【罠】
「お前生意気なんだよ!」
「レギュラーだからってでかい顔してんじゃねぇ!」
言われのない文句。
実力じゃ勝てないからって、卑怯な先輩たち。
多人数でしかいたぶれないやつら。
弱い。こいつらは弱すぎるんだ。
「何だよ、その目は…」
「何か言いやがれ!!」
気付いた時には殴られてた。
口の中が切れたのか鉄の味がする。
…気持ち悪い。
「てめぇの澄ました面が気に食わねぇんだよ。やっちまえ!」
リーダー格の言葉を合図に、それまで言葉のみの暴力が殴る蹴るの暴行に変わる。
それでも俺は抵抗出来ずにいた。
――いや、抵抗しなかった。
こんな事でレギュラー落ちをするなんて真っ平ごめんだ。
「チッ…。抵抗もなしかよ」
「もっと痛め付けてやろうぜ?」
「例えば…二度とテニスが出来ねぇ体にしてやろうか?」
「っ!」
二度とテニスが出来ないように…?
こいつらがそこまでゲス野郎だったとは…。
「じゃーな。鳳ちゃんよぉ…」
リーダー格のやつが足を上げる。
俺は逃げようにも、ほかのやつらに押さえ付けられていて動けない。
覚悟を決めて目を瞑った瞬間――ドアが開く音がした。
見ると、そこには宍戸さんが。
「し、宍戸…」
「まだ居たのかよ…」
まさかこの時間まで残っている人がいると思わなかった先輩たちは、宍戸さんの登場に動揺し始めた。
「またやられてんのかよ、長太郎」
「宍戸さん、遅いですよ」
「俺の所為じゃねぇだろ…」
俺達の会話を聞きながら、先輩たちは唖然と立ち尽くしている。
俺を押さえていた腕の力もいつのまにか消えていた。
楽に立ち上がると、先輩たちを見下ろしながら宍戸さんの傍まで行く。
「お前等、俺達の後ろに誰がいるのかわかってるよな?」
「次は容赦しませんから」
宍戸さんと俺が順々に言うと、あいつ等は怯えたように許しを請う。
だったら最初からしなければいいのに…。
そんな思いが渦巻いたが、あえて口にする事はない。
そして許す気も全く無い。
俺はそこまで善人ではないし、宍戸さんはこういう奴らを毛嫌いしてる。
俺達は今だに許しを請うあいつらを無視して部室をあとにする。
――滑稽な声にほくそ笑みながら。
「…何であそこまで抵抗しなかったんだ?」
部室を出てから間もなく、宍戸さんが真剣な顔をして聞いてきた。
あの時、選手生命がなくなるかもしれない瞬間、目を瞑って抵抗もしなかった俺の行動に心底理解出来ない顔。
「覚悟…してましたから。それに宍戸さんが来てくれるって信じてましたし」
「……。行かなかったかも知れないのに?」
「信じてましたから」
さっきも言った台詞をもう一度繰り返す。
信じてたから――。
本当は違う。
来ると、来てくれると確信していた。
「だって好きな人の事なら、いくらでも信じられます」
「……。おめでたい奴だな、お前」
宍戸さんは少し面食らった顔をした後、頬を赤らめつつ顔を逸らす。悪態をつきながら。
好きだから、何だって出来る。
貴方を手に入れるためなら何だって…。
顔を逸らした宍戸さんは、俺が口だけで笑っている事に気付きはしなかった。
あれから三日後。
俺をいじめていた奴らはおとなしくしている。
宍戸さんと俺も今まで通り普通に過ごしていた。
そう――宍戸さんは思っていただろう。
俺が裏で何をしているのかも知らないで。
全てを知った貴方はどんな顔をするかな?
