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【不安】


「宍戸さん、どこ行くんですか?」

俺は呼んできた声に、またかと思った。
一つ年下のダブルスパートナー兼恋人の鳳長太郎は、事あるごとに近づいてくる。
まあ、それはいいのだが、いちいち俺が長太郎から離れようとするたびに「どこに行くんですか?」を連発してくる。

俺にだって一人で行きたいところや気分の時がある。
いくら付き合っていても、そこまで縛られるつもりは毛頭無い。

「トイレだよ!ト・イ・レ!」

なぜ、こんな事を宣言しなければいけないのか…。
今は部活中で、周りには他のレギュラーがいる。

「あ。そうだったんですか〜」

俺を苛立たせている当の本人は呑気に間延びした声で頷いた。
フンッ、と鼻息荒く歩きだすと、さも当然と言わんばかりに長太郎がついてくる。

「何で付いてくるんだ?」

なるべく怒りを押さえて尋ねる。

「何でって、宍戸さんのお手伝いですよ?」

しかし、やつは悪怯れもせずに、やはり当然といわんばかりに言ってきた。
俺は眩しいほどの笑顔を見せる長太郎に目眩を感じた。
救えない。
怒りを通り越して呆れてくる。

「トイレで何を手伝うんだよ!?…いいか、付いてくるなよ?」
「でも…」
「でもじゃねえ。付いてきたら一週間口きかないからな!」

口答えする長太郎に宣告する。
一週間なんて普通なら耐えられるだろうと思うだろうが、こいつは一時間でも保たないだろう。
案の定、しゅんとして「わかりました」と言った。








「何であんなに犬度があがってんだ?」

俺は手を洗いながら呟いた。
付き合う前はあんなに付き纏ってこなかったはずだ。
それが今では、あの有様。
――俺が悪いのか?

俺が長太郎をあんな風にしてしまったのなら、少しショックだ。
だって、それは長太郎と付き合わない方がよかったと言っているようなものだから――。

コートに戻ると、犬だったら尻尾をめいっぱい振っているだろう勢いで長太郎が駆け寄ってきた。
そのままの勢いで抱きつかれて、勢い余って俺は尻餅をついてしまった。

「ってぇ!〜〜お前なぁ」
「す、すいません!」

睨むと長太郎は慌てたように俺の上から退いた。
心なしか目元が潤んでいる気がする。
そんなに心配されるほど遅くはなかったはずだけど…。

「すいません、宍戸さん」
「?いや、もう怒ってねぇけど…」

長太郎が何対して謝っているのか計りかねて、一応怒っていない事を伝える。

「違うんです。俺、宍戸さんの気持ちを無視してました」

長太郎は真剣な目をして話し始める。
全くもって何を言いたいのかわからないが、真剣に話そうとしているのでこちらも真剣に聞いてやる。

「跡部さんに言われたんです。自分だけの気持ちを相手に押しつけるなって」

ああ、なるほど。
俺はここ最近の長太郎に対する愚痴や悩みを跡部に洩らしていた。
見兼ねた跡部が長太郎に言ったのだろう。

「俺、宍戸さんと付き合えて嬉しかったんです。でも、もしかしたら夢なんじゃないかって」
「長太郎…」
「だから、宍戸さんが目の前にいないと不安になってくるんです…」

まさか、長太郎も不安になっていたなんて。
不謹慎にも俺と同じように不安になっていたと思うと嬉しくなった。
俺だけじゃなかったんだ、と。

俺は長太郎の頬に手を添えて固定すると、目を覗き込んだ。

「コレは夢なんかじゃねえぞ。俺は長太郎が好きだから付き合ってんだ。俺から別れることなんか絶対ねぇからな」

そこまで一気に喋ると息を吸う。
そしてため息混じりに息を吐くと、視線を外した。

「俺だって不安だったんだからな。付き合った事で今までの関係が崩れるんじゃないかって」
「…宍戸さん…」
「何か可笑しいな。二人で不安になって、ギクシャクしてんだからよ」
「そうですね」

二人して顔を見合わせると、笑いあった。
周りの連中が唖然とした視線を向けているのがわかったが、気にはならなかった。

「でもなぁ。いちいちついて来んのは止めろよ?なんか縛られてるみたいで嫌だ」
「…はい。気を付けます」
「おう。気を付けてくれ」

気落ちしている長太郎の頭を撫でてやる。
少し背伸びしなければいけないのが悔しいが。
当の長太郎は少し驚いたように目を見開いてた。
少し可愛いなぁと思ってしまい、慌てて手を戻す。

「宍戸さん」
「ん?」
「キスしたい…」
「はぁ!?」

唐突な長太郎の言葉に驚いて、不覚にも顔に熱が集まるのがわかった。

「ダメですか?」
「ダメに決まってるだろうが!」

今は部活中で周りには皆いる。
更にほとんどの者がさっきの自分の声でこっちを注目しているのだ。
したくないわけではないが、恥ずかしいし、後でからかわれるにに決まっている。

「宍戸さん、じゃあ抱き締めてもいい?」
「…っ!〜〜〜こっち来い!」
「宍戸さん?!」

俺は怒鳴りながら、長太郎の手を引っ張ってコートを後にした。
腰に回された手の感触に俺も我慢が出来なかった。




部室まで戻ってくると、ドアを乱暴に開けて中に入る。
ドアを閉めると鍵をかけた。

「急にどうしたんです?宍戸さん…」

長太郎は訳が分からないという顔をして俺に聞いてきた。
怒られると思っているのか、眉がハの字になっている。
そんな長太郎を見てると笑いが込み上げてきて、声を出して笑ってしまった。

「ひどいっすよ、人の顔見て笑うなんて!」
「わ、悪い。すげぇ情けない顔してたから、つい」
「フォローになってないっすよ〜」

泣きそうになる長太郎が可愛くて、先程の感情が蘇った。
首に手を回すと長太郎に触れるだけのキスをする。

「し、宍戸さん?」

案の定、驚いた顔をした長太郎を見てまた笑う。
すると、長太郎は俺の顎に手を添えると同じように触れるだけのキスをしてくる。
そんなキスを何度かして、そのうち物足りなくなってきて。
どちらかともなく、口を開くと舌を絡め合った。

「…っふ。…ん…ん」

鼻を抜けて、時折甘い声が出る。
もう止められないな、と頭の隅で考える。
不安な気持ちを二人の熱で溶かしてしまえばいい。
そんな考えが浮かんできてが、俺の中心を触られて、次第に何も考えられなくなってしまった。

*****

「大丈夫ですか?」
「…おう」

事が終わった後、済まなさそうに長太郎が聞いてくる。
硬い床でやったので、腰がいつも以上に痛かったが、誘ったのは事実上自分なので何も言わなかった。
…長太郎の沈んだ顔が見たくないというのが本音だが。

「…んな顔すんな。お前が悪いわけじゃねぇだろ?」
「でも…」
「…気持ち良かったか?」
「へ?」

唐突な質問に目を丸くする長太郎。
ついでに間抜け面。
さっきから驚いてばっかりじゃねぇか?コイツ。

「良かったのかって聞いてんだよ、答えろ!」
「え?え?き、気持ち良かったです!」
「俺もだ。…お互い良かったんだから、それでいいだろ?」
「宍戸さん…」

見つめ合って、笑って、またキスをした。
触れるだけの簡単なものだったけど、俺も長太郎も少しだけ優しい気持ちになれた。

これからも不安な事がいっぱいあるだろう。
でも、二人でいればきっと大丈夫だ。
俺はそう信じてる。




---あとがき---

悩んでギクシャクして仲直り。
犬長太郎は我慢を覚えた。



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