【真実を知る勇気が無かった】
氷帝が全国に行けることになった日。
俺は複雑な思いを胸に秘めたまま家に帰った。
全国に行ける事もまたテニスが出来る事も嬉しいのだが、この自分の気持ちを悟られないようにテニスに没頭出来るのかが不安だった。
俺はタブルスパートナーである長太郎が好きなのだ。男同士だし年下だし、言いにくい事この上ない。
いつかは気持ちを伝えたいとは思うが勇気が出ない。
本当は夏休み中に告白してしまおうかと思ってた。
ダメでも部活は引退してるし、学校でも会う機会は少ないから苦しまなくていいと思ったんだ。
それなのに。
告白しようと思ったその日に部活に戻る事になるとは…。
タイミングを逃した俺はただテニスが出来る事に、全国に行ける事に喜ぶしかなかった。
明日は長太郎と作戦を組み直したり、陣形を考えたりする事になっている。
「二人っきりか…」
理性が勝つか、それとも…。
いつも通りに接する事が出来るか不安だが、やるしかないのだろう。
明日のことを不安に思いながらも俺は眠りについた。
夢を見た。
俺が長太郎に好きだと伝えている夢を。
「今何て…言いました?」
長太郎は驚いたように聞き返してくる。
「…好きだ」
もう一度言う。何となく長太郎の顔を見るのが恐くて俯きながら。
「それ…本気で言ってます?」
長太郎の声が今まで聞いた事がないくらい低くて。
嫌悪感を顕にしている声で。
顔を見なくてもわかってしまった。
気持ち悪いと思われた。
俺は嫌われた…?
「っ!」
夢はそこで終わった。
まるで現実に起こっている事のようにリアルで。
起きた俺の体はいやな汗をかいていて、目からは涙が一筋流れていた。
恐かった。
長太郎に嫌われる事が、気持ち悪いと思われる事がこんなにつらいなんて。
こんなに好きになっていたなんて…。
明日、本当にどんな顔をして会えばいいのかわからない…。
**************
「おはようございます!宍戸さん」
「お、おはよう…」
朝練に行こうと玄関を出ると長太郎が待ち構えていた。
部活を引退してからは朝練に行くことがなくなり、長太郎とも一緒に登校していなかったのでまさか迎えに来るとは思ってなかった俺は自分でも驚くくらい心臓が鳴っていた。
気付かれないようにしなければ…。
いつも通りに。
*****
「でも此処はこうした方が良くないですか?」
「だったらこっちに動くだろ」
昼休みになって、いつものように屋上にやってきた俺達は全国の為に新しく作戦を練っていた。
時間が経ってしまうと夢の事も忘れてしまったようで、普段通りに話すことが出来た。
「新しいサインも決めねぇとだな」
「そうですね…」
そこまで言うと、長太郎は黙ってしまった。
何かを考えているようなので、そっとしていると意を決したように顔をあげた。
「部活が終わったら、うちに来ませんか?明日は休みだからついでに泊まってくださいよ」
一瞬何を言われたのか理解できなかった。
サインの話をしていたからサインを考えているのかと思ったら、泊りの誘い。
脱力する俺を長太郎は良いアイデアだと言わんばかりの笑顔で見つめてくる。
でも、まぁ作戦やサインを考えるのに部活の時間を割くわけにもいかないし、学校にいる間だけでは足りないのが現状だ。
ここは長太郎の誘いに乗ってしまった方がいいだろう。
「わかった。部活が終わったら荷物持って、お前ん家に行くから」
「着替えなら俺の貸しますよ?」
「ばっ!自分の持っていく!」
「じゃあ、一緒に宍戸さん家まで行きます」
断っても断っても、何故か一緒に来ようとする長太郎を納得させるには俺が折れるしかなかった。
「飲み物持ってくるんで、適当にくつろいでてください」
そう言うと長太郎は部屋から出ていく。
結局断る理由も思い浮かばずに、長太郎の家まで付いてきてしまった。
部屋に一人きりにされ、どうしたものかと辺りを見回す。
そういえば、関東大会で負けた後くらいから遊びに来ていなかった。
―――確かあそこに。
机の引き出しを開ける。
勝手に開けるのはどうかと思ったが、気になってしまっては後に引けない。
それに、長太郎はこのくらいでは怒らないという事を知ってるから。
「…あった」
見つけたのは青色のグリップテープ。
それはダブルスに組むことになった次の日に俺がプレゼントしたもの。
そんで、あいつも今被っているこの青色の帽子をくれたっけ。
二人して同じ色を選んでいた事に笑いあったのも、今では思い出になりつつある。
「まだ使ってなかったのか…」
箱からも出されていないグリップテープ。
大事に、大事にされている様はまるで俺のよう。
壊れ物を触るかのように接してくる長太郎。
それが嬉しくももどかしい。
長太郎は俺の事をどう思っているのだろうか。
******
作戦会議を初めてから二時間が経った。
ある程度いろんなパターンも作り、休憩を取ることにした。
