【ヒーロー】
貴方は俺のヒーローだった。
関東大会出場を決めるための地区予選。
俺達氷帝は無名の学校に負けた。
敗因は宍戸さん。
あの頃の俺はその事実を聞かされて宍戸さんに失望した。
勝手に俺が宍戸さんをヒーローに仕立てあげただけにも関わらず。
宍戸さんがレギュラーを外されて数週間後に宍戸さんから特訓に付き合ってほしい、お前のスカッドサーブが必要なんだと言われた。
でも俺は断った。
もともと話もした事はないし、何より俺は宍戸さんに失望して興味をなくしていたから。
その日から三日後、俺は跡部部長に呼び出された。
何かしてしまったのかと急いで部室に向かうと、コートからはボールを打つ音。
誰が試合をしているのかと見に行くと、そこには俺を呼び出した部長と宍戸さん。
明らかに宍戸さんは負けていた。
それでも必死にボールを追い掛ける宍戸さんを見ていると目が離せなくなった。
俺の中でまた宍戸さんはヒーローになったんだ。
「意味わかんねぇし」
俺が抱いた思いを宍戸さんに告げるが、素っ気なく心底嫌そうな声で返されてしまう。
あれから数か月。
宍戸さんは長かった髪をばっさりと切り、俺とダブルスを組んでいた。
そしてただの先輩後輩から恋人へとかわっていた。
「ずっと宍戸さんを尊敬していたって事ですよ!」
「ずっとー?途中で失望したっつったじゃねぇか」
「…ちゃんと聞いてたんじゃないですか」
「…っ!うっせぇ!」
宍戸さんはハッとした後に暴言を吐いて顔を逸らす。
心なしか頬がピンクに染まってる…気がする。
「憧れなんですよ。宍戸さんは」
「俺なんか憧れたって意味ねぇーだろ?」
「そんな事ないです。宍戸さんの背中を見て育ってるんですよ?俺」
ニコニコと誇らしげに言いながら、宍戸さんを抱き寄せる。
宍戸さんは大した抵抗もなく俺の腕の中にすっぽりと納まった。
「俺の背中を見て育ったって…、俺はお前の親父かっつーの」
「だからヒーローですってば」
「ヒーローってタマじゃねぇーよ、俺は…」
そう言って宍戸さんは俯いてしまう。
この態勢からでは、下を向いてしまってる宍戸さんの表情は見えない。
でも、宍戸さんはきっと悲しい顔をしているのだろうな…と想像できる。
この人は何でも真剣だから、何でも重く取ってしまう傾向にあるから。
「しし…」
「俺は、誰かの見本になれるような人間じゃねぇよ」
あぁやっぱり。
違うのに。
ただ俺が貴方を尊敬して、俺の中でヒーローにしてるだけなんですよ?
「宍戸さん真剣に考えすぎですよ」
「は?」
「ぜーんぶ、俺が勝手に思ってる事です。宍戸さんはただそう思われていればいいんですよ」
この程度で宍戸さんが納得してくれるかわからないが、極力冗談ぽく伝える。
俺のこんな些細な感情で宍戸さんの心に陰りを覆わせたくないんだ。
「ね?宍戸さんは気に病む必要なんかないんですよ」
「別に気に病んでなんか…」
「宍戸さんの事なら、何を考えてるかなんてわかりますよ」
「なっ!」
満面の笑みで言うと、宍戸さんは顔を真っ赤にして口をパクパクさせる。
俺はそんな俺より年上に見えない仕草をする貴方をヒーロー扱いしてるんです。
疑うなら貴方自身ではなく俺を疑うべきだ。
それをしない貴方が好きだ。
「好きですよ、宍戸さん」
「き、急に何だよ…!」
いきなりの愛の言葉に真っ赤だった顔を更に赤くさせる。
一体どこまで赤くなるのだろうか?
今キスをすれば沸騰してしまうのでは。
そんな事を思っていたらいつのまにか顔が笑ってしまっていた。
「何笑ってんだよ…」
宍戸さんは少し口を尖らせながら――たぶん照れ隠しでもあるのだろう――憎まれ口をたたく。
「いえ、やっぱり好きだなーって思って」
「知ってる」
「宍戸さんは?」
「…俺の考えてる事はわかるんだろ?」
「!」
宍戸さんは不敵に笑うとゆっくりと、でも素早く俺にキスをした。
その後の宍戸さんの表情を何と表現すればいいのか。
とても素敵な笑顔と愛しい行為で俺に気持ちを伝えてくれたのだ。
ほら、貴方はやっぱり俺のヒーローだ。
俺も宍戸さんと同じようにキスを送る。
何があったって貴方は俺のヒーローである事は変わらない。
それだけは覚えていてください。
小さい頃に憧れた正義のヒーロー。
何故憧れたのか?
そんなの簡単。
正義だったからじゃない。
ヒーローだったからじゃない。
ただ、ただ、人間として格好よかったからだ。
何事にも諦めずに戦うヒーローが格好よかったのだ。
そう――宍戸さんのように。
---あとがき---
ま、要は憧れの存在だったって事ですよ。
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