[携帯モード] [URL送信]

【Sad or Happy?】


今日は特別な日。
大好きな人と過ごす大切な大切な日。
クリスマス。――なのに、俺は今だに一人で家にいる。


「さいあく」

そうつぶやいた俺の声は、自分で聞いても違う人のように聞こえた。

ベッドで布団に包まりなが「さいあく」と何度もつぶやく。
その言葉を吐いたって現状が全く変わらない事は百も承知である。
それでも、言ってしまうのは今日が初めて宍戸さんと過ごすクリスマスだから。

「あ、連絡しておかないと…」

枕元に置いてあった携帯を取り、メール画面に変える。
『風邪をひいてしまい、遊びに行けなくなってしまいました。ごめんなさい』と簡単に断りの文を打ち込む。
本当はもっと詳しく書きたかったが、咳き込みながら打っているのは辛く、気持ちの入っていない文しか書けなかった…。
そしてメールを送信したあと、俺は深い眠りに落ちてしまった。


*************

「…ん?」

額に冷たい感触がして目が覚める。

確か今日、この家に居るのは俺だけのはず。
お母さんとお父さんは、風邪をひいて寝込んでいる息子を置いてデートに行ってしまったし、姉は友達と予定があると言って出掛けてしまった。
だから、俺の看病をしてくれる人なんていない。

もしかして姉が早めに帰ってきてくれたのだろうか?

そう思った瞬間、姉とは違う、でも聞き慣れた声がした。

「起こしちまったか?」
「…宍戸さん?」

ベッドの横に氷枕を持ってきていた宍戸さんが、俺を見下ろしている。
いつのまにどうやって家に入ってきたのだろうかと考えを巡らせてから、合鍵を渡していた事に思い至る。

「悪いな、勝手に入ってきちまって…」
「いえ!そんな事」

ないです!と続けようとした口からは言葉の代わりに咳が出た。

「大丈夫か?!」

なかなか止まらない咳を押さえ込みながら、片手をあげて大丈夫だと示す。

久しぶりにひいた風邪だから体がびっくりしてるだけだろう。
程なくして咳は治まり、起き上がれるようになった。

「メールに風邪ひいたって書いてあったからよ」

心配になって来たのだと、宍戸さんは言った。
あんな素っ気ないメールをしたのに心配してくれたのかと感激していたら、普段絵文字ばっかりなのに使われてなかったらよっぽど辛かったんだろ?と言われてしまった。
宍戸さんには絵文字で深刻さの度合いが伝わったのかと思うと素直に喜んでいいのか、悪いのか。

「でも、こんな日に風邪ひくなんてついてねーんだな。長太郎」
「そうですね…」

こんな、せっかく宍戸さんと過ごせる初めてのクリスマスに風邪なんてホントについてない。
風邪をひくだけならまだマシだ。
熱まで出して、俺はベッドから出れない状態…なんて格好悪すぎる。
好きな人には自分のいい部分だけを見てもらいと思うのは誰だって抱く気持ちだと思う。

「ごめんなさい…。せっかくのクリスマスなのに…」

申し訳ない気持ちで宍戸さんの顔が見れなくて、目線を布団に落としながら話す。
鼻声な所為もあるが、少し泣きたくなって声が震えている。
でも泣くなんて最高に格好悪い姿を見せるわけにもいかないから、布団を両手でぎゅっと握り締めた。

そんな俺に宍戸さんがかけた言葉は思ってもみなかった台詞だった。

「…別に俺は、今の状況の方が得した気がするけどな」
「え?」

まるで予想していなかった言葉に驚いて、下げていた顔を上げて宍戸さんを見る。
宍戸さんは少し頬を染めながら恥ずかしいのか、俺とは目線を合わせずに横を向いていた。

「ど、どうしてですか?」

動揺し過ぎてどもってしまったが、聞かずにはいられなかった。

「…っ。外に行ってたら二人きりにはなれなかっただろ?初めてのクリスマスに二人きりになるたから得した、と思った…んだよ…」

説明する宍戸さんの言葉は、後半になるにつれ小さくなっていく。
顔を真っ赤にさせながらも必死に自分の気持ちを打ち明けてくれる宍戸さんを見ているうちに、俺もこんな日があってもいいのではないかという気持ちになってくる。

