炭酸 (完結)
決意の秋

多くの恋心が生まれ、それぞれの想いと決意を秘めたまま、彼らは始業式を迎えた。

「ふう…まだ暑い…」

9月とはいえ、まだ夏の気配は消えておらず、学校へ続く涼しげな並木道でも汗が環の頬を伝う。

「何か買おうかな…」

道なりに一台だけ置かれた赤い自動販売機の前に立つ。此処の自販機は紅茶の種類が多くて困る。

環が悩んでいると、突然後ろからボタンを押された。青く点っていたランプが消える。
間もなくしてガチャコと何かが落ちる音。
後ろの誰かが飲み物を取るまでの間、環は固まったまま動けなかった。

だって落ちてきた物は彼のお決まりの…

「炭酸!飲む?」

聡に笑顔で話しかけられて、漸く環の身体がそちらに向く。

「ちょっ…それ…」

「ああ、ごめんごめん!塚本はこれだよな。」

手早く小銭を入れて、即座に冷たい紅茶を選択。出て来たそれを環の手の平にコトンと置いた。

「へへっ、びっくりさせてごめんよ。俺も一緒に行っていいかい?」

あまりの素早さと流れに追いつけない。環は聡の言葉に反射的に頷いていた。

それぞれに飲み物を飲みながら歩く。終業式の時と同じように微妙な間隔と沈黙を保ちながら。

「なあ塚本!あれ!あれ見てくれよ!」

「えっ?!」

聡が指差す方向には薫と桃華が仲良く歩いていた。
別になんら変わりは無いし、驚く程の物でもないじゃないかと思った…その時。

「う、うわああ!見たかい!?すごいな薫…」

「そ、そうね…」

人気の少ない道といえど、公共の場だ。にも関わらず薫は桃華にキスをし、桃華もそれをすんなり受け入れている。
夏休み前は付き合っていなかったのに、一体何があったというのか。

「や〜っとくっついたか〜。見てるこっちとしては安心したよ。」

「ふふっ。本当にやっと、よね。松本君嬉しそう。」

「分かるのかい?」

「ん?ええ。私ね、周りの人達には心から笑って欲しいの。
まあ…ただのお節介かもしれないけど、幸せになって欲しいのよ。」

「…だから俺の笑顔の事、聞いたのかい?」

「半分はそうだけど、よく分からないわ。多分皆より高須君を見てたから…かな?」

「俺を?皆とは違って見えた?」

「何となく放って置けないというか…不思議に思ったのよ。
いつも笑ってるけど泣いたり怒ったりしないし、皆が泣きたい時や辛い時も笑ってて…。
それは凄い事で優しい事でとっても素敵な考えなんだけれど、
じゃあ高須君はいつ泣けるのかな?どこで怒れるのかな?って思ったの。
あ…あれ?なんで涙出てくるんだろ。ごめんね?知ったような事ぺらぺら喋った上に突然…」

つう、と頬を伝う一筋の涙。
突然の事にびっくりした為か、すぐ止まってしまったけれど…それは綺麗だった。

「…あ…。」

今まで誰ひとりとして気付かなかったのに、君は知ってくれていた。泣かなかった俺の代わりに君は涙してくれた。

そうか。俺は彼女の容姿だけでなく中身も、全て合わさった『塚本環』が好きなんだ。

「え?どうかしたの?」

言えるはずが無い。また一つ君を好きになりました、なんて。

「あー…いや、何でも無いよ。やっぱり俺、先に行くね!」

聡は何だか気恥ずかしくなり、温くなった炭酸を一気に飲み干し、環を置いて走り抜けた。

「…んん?」


突如聡に置いて行かれた事を疑問に思いながら、環は校門をくぐった。
上履きに履き変え、空になった紅茶の缶をごみ箱に捨てた所で肩を叩かれた。

「おはよー、環!」

「え…?誰?」

どこか見覚えがあるのだけれど、生憎自分よりもショートカットの女子は知り合いに居ない。
しかし名前で呼んでいる所をみると、面識があるのだろう。

環が頭をフル回転させて思い出そうとしていると、暫く黙っていた彼女がケラケラと笑い出した。

「あははっ!やっぱ環でも分かんないか!私だよ、私。美和子よ。」

「えええっ!!!み、美和…あ、なんっ…髪っ!!」

美和子の髪は小学校の時からずっと長かった。
それは全て勝政の為。彼が長い方が好みだという噂を聞いて、伸ばしていたのだ。

しかし、腰辺りまであった彼女の髪は、今や肩にもつかない程のショートカットになっている。

「うん。終業式の日にね、切ったの。似合うでしょ。」

「…告白、失敗したの?」

「……違うよ。怒った揚げ句に言い逃げしたの。最低だよね。傷つけて逃げて…。」

苦笑気味に自嘲する美和子を見ていると、胸が締め付けられるようだった。
告白で何かあって辛かっただろうに。

「美和…。」

「だから、これはケジメ!」

「辛かったら話、聞くよ?」

「ううん、大丈夫。私…もう逃げない。勝政と向き合う。」

きっぱりと言い切った美和子は告白を機に決意が固まったようだ。
前に進めなかった頃とは打って変わって、凛とした姿勢と瞳にショートカットの髪はよく似合う。

「美和なら大丈夫よ。頑張ってね。」

「うん。早速だけど、勝政に謝ってくる。髪切ったから気付かないかもねっ。」

教室とは真逆の渡り廊下の方へ足を踏み出す美和子に、環は一言告げた。

「髪、すごく似合ってるわ。」

「ありがと!」

にこやかに笑う美和子の向かう先に彼の姿があった。




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