ばすたぁ
一片<ひげ兄>
治る見込みはいっさい無い。幾多の名医を訪ねて歩いたというのに、奴らは無感情にそう告げるだけだった。
もう起き上がることすらできなくなった兄は、日がな1日ずっと布団の中だ。
最初はただの風邪の症状だった筈のそれは、本人も気付かぬうちに元親の身体を蝕んでいたという。
親泰は横たわる兄の横へ座り込み、呆然とその姿を見つめた。
元から細かったのがさらに痩せてしまい、頬は痩けている。華奢だった肩はより一層弱々しくなっていた。
骨ばって皮ばかりになってしまった腕、二度と槍は触れなという。
それでもぼんやりと虚ろな瞳には、病人として不釣り合いな強い光があった。元気な頃の元親と、その光だけは同じだった。
「親泰、俺は治るだろう?」
望みは無いのだと何度も聞かされただろうに、兄はうわごとのようにそう繰り返す。親泰は目尻を下げ、元親の顔にかかる髪をはらった。元は美しかった髪なのに、今は荒れて艶を失ってしまっている。
「治るよ」
「またお前に稽古をつけてやれるか?」
「ああ、また一緒に槍を振れる」
親泰がそう言って頷いて見せれば、元親の顔は満足そうに綻ぶ。
少しだけでも兄の気が楽になるなら、それだけの思いで親泰は痛いほどの嘘をついた。
「桜が見たいな」
「見れるさ」
「次に春が来るまでに俺は治って、お前と酒を飲みたい」
春が来るまでには…それまで続くか分からないほどに、元親の命は消えかかっている。
「そんなに言うなら早く治せよ」
そして自分を叱って、殴って笑ってほしい。
親泰は叶わない願いを抱きながら、かさついた兄の唇へ己のそれを落とした
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