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しばらくはさようなら





冬休みの一件以来はずっと平和なもので、エルザがセロリを残さないように注意したり、リーマス先輩から貰ったお菓子を歯を磨いた後に食べようとするのを阻止したり、試験前に泣きつかれて徹夜で勉強を見てやった以外はいつもと変わらなかった。って、なんか僕すっかり父親業が板についたみたいだ・・・


「夏休み楽しみですね先輩!」

「別に・・・」

「私は家族と海に行くんですよ!先輩は海好きですか?」

「さあね。」


コンパートメントの向かいの席で、例のごとくリーマス先輩に貰ったらしいチョコバーを頬張りながらはしゃぐエルザは、僕の本を読みながらの気のない返事にも嬉しそうに笑う。物好きだなあと思わないでもない。そもそもコンパートメントが見つからないからってどうしてわざわざ僕のコンパートメントに来るんだろうか。ルーピン先輩達の所に行けば大好きなお菓子が食べられるだろうに・・・て、何考えてるんだ僕。曲がりなりにもスリザリンのエルザがグリフィンドールと仲良くした方が良いわけないじゃないか。


「しばらく会えないですね先輩。」

「そうだね、夏休みだからね。」

「寂しいですね。」

「そうかな。」

「寂しいですよ。」

「・・・エルザ?」


本をめくる手を止めてエルザを見る。エルザの目はぼんやりしていて、手に持つチョコバーはさっきまで一生懸命頬張っていたものなのに、今はその手は膝に落ちている。セロハンで包まれて見えないが、きっとチョコバーを持っている箇所はじんわりと溶けだしているに違いない。


「夏休みなんてあっという間だよ。すぐ新学期だ。」

「すぐ?」

「すぐだよ。」


問いかけるようなエルザの目線に、安心させるように僕は軽く頷く。途端に明るくなるのはエルザの良い所なんだろうな。なんて、僕らしくもない。


「そうですよね!あっという間!あ、先輩新学期にはお土産よろしくです!」

「・・・はぁ。」


・・・心配して損した。












列車がゆるゆるとスピードを落としてプラットホームに着く。
僕は本を閉じてカバンに戻し、立ち上がる。


「あのぅ、先輩?」

「何?」

「それ、私のカバンですよ?」

「知ってる。」

「自分で持ちますよ!」

「いいよ別に。」


左手に僕のカバン、右手にはエルザのを持ってコンパートメントを出る。通路は生徒でごった返している。後ろから慌てたような声がちょこちょこついて来るが、僕は無視して歩き出した。
しかし、くん、と引かれてすぐに立ち止まる。


「・・・離してくれる?」

「やです。持てます。」


首だけで振り返って、自分のカバンの端をつかんで離そうとしないエルザを見る。その目は「子供扱いをするな」とでも言いたげだ。盛大なため息がこぼれる。はあ、人の気遣いも知らないで。


「じゃあ聞くよエルザ。人より小さい君はこの人混みの中で重い荷物を持ちながら潰されずに動けるの?」

「う、動けます、よ!」

「本当に?この前人混みに押されて最後尾まで行っちゃって、それで押し出された時に転んで荷物ひっくり返したのはどこの誰かな?」


途端にエルザの目が泳ぎ出す。もごもごと何か言いたそうに口を動かすが、反論の言葉は思い浮かばないようだ。しかし荷物を持ってもらうことには抵抗があるようで、一向に手を離そうとはしない。


「・・・こ、今回は転びません!」


はぁ、二回目のため息が漏れる。こうなるとエルザは強情だ。てこでも動かない。
ずい、と荷物をエルザに押し付ける。荷物を持ったのを確認すると、エルザの空いている手を取って人ごみを突き進む。


「わわ!先輩何なんですかいきなり!」

「うるさい黙って歩きなよ。」

「ええぇそんなわぷ!」


案の定エルザは人混みに潰されて後ろに押しやられそうになるが、しっかりと握る僕の手がそうはさせない。ブラック家の後継ぎとして、人前で女子の手を握るのはまずいが、この際仕方がないじゃないか。早くホームに下りよう。
僕は右手をしっかり握って、人ごみをかき分けながら進んだ。







ホームに下りた瞬間、息苦しい人ごみからも解放され、心地よい夏の風が汗ばんだ肌を滑る。エルザは人に酔ったのかぐったりした様子で、髪はボサボサだ。右手を放すとエルザはのろりと頭に手をやって手ぐしで軽く直す。


「あ、ありがとう、ございました。」

「はいどういたしまして。迎えは来たの?」

「あ、はい。お兄ちゃんとエリーが来てるはずです。あ、いた。」


エルザの視線の先を見ると、エルザに向かって手を振っている人が見えた。


「僕も来てるはずだし、それじゃあ僕はこれで帰るよ。お兄さんと妹さんによろしく。新学期までに少しでも身長が伸びるといいね。」
「ちょ、先輩それ禁く「エルザ姉さ――ん!」うわあ!」



エルザが視界から消えた。
否、抱きつかれて倒れた。しかもすごい勢いで。僕は帰ろうと向けた足を止めて、呆気に取られてエルザに乗りかかっている人を見る。


「姉さん!エルザ姉さーん!」
「わっわー!痛い痛い!あれ、エリー!」
「会いたかったよー姉さん!さあ帰ろう!あっちで兄さんが待ってるよ!」


エリーと呼ばれた短い金髪の人は、エルザの腕を引っ張って起こしたと思うと、次の瞬間には駅の出口に向かって歩き出していた。エリーって弟だったんだ。


「わわ!ちょっと速いよエリー!あ、先輩さようなら!手紙書きますね!」

「あ、ああ、さようなら。」

「行くよ姉さん!今日はご馳走だー!」


エルザが振り向いて笑顔で手を振り、つられて僕も軽く胸の前で振りかえす。もう大分距離が離れてた。向こうで手を振っていた兄と合流したようだ。
しばらくしてようやく僕もカバンを持って駅の出口へと向かう。短い間に色々衝撃的なことが起こりすぎてまだ思考がいまいち追いついてない。駅を出て迎えの車に乗ると、不機嫌な顔で座っているシリウスと目があった(「よぉ。しばらく」返事はせずに頷いた。)車が音もなく動き出す。

夏休みが、始まる。










しばらくはさようなら


少し、寂しいかもしれない








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