階段の先に
シリウスはイライラしていた。朝食のハムエッグには卵の殻が入っていたし、ジェームズはリリーが帰ってきたとかでずっとリリーの後をついて回っていていないし、何より昨日のあのレギュラスの態度に一番煮えきらないでいた。そして寮に戻ったら戻ったで、リーマスがソファで眠りこけるエルザにタオルケットをかけているのに遭遇するしで、更にイライラは倍増した。大体何でグリフィンドール寮にレギュラスの後輩がいるんだ。
そしてシリウスのイライラは今なお続いている。
「あークソなんだよアホ!」
廊下の途中でまとわりつくイライラのままに悪態をついたら、たまたま後ろを通っていた1年生らしき小さい生徒がびくっと肩を震わしてぱっと逃げる。うわ絶対変な人だって思われた。あぁクソ、最悪。ガンと壁を蹴飛ばしたら自分の足が痛くなっただけだった。腹立つ。そして空しい。
「あーっ!ダメですよこら!」
「は?」
パタパタと小走りで駆け寄ってくる小さい黒い髪の生徒。おまけにネクタイは緑色、うげ。どこかで見覚えがある、ってレギュラスの後輩のエルザじゃん。うわ、タイミング悪。
そんなことを考えてるうちにエルザは俺の目の前に来て「とう!」とかなんか気合いの入った声を出してぺちりと俺の腕を叩く。え、叩いた?
「ダメなんですよ、校舎を、蹴飛ばしちゃ!」
「はぁ?」
なんだかよく分からないままエルザを見下ろしている(つもりはないけどあまりの身長差に自然とそうなる)と、エルザも精一杯首をあげて、きっ、と俺を見据える。いきなり何なんだこのちっこいのは。
「何?お前」
「私はスリザリンの1年生のエルザ・キルスティンです!」
「いやそういうことを言ってるんじゃないんだけど、」
「自己紹介は礼儀です!だからあなたも名乗るべきです、よ!」
「いやだから・・・はぁ、いいや、シリウスだ。」
「ではシリウスさん!壁を蹴ることは良いことですか?」
「はぁ・・・?」
「まさか良いことだと思ってるわけじゃないですよね?私たちはこの学校にお世話になっているんですよ!」
ここでシリウスはふとエルザをまじまじと見た。人よりも容姿が幾分良い彼は、女子から好意的な視線を向けられることはあっても、ここまでまっすぐに挑戦的な視線を向けられることは無かった。しかもエルザは威圧的なまでに体格差があるシリウスが不機嫌な顔で自分を見ているのに物怖じもしない。 シリウスはエルザのまっすぐな視線に折れるしか無かった。
「・・・悪かったよ。」
それは独り言のようにポツリと言った、小さいながらも確かな謝罪で、それを聞いたエルザの表情は一変し、年相応のあどけない笑みが浮かんだ。
「次からはきをつけてくださいね!」
「・・・ああ。」
それからエルザはシリウスが蹴った壁に手を当て、「ごめんね、」とさすった。それがあまりにも自然で、シリウスは、なんで壁に謝ったりするんだ、と笑うことも出来なくて、エルザの行動を見ていた。
がこんっ、
「「え?」」
目の前の壁から何かが外れる音がしたかと思うと、次の瞬間には壁の一部がズズズと音を立てて横にずれて、階段が現れた。
ぽかんと呆気にとられて、しばらくエルザと見つめ合った。「・・・入ってみるか?」エルザは口を開けたまま頷いた。
階段は上へ上へと伸びていて、出口と思われる扉が見えた頃にはエルザは軽く肩で息をしていて、シリウスも少し汗ばんでいた。
「開けるぞ。」
エルザが頷いたのを確認して、ドアノブを回して恐る恐る引っ張る。ドアの隙間から風が流れてきて、ネクタイが少しはためいた。一面に広がる青。扉の先はバルコニーがあり、そこからは広大なホグワーツの敷地が見渡せた。大イカのいる湖や、クィディッチ競技場なんかは小さくて模型みたいで、青青とした葉を茂らせる森の緑はまぶしかった。
「うわあすごーい!」
「おー地平線だ!」
すごいね!と振り向いて言うエルザにあぁ、と笑い返す。さっきまでのイライラはとうに消え去っていた。
「お前、すごいな。」
気がつくと口に出ていた言葉にシリウス自身が驚く。すごい?何に対しての言葉なのか。
エルザはきょとんとした顔で見てくる、その視線を感じながらもシリウスは言葉を探してあちこちに思考を張り巡らすが、いっこうに何も思い浮かばない。しまいに唸りだしたシリウスに耐えきれなくなったのか、エルザはふふっと息をこぼす。
「まあね!このエルザ様を甘く見たらいけないんですからね!」
無邪気にころころと笑うエルザにつられてシリウスも表情を緩めた。天衣無縫な彼女の頭をなでてやりたくなって、レギュラスはもしかしたらエルザのこういうところに好感を持っているのかもしれないな、と思った。自分が言えた義理ではないが、どうか少しでも弟の未来が明るくなれればいい。と、柄にもない事を考えて目の前の笑顔を見た。
せめて願うだけなら、
これの続きだったり。
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