炭酸 (完結)
告白
バカップルから逃れた聡達は既に遊園地を出て、あの並木道まで来ていた。
勝政と美和子の足の早さを危惧し、尚且つ人通りが少ない所と言えばここ以外に見当たらなかったのだ。
「はぁっはぁっ…ここまで来ればもういいかな。」
「ね、ねえ…高須君。どうして、観覧車…から降りたらダッシュ、なの?」
走ったばかりで息を切らしながら環は問いかける。
「ちょっと色々あってね。あーとりあえず…さ、炭酸でも飲まないかい?」
「…わかったわ。」
並木道にある自販機から二人のお決まりの飲み物が出てきた。普段なら一気に飲んでしまう炭酸を一口ずつ飲みながら、ゆっくりと歩く。
会話など無い。告げたい言葉は山程あるというのに、言ってしまうと避けられない現実を彼女に突きつける事になる。
何を迷っているんだ。言うと決めたじゃないか。決意を胸に秘めて振り返ってみれば、少し後ろを歩く彼女と目が合い、笑ってみせる。
「……。」
「塚本?どうしたんだい?」
突然俯いてしまった彼女が心配になり、歩みを止める。すると環は穏やかな表情で聡を見つめた。
「…下手くそね。」
「え?」
「何でもないわ。」
呆然とする聡の横を環がすっと通り抜ける。
ゆっくりと歩く彼女の背に頬が緩んだ。手にしていた炭酸を飲みきって、彼女の横に並ぶ。
そして、この言葉を。
「好きだよ。」
「…へ?」
目が点になってしまっている環の両手を握りしめ、真っ直ぐに見つめて口を開いた。
「俺、塚本が好きだよ。大好きなんだ。俺と一緒に居てくれたら嬉しいんだけど…嫌かな?」
聡が言葉を紡ぐ度に環の肩が震える。
繋いだ両手から自身の高鳴る鼓動を感じ取られそうだ。徐々に熱が上へ上へと上がってくる。
「…今言うの、本当…もう。その言葉が私にとってどれだけ苦しいか、分かってないもの。」
リンゴのように顔を赤く染めた彼女はそこでピタリと口を閉ざした。
うつ向いたまま言葉を探す彼女の姿に少しの不安を覚え、両手を放して震える肩に置いて呼び掛ける。
「塚本、「貴方の事が大好きです。」
「…っ、ありがとう…俺を好きになってくれて、ありがとう…!」
声をかけた途端だなんて、不意打ちだ。
そんな最高の笑顔で最高の言葉を告げる彼女が堪らなく愛しくて、聡は思い切り抱き締めた。強く強く抱き締めた。
「ちょ、高須君くるしい。はなして。」
「やだ。」
「高須君!」
自分の胸の中で小さく暴れる環は可愛いくて、今まで堪えてきた感情が一気に溢れ出す。
「イヤだよ、環が名前で呼ぶまで放してあげない。」
「いつからそんなに意地悪になったの!?」
「さあ?環が可愛い過ぎるからいけないんじゃないかい?」
「〜っ!!聡君!はなしなさい!」
「嫌です。」
彼女に名前で呼んでもらえたのが嬉しくて、緩んだ顔を見られたくなくて、また意地悪をして少し期待する。
「なっ!さっき名前で呼んだら放すって言ったわ!」
「環、環…大好きだよ。本当は離れたくないけど…今はこれで許して。」
思わず弱虫な自分が出てきそうになって、許しを請うような優しく、少し触れる程度のキスをした。
「…んな、…なっ!?高須君!!」
「聡。」
「さ、聡君!今、今!なっ!」
「何ってキスさ。薫達がやってたの見ただろう?」
「もう!…すっかり聡君のペースで悔しい。」
夏の時には無かった歩き方だ。俺と手を繋いだ君が隣に並んで歩いていて、俺だけが話すんじゃなくて、二人で話す事。
ふとこれからの事を考えて、知らない内に口から零れていた。
「そうでもないよ。俺は君の前だと弱いからさ…色んなものから逃げだしちゃうんだ。」
「聡君、何か…っ!」
何か言いたげだった彼女の言葉を聞きたくなくて、また口で塞いだ。
そして何事もなかったように話しかけて、二人で笑いあいながら帰路に着く。
「聡君、また明日学校でね。」
「ああ、気を付けて。」
遠くなって行く彼女の背に何度も何度も心の中で謝り続けた。
自宅に帰るのがこんなにも嫌だなんて思わなかった。
玄関の扉を開けてみれば、生活感のない空っぽの部屋があるだけ。
縁側の襖を開けて座り込むと、暑い夏の日に勝政と二人で飲んだラムネを思い出す。
冷たい風が髪を撫でて、嗚呼もう秋なのかと妙にしんみりしてしまう。
これだから秋は嫌いなのだ。
「…早く、夏にならないかな…」
呟いた言葉は泡のように消えた。
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