「あの質問してもいいですか?」
「あ?…別にいいけど」
神妙な面持ちで聞いてくるので、何となく身構えてしまう。
こういう真剣な顔をした長太郎の質問にろくなものはない。
「宍戸さんって好きな人いますか?」
身構えていた俺は、やはり突拍子もない長太郎の質問に面食らった。
そして質問の意味を理解すると同時に顔が赤くなるのがわかった。
そんな俺を見て、長太郎も驚き顔になる。
「え?あの、好きな人いるんですか!?」
「な、何だよ!俺に好きな奴がいたらおかしいのかよっ!」
長太郎の驚き方にムカついた俺は喧嘩腰に怒鳴る。
開き直ったと言った方が正しいのかも知れないが…。
「わ、悪くないですけど…。…聞いてもいいですか?」
「ダメ」
「で、ですよね〜…」
お前だなんて言えないから。
本当は言いたくてしょうがないのに、あの夢が頭を過ってしまった。
「…お前は?」
「え?」
「お前は好きな奴、いんのか?」
「いますよ」
きっぱりと言い切った長太郎に驚いて、まじまじと顔を見つめてしまった。
長太郎の真剣な目を見てしまったら、不覚にもドキドキしてしまう。
「ふ、ふ〜ん。そうなんだ…」
誰かを聞こうかとも思ったけど、自分は教えないのに相手には教えろなんて言えなく、曖昧な返事で終わってしまう。
「教えましょうか?」
「なっ。何で?」
「だって聞きたそうな顔してますから」
どれだけ俺は気持ちが顔に出てしまうのだろうか。
長太郎には隠し事が出来ない気分になる。
「別に教えてもらわなくても…」
嘘だ。
聞きたくて、聞きたくて仕方がないくせに。
ばれてしまうだろうとわかっていても嘘をついてしまうのは嫌われたくないから?
違う。自分の心を守りたいからだ。
「俺は、宍戸さんになら教えてもいいですよ」
「だから、いいって」
「俺が言いたいんです」
それは俺の気持ちを知らないから?
それとも気付いてる?
「何でお前の好きな奴なんか聞かされなきゃいけねぇんだよ?」
「宍戸さんだから聞いてほしいんです」
「聞きたくねぇ」
「宍戸さん!」
「聞きたくねぇ!」
俺は自分で自分の耳を塞ぐと小さい駄々っ子のように頭を振る。
ここまで不自然に拒否をしているにも関わらず、しつこく何度も呼んでくる長太郎の声を聞いていると泣きそうになる。
そんな泣いてる顔を見られたくなくて、長太郎から顔を逸らす。
逃げたい。
立ち上がって、脇目も振らずに走って逃げてしまいたい。
「宍戸さん!」
何度目かの呼び掛けのあと、長太郎に腕を捕まれた。
俺の腕を耳から離させようと力を入れてくるが、俺はそれにも抵抗する。
普段なら力で長太郎に適わないのに、火事場のバカ力だろうか?俺の腕は動かなかった。
この時の俺は理性がなかったのかもしれない。
ただ聞きたくない一心で、周りなんて見ていなかったし、長太郎がどんな顔で、どんな気持ちで俺を呼んでるのかも気付く余裕はなかった。
だから、長太郎の顔が近づいてきてる事も気付かなかった。
「宍戸さん、聞いて下さい」
「聞きたくないって言って…っん?!」
俺の拒絶の言葉は長太郎の口の中へ吸い込まれた。
いきなりの事に涙も止まるくらい驚いた。
だって、この状況でこの行為は不自然だ。
でも嬉しいと思ってしまう気持ちが強い。
驚いたけど嬉しいんだ。
「俺の好きな人は宍戸さんなんです」
「う、そだ」
「嘘でキスなんかしません」
「ほんとに?」
「ずっと好きでした」
無性にまた泣きたくなって。
でもまだどこか夢の世界にいる気分で。
長太郎が俺を好きだったなんて。
「俺、男だぜ?」
「知ってますよ」
「女みたいに可愛くないし」
「宍戸さんは可愛いですよ」
「…お、俺、優しくねぇし」
「宍戸さんは俺の事好きですか?」
次から次から出てくる涙を長太郎の長い指が拭う。
柔らかい笑みと優しい声音で尋ねられて、気持ちが弾ける。
「…っ。好き。好きだっ…」
「うん。俺も好きです」
堰を切ったように泣きだしてしまった俺を優しく抱き締めてくれる。
抱き締められると嬉しくて、暖かい気持ちになってどうしようもなく、また涙が出た。
そんな涙さえ、長太郎は慈しむように拭って。
夢を見て不安だったとか、気持ちを伝えて嫌われたらとかそんな気持ちを話す俺を長太郎は静かに聞いてくれて。
嗚咽混じりにたどたどしく話すから凄く遅いのを謝ると、宍戸さんの話だから苦になりませんよ、って笑ってくれた。
長太郎の笑顔を見てまた泣いてしまった俺を、また長太郎は抱き締めてくれたんだ。
そのまま泣き付かれて俺が寝てしまうまで、長太郎は優しく抱き締めてくれてた。
真実を知る勇気が無くて。
でも今は知ってよかったと思う。
こんな俺を好きになってくれて有難う。
---あとがき---
一人でテンパる宍戸さん。
付き合う前って初かな?
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