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【パートナー】


「…宍戸さん!」

試合が終わってから俺達はクールダウンの為に走っている。
――だが。

「宍戸さん?ねぇ、宍戸さんてば!」

先程から何度呼び掛けても相手からの返事が帰ってこない。
一歩先行く先輩は、雑念でも振り払うかのように黙々と走っている。
今、彼が何を思っているのか。
―――たぶん、自分と同じだと思う。

しかし、このままでは埒が明かない。
俺は、宍戸さんの腕を掴んで無理矢理足を止めさせた。

「っ!?…長太郎?」
「宍戸さん、本当に何も聞こえてなかったんですね…」
急に走るのを止めさせた俺を見て驚いた顔をする彼に、先程からの自分の声は一切届いてなかった事がわかる。

「…俺達勝ったんですよ?」
「相手が中断したからな」
「っ!それでも勝った事には変わり無いじゃないですか!」

掴んだままの手に力を込めると、一瞬彼の顔が歪む。
しかし、離す気はなかった。
離した途端にどこかに行ってしまいそうだったら。

「納得出来ないのはわかります。俺だって……出来ない」
「だったら…!」
「でも!納得してしまったら上に行けないと言ったのは宍戸さんです!俺も!…俺もそう思ったんですよ?」
「長太郎……」

だから。
悔しくても、納得できなくても、彼に―――宍戸さんについていこうと思ったんだ。
妥協なんかしなくていい。
納得出来ないなら、次の試合で納得出来る試合をしようと。

「…でも。それでも俺は納得の出来る『勝ち』が欲しかった!……あれは勝ちなんかじゃねぇ。勝たせてもらったんだよ!」
「それでも勝ちは勝ちです!テニスは結果が全てじゃないですか!」

そう。結果だ。
たとえどんなに良い試合をしようと負けては意味を為さないのだ。
反対に、どんなに悪い試合でも勝ってしまえば何も言われない。
――氷帝テニス部ではそう教えられた。

「長太郎、気付いてるか?」
「宍戸さん?……何を、ですか?」
「俺達、まだ一度も『勝った』事ないんだぜ?……一度も!」
「それは……」

確かに俺達が組んでから、納得の出来た勝ちはない。
関東の時だって、乾さんの自己申告がなければどうなっていたのかわからない。
結果的に勝てただけだ。
今の試合だって、菊丸さんが止めなければ俺は打ち返せていたかわからない。


「俺はお前とまだ試合に勝った喜びを一緒に味わってねぇ…。もし」
「…宍戸さん?」
「もし跡部が……」
「…!」

止めてください!…そう言おうとしたのに、声が出ない。
宍戸さん、その先は――

「……俺達は勝てないで終わっちまう」

駄目です――

「俺達の、俺の夏は」

言わないでください――

「ここで終わっちまうんだよ!…今度こそ本当に!」
「宍戸さん……」

下を向いて肩を震わせる彼に俺は何と言えばいいのだろう。
何も。
何も無いんだ。
俺は慰める言葉なんて持ってない。
だって彼が言った事は俺だって思っていた事だから。
俺の慰めの言葉は自分を騙す言葉にしかならないから。
今、彼に言うべき言葉は慰めじゃない。

「悔しかったら、泣いてください。…泣いてもいいんです!宍戸さんは!」
「ちょうた…っ!……何でお前が泣くんだよ!?」
「だって!…だって宍戸さんが、…泣かないから。これは俺の涙じゃ…、ないんです!…だから宍戸さんは…、俺の涙を…流してください」

あなたはそういう人だから。
だから代わりに俺があなたの涙を流すんです。
…それでも。
俺だって泣きたいんです。
…泣いてるんです。
だから、俺の涙は宍戸さんに流してほしい。
悔しさを分かち合いたいんです。

「俺達は、パートナー…でしょ?」

「…っ。バカだよ…長太郎は…」
「バカ…、ですから…こんな事しか…思い、付かないんです」

宍戸さんが流した一筋の涙はとても綺麗だった。
涙にさえ、あなたの気丈さが伺え知れた。
――ああ。
あなたはとても綺麗な涙を流す人だったんだ。

*****

「はぁ。なんか久しぶりに泣いたかも」

一仕切り泣いた俺達は、木陰の周りからは遮断されている場所に腰を落ち着けていた。

「…都大会ぶりっすか?」
「あぁ。………って、何でお前が知ってんだよ!」
「え?あの……カマかけたんですけど、…泣いてたんですか?」
「…っ!…ちっ。ああ、そうだよ!」

顔を赤くしながら舌打ちすると、宍戸さんは吐き捨てるように言った。
そして、その勢いのまま立ち上がる。

「行くぞ!」
「コートに戻るんですか?」
「違う!…ったく。こんな赤くなった目と鼻のままで戻れねぇだろうが。治るまでクールダウンの続きすんだよ」
「…あ。なるほど」

俺も立ち上がって、宍戸さんの横に行く。
そして、二人同時に走りだした。

「ねえ、宍戸さん」
「ん?何だ」
「……一人で泣かないでくださいね」
「……あん時は」
「わかってます。まだ俺達はこんなに近くにいませんでしたから…」

でも。
だからこそ。

「今はこんなに近くにいるんです。…泣きたくなったら俺を頼ってください」

まだ頼れる後輩ではないかもしれないけど。
あなたが一人で泣いているのは、俺が耐えられないんです。

「……わかった。そのかわり、長太郎も一人で泣くなよ?」
「はい。約束します」

あなたの涙は俺が。
俺の涙はあなたが。
喜びを分かつ事が出来るように、悔しさも分け合いましょう。
俺達はパートナーなんですから。



---あとがき---

恋人じゃなくて、あくまでパートナー。
恋人未満友達以上?



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