「そうですね。それに宍戸さんの本音も聞けたし、俺はそっちの方が得した気がします」

なんて言ったら、宍戸さんは

「なっ…!」

と、顔を真っ赤にしたまま酸素を欲しがる鯉のように口をパクパクさせた。
いつもならこの辺で一発お見舞いされるのだが、しかし何を思ったか宍戸さんは手を出しては来なかった。
当たり前といえば当たり前だが、病人相手に手はあげられないということだろう。
でも、それが何故か悲しかった。
そしてわけもなく宍戸さんに触れたいと思った。

「…宍戸さん、病人の戯言だと思ってください」
「長太郎?」

俺は、不思議そうな顔をして俺を見る宍戸さんの目を真っすぐ見つめながら

「キスしてください」

そうお願いした。


「何言って…」
「病人の戯言ですよ」

俺の申し出があまりにも以外だったのか、宍戸さんはいつもみたいに真っ赤なることにはならずに真顔で見つめてきた。
でも俺はその顔に耐えられないと同時に自分の弱さを知られたくなくて、ただ言ってみただけだと逃げる。

「わかった。してやるよ」
「え…」

宍戸さんの言葉に今度は俺が真顔になる。
俺の気持ちが伝わっていたのか、そうでないのか知らないが宍戸さんは以外にも俺の欲求に答えてくれると言った。

最初はただ触れる、いや掠めただけのキスだった。
その温かく柔らかい感触に俺は欲張りになり、もっとと欲求を深くしていく。
次第に口付けは濃厚となり、今ではどちらのともつかぬ唾液が二人の顎へと流れていた。

「…っ、ん」
「ふ…、あ、っ」

お互いに甘い声を出しながら、行為に没頭していく。
一体いつまでするつもりなのだろうかと、ぼーっとした頭の隅で考えた時、階下から声が響いた。

「ただいまー!」

その声は出かけていた姉のもので、いつ帰るかわからないと思っていたが案外早く帰ってきたことを告げる言葉だった。

「!」
「っ」

声に驚いた宍戸さんが離れる。
それを残念だと思ってしまった俺はなんて欲張りなのか…。

急いで口元の唾液を拭った瞬間、部屋のドアが開かれた。

「あ、やっぱり宍戸くんだったんだ」

部屋に入ってきた姉の第一声はそれだった。
風邪で寝込んだ弟への見舞いの言葉ではなく、弟の見舞いに来てくれた先輩への挨拶をする姉をこの時ばかりは恨めしいと思ってしまった。

「宍戸くんがいるなら急がなくてもよかったかな?」
「あ、俺もそろそろ帰んなきゃなんで…」
「そっか。…泊まっていってもいいのよ?」
「姉さん!?」

いきなりこの姉は何を言いだすんだと、思わず起き上がってしまう。
宍戸さんも思いがけない言葉に目を丸くしていた。
今日は驚くことが一杯だ…。

「じゃあ、お言葉に甘えてもいいですか?」
「宍戸さん?」

断るだろうと思っていた宍戸さんの返答はまったくの逆だった。
その返答に姉は、もちろん!とほほ笑み、ついでに自分は友達のところに泊まるからとまた出かけていった。

「どうしたんですか?」
「ん?何が?」
「何がって…泊まるって」
「…あぁ」

俺が不思議そうな目を向けると宍戸さんは目線を逸らしてうつむいた。

「折角だから誰にも邪魔されないで一日過ごしたかったんだよ」

顔をあげた宍戸さんはしっかりと俺の目を見ると、そう言った。

俺はきっと熱の所為ではなく、顔が真っ赤になってると思う。
風邪をひいて最悪だと思っていたクリスマスは、しっかりと大切な思い出の一つになったんだ。


今日は愛しい人と過ごす聖なる日。

そんな日に好きな人と一日過ごせた俺はなんて幸せ者だろうか。
宍戸さんも同じように思っていることを願いながら、彼の人の笑顔を見守った。



---あとがき---

風邪ネタ。ネタ提供→妹様(サンキュー)
つか、すぐサカりますね。



あきゅろす。
無料HPエムペ!