減ったなあ〜。」

「そうですね。」

「…明日来てくれるかな!」

「そうですね。」

「おいー!!そこ、『いいときー!』だろ!笑っていいとき!だろ!」

「そうですね。」

以上、中二と中一のショートコントでした。ちゃんちゃん。
閉幕〜…ではなくて。

「……なあ。」

「何ですか先輩。」

「何それ。」

マサが指差す先にあるのは薫が先程から弄っている兎の縫いぐるみ。

「桃のウサ子さんです。」

七瀬ウサ子さんは七瀬マリンくん(桃の飼い猫)に引っ掻かれて負傷、
直ちに松本薫医師の元へ緊急入院したそうだ。

「耳ちぎれたのか?」

「ええ。それに、余った布があるのでウサ子さんのお洋服を作ろうかと。」

七瀬ウサ子さんは傷を負った際に着ていた洋服を破かれてしまった。
そこで松本薫医師は治療後に仕立て屋カオルとなり、洋服を何着か仕立てるらしい。しかも桃の帽子まで。

「へーえ、器用だな〜。」

「ありがとうございます。」

あっという間にウサ子さんの耳は治療され、ピンク色の布に白のレースが手際良く縫い合わされていく。

「なあ…薫。」

「何ですか先輩。」

「美和子にさ……その、コクられた。俺のコト…好きだって。」

薫の手元がピタリと静止する。一瞬の沈黙。予期せぬ事態で彼が言葉を選ぶのに迷っただけの時間。

「それは…良かったですね。」

止まっていた時が動き出したように、カタカタとミシンも再び音を立てはじめる。

「薫はさ、七瀬と幼なじみなんだよな?」

「はい。香月(かづき)さんと花梨(かりん)さんが大の仲良しでしたから。」

「香月さん?花梨さん?」

「僕の母の香月さん、桃のお母さんの花梨さんの事です。
僕は香月さん、花梨さんと呼んでいるんです。」

自分の両親を名前で呼ぶ息子。何とも珍しい後輩を持ったものだ。これでマサの小さな疑問は解決された。

「ああ〜!成る程な。んでさ、幼なじみって仲でいつ気づいた?」

「気付いたのは小学校3年生の秋です。でも…きっと初めて出会った時から、好きだったんですよ。
今では好き、というより愛する人を支えたい気持ちが強いですね。」

穏やかに言う薫の横顔は慈愛に満ちた表情で、とても落ち着いていた。
注意事項。松本薫は青山勝政より年下の中学一年生である。

「うわ、考え方おっとな〜!
なんかさ…俺は、美和子と居るのが普通で、喧嘩するのが日常なんだよ。
だから余計にわかんねえ。自分がアイツをどう想ってんのか。」

「想像してみて下さい。
青山先輩が榊原先輩をよく知らない。もしくは…興味が無い、只のクラスメート。
誰かと話していて、先輩を呼ぶ榊原先輩を軽くあしらえますか?」

「………。」

仮定の話、『IF』。あったかもしれない現在の話。
それでも心苦しい。例え彼女を理解出来ていなくても、知らなくても、放ってはおけない。

「では…榊原先輩より他の事を優先できますか?
榊原先輩が泣いているのを見ても、先輩は知らん顔出来ますか?」

「んな事!!!…する訳ねえだろ?アイツは、美和子は…」

誰よりも強くてそれ以上に弱くて泣き虫で、触れれば壊れてしまう泡のような女の子。
仮定の話だろうと、どんな状況だろうと、何度でも一番大切な存在になる人。

「そうですよね。」

「え?」

「今、先輩に言った事は恋愛対象外なら普通なんです。
好きでも嫌いでも無い、興味の無い異性に対して。
案外人間というのは簡単で、好意のある人間以外の事なんかどうでもいいんですよ。」

好意にも色々ありますけど、無視はしないでしょう?とも薫は続けた。

「………。」

「興味が無いから軽くあしらえるし、後回し。知らん顔も出来るし、邪険にも出来る。
けれど…好きであれば好きである程、特別である程に融通が効かなくなり、その人の事だけで悩むんです。
今の先輩みたいに。」

口と指を同時に動かし、仕立て屋カオルは一つのミスも無く手早く仕上げた。
そうして出来上がった物達へラッピングを施しにかかる。

「…そっか。さ〜っすが、片思い歴長い奴は言うこと違うな〜。」

「伊達に10年恋してませんよ。」

「聡はどうすんだろな…。」

爽やかで踏ん切りの良い我が友は気付くまでが遅い。
そして紅茶好きの彼女もまた、自分の事にかけてはからきしなのだ。

「高須先輩なら大丈夫ですよ、きっと。」

「薫〜お前はどうなんだよ。行動起こしてんのか?」

「月一で告白しているんですが…何分、天然記念物みたいなボケでして。」

彼の告白回数は通算49回になるそうだ。勿論、その全てが桃華の必殺天然ボケで回避されている。

「まあ〜あの七瀬だしな。そんならよ、キスでもしちゃえば?結婚申し込んでみるとか。
そこまですりゃさすがに分かるだろ〜。」

「おお!その手がありましたね!早速やってみます。」

「ハハハ!!いや冗談だって!ま、俺も先輩として頑張るぜっ!!」

「はい、頑張りましょう!」


一ヶ月後、こんな冗談が本当になるなんて勝政は思いもしなかった。



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