炭酸 (完結)
敏感で鈍感
「塚本ー!!!一緒に帰ろう!!」
「…そんなに大声出さなくても聞こえるわよ、高須君。」
環と昇降口から出ようとした時だった。
後ろから聡と同じクラスで、昔から仲の良い男子生徒達の声がした。
「あ!高須じゃん。」
「ホントだ。おひさ〜。」
「高須、噂で聞いたけどよ…お前ん所の母ちゃん大丈夫?」
「おう!元気元気!ありがとな心配してくれて!」
声をかけてきたのは小学校からの仲間で、良く一緒に居た中川・宮部・藤岡の三人だ。
「…ってかお前さ、最近生徒会ばっかじゃん。母親の事ちゃんと見てやれよ、結構ヤベーんだろ?」
「大丈夫だぞ!!お袋ならぴんぴんしてるから!」
「何だよそれ。関わって欲しく無いってか?俺ら友達じゃないのかよ!!」
変な噂でも聞いて心配してくれたのだろう、藤岡は声を荒げる。
「落ち着けって藤岡!ごめんな、高須。コイツ彼女にフラれて苛々してんだ。」
「お前は上手くやれよ!じゃあな!」
「うん、ホントごめんなぁ〜!!じゃあまた明日なっ!」
藤岡を慰める中川達と別れ、環とグラウンドに出る。
彼らと聡のやり取りを静かに聞いていた環は、チラリと聡を見て思いふける。
「………。」
「塚本〜?どうかしたかい?体調悪い?」
「あ、ううん。」
環が聡の呼びかけで我に返った時、またしても聡に御呼びがかかった。
「おーい!高須ー!」
「うわっ!なんだい?」
ガバリと聡に飛びついた男子生徒はサッカー部のユニフォームを着ており、足やら鼻やら絆創膏が絶えないようである。
「おっ!カノジョ?可愛いじゃん!俺サッカー部の園部!よろしく〜!」
「え…は、はい?」
いきなり笑顔で話かけられ、環は少し焦ってしまう。
「こら園部!塚本に振らないでくれよ!困ってるじゃないか!で、用件は?」
「あのさ、今度の試合出てくんね?」
「ちょっと待ってくれよ。またかい?」
「たーのーむーよぉおおお!!!」
園部はガクンガクンと聡の両肩を揺らして懇願する。
「わかった!わかったよ、また日付とか連絡してくれる?」
「おっけ!!恩に着るぜ高須ううう!!!」
そう言って聡の右肩をバシバシ叩くと、園部は終止笑顔で風のように走り去った。
聡と共に漸く正門まで歩き、話を切り出そうと環は口を開くが、またしても聡は声をかけられた。
「たか「高須く〜んっ!バイバ〜イ!」
「ん?ああ、バイバイ!」
聡はきゃいきゃいと騒ぐ見知らぬ女子達にも爽やかな笑顔で挨拶をする。
「キャー!見た見た?たかスマイル!」
「爽やかだよねー!!」
「えー?あれは可愛い部類よ!無邪気で可愛い〜!」
「高須君っていいよね!いっつも笑顔だしさ、顔もまあまあいいしっ!」
「今フリーだし、狙ってるコ結構いるもんね!」
「私も狙ってみよっかなぁ〜?」
「マジで〜?」
「………。」
此処まで聞こえる程の大きな声で浮かれる女子達。仮にも本人が居る所で話すなんて、と環はムッとする。
「ビックリしたよな、ごめんな塚本!…塚本?」
「何でもないわ。帰りましょ。」
「うん!俺のせいで時間くっちゃったからな!遅くなる前に帰ろう!」
夏の真昼、若葉が青々と茂る並木道を二人で歩く。
聡がクラスでの出来事等をほぼ一方的に喋り、それを数歩後ろで聞く環。
その後、話のネタが無くなってしまったのか、聡と環の間に数分の沈黙が生まれる。
何とも微妙な距離を保ち、黙々と歩く中学生男女。他人から見れば喧嘩しているか、破局寸前のカップルに見えるだろう。
環は意を決して口を開いた。
「ねえ、高須君は…どうしていつも笑っているの?」
「何で?」
前を歩いていた聡がふわりと体をこちらに向けて、笑顔で立ち止まった。
その行動に釣られて環もその場に立ち尽くす。
「その…泣いてる所とか怒ってる所、見たこと無いから。」
環の言葉に聡は「ん〜」と頭を傾げたが、すぐにふわりと微笑む。
「何てゆーのかな〜…笑うのってさ、いいだろ?
俺も、皆も、周りも、空気も、全部あったかくなるし。
なんかさ!寂しいのとか、悲しいのより、楽しい方が好きだから。
悲しい時こそ笑うべきなんだよ!早く沢山の『楽しみ』が来るように。
だから俺、笑うんだ。いっぱいいっぱい笑うんだ。」
聡の答えに環は怪訝そうな表情を浮かべる。明らかに周りと異なる反応に聡は内心焦った。
彼女は他人の心情や変化をいとも簡単に感じ取り、自分の事のように考えて悩んでくれる世話好きらしいから。
「……成る程ね、教えてくれてありがとう。」
そう言う割に、何故辛そうな顔をするんだ?どうして俺の笑顔を見る度、苦しそうに目を細める?
「塚本も笑いなよ!その方が、可愛い。」
精一杯爽やかに笑ってみせた。だけど、
「ふふっ、何言ってるの?お世辞なら止めてよ。私みたいな冷めた女なんて、可愛くないに決まっているでしょう?」
彼女の心からの笑顔は見られない。
ふいに夏の風が二人の間を通り抜ける。
肩で毛先を綺麗に整えられた黒髪が揺れ、環はそれを丁寧に押さえた。
何の変哲も無い、女子ならば一般的な髪を押さえる動作。
しかし、その姿が一瞬で目に焼き付いて離れない。
ドクンドクンといつもより早く脈打つ鼓動が全身から聞こえるようで。
初めて起きた身体の奥の異変や感覚などを理解出来ず、聡は困惑したが、ある考えにたどり着いた。
「……。塚本は自分の事になると鈍いよな。」
「え?」
「うん、早く自覚しろよ。」
困ったような笑みを浮かべて、聡は歩みを進めた。
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