赤と黒の世界に中途半端な色が紛れ込み、ふと視線をあげる。 よく見慣れたさらさらとしたグレーが見えて、彼がそこに立っていることに少しばかり目を見開いた。 「あれ。君、どうして一人できちゃったの?」 彼はここに来るために使ってきたのだろう、刀を一振りしてから鞘に納めてゆっくりとこちらを見据えた。 「……」 普段の彼の笑顔が重ならない程に、虚ろげな、しかし奥底に力を秘めた瞳を向けただけで、口を開こうとしない。 怒っている?そんな表情ともまた違う、どこかに決意を込めた瞳。 「そんなに怖い顔して見ないでよ。やっぱりあれ?君一人で僕と対峙しようって、そう思ったわけ?」 怖い顔、というより、そのうちに秘めた決意が何なのか、それに興味を示す。 大方、一人で僕を倒しに来る決意。そんなところだろう。そう思って率直に聞いてみる。 面倒臭いのは嫌いだし、それならそれで相手になればいい。 「…クリスマスイヴですから。足立さんと過ごそうと思って来ました」 意外な返答に少しだけ体の力が抜けた気がした。 僕と過ごしたい?いくらなんでもこの状況でその発想はなかったなぁ。と、ゆるゆる考える。 「ふぅん…。けどさ、そろそろどうにかしないと、明日にはどうなってるかわかんないよ?あっちも、こっちも、さ」 そう言えば、彼は微動だにせず、無表情にこくりと頷いて、わかってます。と呟いた。 「それでも僕のとこに来るって。それってさ、君も世の中クソだとか思っちゃったわけ?」 彼の世界はいつも輝いていて、僕なんかから見たら眩しすぎるといつも思っていた。 よく、彼を好きになって、彼と付き合っていられたな、と思うほどに。 そんな彼が『世の中クソだ』と思えるはずもない。 だからこそ、少し小馬鹿におどけて言ってみせた。 「はい。世の中クソです」 …少しの沈黙。 彼からそんな言葉が聞けるなんて。 「あははは!君がこの世に絶望しちゃった、とか、理解しちゃったとか、そう言ってるの?ははっ、すごいすごい!」 沈黙を裂いたのは僕の笑い声と彼を馬鹿にした台詞。 だってそんな事があるはずないじゃない。 少しの才能と、元々の努力家である彼は、この数ヵ月、なに不自由なく八十稲葉で生活してきた。 何を思ったら世の中クソになるんだか。 「そうですね、絶望です。こんな世の中はクソだ」 それでも彼は世の中クソだと宣った。 僕がテレビに入ってからはあっちで何があったのかは知らないけど、彼の表情から、彼の決意はこれなのか、と妙に納得した。 同時に、小馬鹿にした笑みが消え、真剣に彼に向き直る。 「…君の仲間も裏切って、僕といるっていうの」 「裏切りですね。最低です。でも俺は足立さんと二人で、この世界で、過ごしたい」 そう言って、彼は口許に小さな笑みを溢した。 「悠くん…なんなの、君」 「この世はこんなに歪んでいて、こんなに生きにくい。だから足立さんと二人になりたかったんです。俺は」 左手親指の先が鞘にしまわれた刀の柄を落ち着きなくカリカリと掻いている。 いまだ虚ろげに見える瞳の奥が強く輝いていて、ぴたりと足が動かなくなった。 「…悠くん」 相手は悠くんなのに、全身からうるさいほどに警笛が鳴らされている。 その間にも彼はゆっくりと僕に近付いて、目の前に立ったと思ったらそっと抱き締められた。 それでも危険信号はガンガンと鳴り止まない。 「足立さんを殺して、俺も死んで。この世界で二人だけになれるんです。それであっちも救われて、仲間が生きやすくなるのなら、裏切りなんて簡単な事」 「……こ、殺…!?」 シュ、と。何か素早く抜いた音が聞こえて、背中から、体の中心にドンとした強い衝撃が響いた。 じわじわと背中から腹部にかけて焼けるような痛みと熱を感じ、そのまま膝から崩れ落ちた。 「ね、クリスマスイヴなんです。約束通り、二人で、過ごしましょう」 (クリスマスは二人きりで一緒に過ごしましょう) 何ヵ月か前にした、彼との約束。 赤く染まった空を横目に見ながら、思い出していた。 |