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『三人寄らば』


新しい書物が手に入り、意気揚揚と読書態勢に入った諸葛亮に水を差したのはホウ統だった。
「準備はできたか…いくぞ」
主語も何もないそれは、さも約束していた内容を果たしますよといわんばかり。
つまり断ってものらりくらりと丸め込まれてしまうのだと、短い付き合いながら悟った諸葛亮は、書簡片手にその姿を追った。
「やれ、やっと来おったか」
案内された古びた屋敷の奥の部屋には徐庶が一人杯を傾けていた。
「先にやるやつがあるかお主」
「いやいや、すまぬ」
しかしそうやって徐庶のよこした反省は言葉だけであり、ホウ統の責める言葉も大部分は羨望が占めていた。
何にせよ堅苦しくしきたりやその他を守るつもりのない面々で強く咎めることもなく、一人渋い顔をするはずの諸葛亮も慣れからくる諦めで呆れ顔をさらすだけ。
まあまあと席をすすめる徐庶の言葉に逆らう事無く着席をする。
「まったく…突然何事かと思えば」
「一人で読み解くより三人で議論したほうが実になろうよ」
「議論するなら酒があったほうが良いしな」
諸葛亮の不満にも二人はのらりくらりと返す。そしてそれがあながち間違いでもないわけだから、結局諸葛亮は黙るしかない。
確かにこの二人との語らいは有意義な時間だと認めざるを得ないほど、内容濃く打てば響く。
目線の問題だなと、すでに悪友と言い切れる関係になってしまった二人と、その他の人間の違いを諸葛亮はそう理解していた。
「では始めるか」
そうして揃えられた料理と人と酒と。
それらがそろって初めてホウ統は庭に面した戸を滑らせる。
途端、ふわりと白いやわらかな花弁と甘い薫りが部屋に舞踊り、三人の頬をくすぐった。
寂れた外観からは想像もつかないその景色はまさしく桃源郷、静かなたたずまいは神秘すら含んでいる。
「これは…」
「花と酒、楽しまぬ人生なぞ大損だからのう」
「さらにうまい食い物と気のおけぬ友との語らい、これほどの贅沢はそうあるまいよ」
徐庶もホウ統も。杯片手に花へと向ける視線はまるで恋するようにうっとりと、満足そうに笑って目を細めているから、諸葛亮も毒気を抜かれて素直に杯へ手をのばした。
花は美しく、それを肴に飲む酒は確かに美味である。
「孔明、いつまで惚けておるのだ」
「ああ、申し訳ありません」
「その手に持っておる物が珍しい兵法が書かれておるものか」
なぜそんなことまで知っているのか胡散臭く思いつつも、この狭い業界話が伝わるのも早いというものだ。
知識に対する好奇心の強さに感心ながら、諸葛亮は促されるままに書簡を広げる。
熟読の沈黙が下り、しばしの間三人は額を寄せ合った。
「これは…」
やがてほぼ同時に読みおわり、身を引いた三人のうち諸葛亮がおもしろ気に息を吐く。
「なかなか、素晴らしいものですね」
しかしそんな台詞にも、ホウ統は頷きながらも頭を掻いてあいまいに笑った。
「おもしろいは面白い。が、孔明、お主の悪いクセが出ておるな」
「?」
首を傾げる諸葛亮に、いかな天才でも抜けているところは可愛げがあるものだなんて失礼な感想を抱きながら、ホウ統は杯を煽る。コンッと音を立てて問題の箇所へと杯を置いて、視線を投げやった。
「騎兵はこれからの戦いの基礎になろう。その点この配置は有効だ。だがな、孔明」
「はい」
「忘れておらぬか?騎兵は歩兵の倍以上兵糧をドカ食いするぞ?」
「もちろん想定はしていますが…」
「ぬるいのぅ」
むっと諸葛亮がホウ統をねめつける。当の本人はそんなもの気にする風もなく、新たに酒を注いでいるのだが。
くっと笑った徐庶が言葉を継いだ。
「お主の想定は所詮ただの単純計算にすぎぬなぁ。現実が伴っておらん。第一、騎兵の利点は機動力だしの。この陣は確かにおもしろいが騎兵を投入しすぎているわ」
「しかし地形如何に…」
「確かに…」
そんなわけで結局花も食事もそっちのけで喧々囂々、ああでもないこうでもないと言い合う三人を、桃の花が優しく包み込んでいた。
結局結論は出ないまま、最終的に男三人、黙って酒を煽り花を愛でたのだった。


-了-





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