「おい、お前の言った通りにしたぞ!いい加減…」
「宍戸さんとの仲を取り持て?」
「お前が言ったんだろ!言う通りにすれば宍戸と付き合わせてやるって!」
俺は、小さくため息をはく。
今怒鳴ってるのは、あの時のリーダー格の三年。
大分前から、この人が宍戸さんをそういう目で見ている事に気付いた。
そこで俺は提案したんだ。俺の言う通りにしてくれれば、宍戸さんとの仲を取り持ってあげると。
「あそこまでやって、宍戸さんがアンタと付き合うと本気で思ってたんですか?」
「なっ!」
そいつはあからさまに驚いた顔をした。
本気で気付かなかったのか?おめでたい奴……。
「はぁ。じゃあ最後に宍戸さんに会わせてあげます」
「本当だろうな?」
さっきの俺のセリフを聞いた後だからか、少なからず警戒し始めた。
でもまだ俺の計画は終わってない。
「最後の思い出に一発ヤっちゃっえばいいんじゃないですか?」
「……っ」
想像したのか、顔を赤らめる。
心が手に入れられないなら、身体だけでも。
そんなことを思ったのか、さっきの警戒心はどこかに吹き飛んだらしい。
「俺が宍戸さんを呼び出しますから、後はお好きなように」
「頼んだぜ!」
俺はこいつらから別れると、真っ先に宍戸さんの元へと戻った。
「話?」
「はい。ちょっとここでは言いにくい事なんで体育館の裏に来てほしいんですけど……」
「別に良いけど…」
宍戸さんは不思議そうな顔をしつつも二つ返事で頷いてくれた。
この計画は宍戸さんが動かなければ、達成できない。
「俺、少し用事があるんで先に行っててください」
「ん。わかった」
「すぐに行きますから!」
俺は体育館裏に歩いていく宍戸さんの後ろ姿に叫ぶ。
少し遅れて体育館裏に行く。
宍戸さんから俺は見えないが、逆は見えるという位置に隠れる。
そこにはすでに先程の先輩達が揃っていた。
「よぉ宍戸じゃねぇか」
「何でテメェ等が…」
俺との待ち合わせ場所に、こいつらがいた事に驚く宍戸さん。
話ながらも逃げようと身体を動かすが、まわりを囲まれてしまって逃げ場がなくなってしまった。
「何なんだよ!お前等のターゲットは長太郎だろ!?」
「最初からターゲットはお前だったんだよ。ずっと好きだったんだ宍戸」
宍戸さんはいきなりの告白に驚いた顔をする。
これにはさすがに俺も驚いた。
まさか告白してしまうとは―――。
「わりぃけど、俺は」
「わかってる。だから最後にヤらせてくれよ。そうすれば諦めるから!」
そう言って宍戸さんに迫る。
宍戸さんはジリジリと後ろに下がるが、他の奴らが邪魔をして逃げる事はできない。
本気で危機を理解したらしく、顔が見る見る蒼白になっていき、今にも泣きそうな顔になる。
今すぐにでも助けてあげたくなるが、今はまだその時ではない。
「なあ?頼むよ…」
「い、イヤだ。離せよ!離せって!!」
腕を捕まれて、必死に抵抗するが相手の腕力の方が上らしく、外すことができない。
先輩は腕を片手で押さえると、ポロの下から手を差し入れた。
「……っ!…いや、いやだ!やめろ!!」
「少し静かにしろ!」
宍戸さんが叫ぶので、誰かに気付かれてしまうのではないかと思った先輩が、宍戸さんを殴る。
一瞬何をされたのか理解出来なかったのか、宍戸さんは焦点のあわない瞳になる。
口の中が切れたのか、薄く開いた唇からは一筋の血が流れた。
あまりにも痛々しい光景に、俺の良心が助けに行けと言う。
しかしまだだ。まだ――。
「おとなしくヤられてればいいんだよ」
「……や…だ。イヤだ!イヤだ!離せ!」
「黙れ!」
「いや…だ。やだ、やめろ!……長太郎!!」
俺の名前が叫ばれた瞬間、俺は地を蹴って飛び出した。
タイミングのいい俺の登場に先輩たちは驚く。
そしてその隙をついて殴り飛ばす。
リーダー格がやられた事で取り巻きはさっさと逃げ去った。
俺はその場にしゃがみ込んでしまっている宍戸さんに近寄っていく。
頬に触れると、びくり、と痛いくらいに反応する。
「宍戸さん。もう大丈夫ですから」
「長太郎……?」
「大丈夫です」
優しく、しかし強く抱き締めると、宍戸さんは俺に抱きつきながら堰を切ったように泣きだした。
宍戸さんが泣き止んだ頃合いを見計らって俺は最後の計画を実行する。
「俺、宍戸さんが好きなんです」
宍戸さんは驚いたような、嬉しいような顔をする。
「宍戸さんは?」
「ん…。俺も…」
そう言って、より一層抱きつく力を強めてくる。
計画は無事に達成。
もう貴方を一生離さない。
可愛い宍戸さん。俺の罠に堕ちた宍戸さん。
貴方は俺だけのもの。
俺は宍戸さんを抱き締めながら、静かに笑った。
---あとがき---
黒チョタが書いてみたかったんです。
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