●赤の世界で
ぐしゃりっ
人だった肉片を踏み、彼はにこりと笑みを浮かべて近付いてくる。
左手にはどす黒い緋で濡れた大振りの斧。
外しているヘッドホンから場違いな明るい音楽が漏れている。
びちゃりっ
緋い緋い水溜まりを越え、彼は目の前に立った。
「やあ、平気かい?」
彼の口調は、やはりこの場にそぐわぬ程に明るいものだった。
あかいみずたまり。
あかいそら。
あかいて。
あかい。
あか あか あか。
真っ赤な視界で私は
「…は……っ……、あ…あははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ?!」
笑った。
「みんな、殺した…。殺してやった!殺してしまった!!」
彼は笑う私を暫く見ていた。
「どうやら平気じゃないみたいだね」
困ったなーと言う声は、やはり明るい調子で全然困った様には聞こえない。
「平気よ、全然平気よ!」
「そうは見えないけど」
「平気なのっ!だって、みんないなくなって清々したもん!もうみんな私をいじめない!私は自由だよっ!」
「じゃあ、どうして泣いてるの?」
不思議そうに首を傾げて問われ、自分が涙を流していたことに初めて気付いた。
「悲しいんだね」
違う。
声に出したくても、今出るのはしゃくりだけ。
「いきなり力を持っちゃって、戸惑ったよね」
戸惑った、けど嬉しかった…筈だ。
これで強くなれたと思えたから。
「こんなに暴走しちゃって。本当は殺す気もなかったのに、人が死んでいってしまって…。自分が、力が怖いんでしょう?」
みんな死ねばいいのに、とはいつも思っていた。
でも、そう、殺す気なんてなかった。私の力で死ぬなんて思わなかった。
この力が、とても怖くなった。
「でも…いいの。これで…いいの」
涙は今は止まりそうになかったが、不思議と落ち着いてきた気がする。
ぎゅっと自分の身体を抱きしめ、丸くなる。
「そう。でも、楽になりたくなったらいつでも言って。助けてあげる」
そう言って彼は、綺麗に笑った。
そして私の作った赤い水溜まりの中、人だった物を踏み付け歩いていく。
遠くなる背を見て、私は考える。
そういえば彼はどうして斧なんか持っていたんだろうか。
…答えは、多分、分かってる。
きっと彼は私が楽になりたいと言ったら、叶えてくれるのだろう。
あの斧で。私の命を絶って。
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