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君が眠るまで起きている


「うん、大分熱もひいてきたね。あとはしっかり寝ればよくなるってポンフリー先生も言ってたし、今日はもう寝なね。」

「うーん、でもお昼も寝てたから眠くないです。」

「それでも寝るの。」

先輩がタオルでおでこの汗を拭いてくれる。ひんやりしてて気持ちいい。
先輩が言っていた通り、熱が出始めた一昨日に比べて咳も少なくなったし、体中が火照る熱さも背筋がぶるぶる震える寒さも無くなってきた。それでもなんだか体は重いし時々咳が出る。あと鼻水も少し。こほん、と咳をするとハロルド先輩が心配そうに顔をのぞいてきた。

「エルザちゃん大丈夫?お水飲む?」

「うー、はい。ありがとうございます。」

ハロルド先輩に背中を支えてもらって体を起こす。受け取ったグラスから水を一口。冷たいのが喉からすうっと落ちていって少し楽になったような気になる。

「はやくよくなってねエルザちゃん。じゃないと皆が持ってきたお見舞いのお菓子、僕が食べちゃうよー。」

ちらっとハロルド先輩がサイドボードに視線をやる。風邪をひいてから沢山の人(ナルシッサ先輩やルシウス先輩に、リーマス先輩やリリー先輩やグリフィンドールの人からも!)が持ってきたお菓子や果物で山が出来ている。

「そっそれはダメです私の楽しみ・・・!あ、でもあのしっとりさっくりチョコッチップジャンボクッキーは、半分なら・・・」

「あはは、じゃあそれで手を打とうかな。」

「ハロルド、ふざけるなら寮に帰ったら?」

「うわっレギュラス怖いなー冗談なのに。」

「騒がしくしないの。あんまり騒ぐとポンフリー先生に怒られるよ。」

「うー分かったよっ。じゃあエルザちゃん、僕寮に戻るね。」

「はあい。おやすみなさい。」

「おやすみー。レギュラスのケチっ」

「何で僕なの・・・」

ケチっ頑固っ!と言いながらハロルド先輩は医務室を出て行った。先輩ははあっとため息をついて私の布団をかけ直してくれた。うーん先輩、ため息つくの癖になってますね。

「ごめんなさい先輩・・・先輩も寮に戻ってもいいんですよ?」

「何でエルザが謝るの。僕は大丈夫だから、早く寝なよ。」

そう言って先輩は私の前髪を梳いて頭をポンポンとなでてくれた。

「・・・ふふっ。先輩、お母さんみたい。」

「僕は女になった覚えないんだけど・・・」

「たとえ話ですよ。ねえ先輩、何かお話してください。」

「はあ?話?」

「だってずっと寝てたからなかなか眠くならないんですよう。ねっお願いですー。」

「はいはい分かった分かった。・・・でも、読み聞かせるような話なんて僕知らないよ。」

「何でもいいんです、先輩が話してくれるなら。」

先輩をじいっと見つめる。先輩は指で口を触り、少し視線をゆっくり左右に動かして、何を話そうか考えている顔をした。

「・・・僕も、小さい頃に風邪をひいたことがあった。」

視線がついと、サイドテーブルの水差しのところに止まった。

「6歳か、7歳位だった気がする。あんまり覚えてはいないんだけど、確かその時はすごい高熱が出て、僕も今のエルザみたいにずっと寝ていたんだ。」

先輩の目が、思い出すみたいに少し遠くなった。

「先輩も、私が先輩にしてもらってるみたいに看病してもらったんですか?」

私の質問に先輩が水差しから私へと視線を移す。

「うん・・・そうだね」

少し間をおいてから、言葉を選ぶようにゆっくりと先輩は話し始める。

「昔から父親は仕事で家にいることが少なくて、母親も貴族の家の出だ、看病は名家の妻のすることでは無いと教わっていたのだろうね、様子を見に来るだけで、看病自体はクリーチャーがしてくれていたよ。母はシリウスにも風邪がうつるといけないと僕の部屋の立入りを禁じていた。・・・そんな顔しないでよエルザ。」

「え?あ、すみません・・・」

自分でも知らないうちに顔が悲しい表情を作っていたらしい。先輩の眉も困ったように寄せられてしまっている。でもお父さんにもお母さんにも看病してもらえないなんて、そんなの私だったら寂しくて泣いてしまっていたに違いない。

「別にエルザを泣かせたい訳じゃないんだよ。僕もそれが当たり前だと思っていたから、寂しいとか、悲しいとかは本当に思わなかったんだ。ただ、寝込んでいる間にするはずだった勉強や魔法の練習のことばっかり考えていたような気がする。」

「ウワ、先輩まじめっこ・・・」

「うるさいな。文句言うならやめるよ。」

「うーごめんなさい続き聞かせて下さいぃ。」

「はいはい、っと、どこまで話したかな・・・そうだ、クリーチャーが僕の看病してくれた所までだったね。クリーチャーは本当に優秀な下僕妖精だから看病は申し分無かったんだ。でもクリーチャーにも他の仕事があるから、僕に付きっきりってわけではなくて、一人で寝てることも多かったな、うん。」

「じゃあ先輩が小さかった頃は、家族に看病してもらわなかったんですか・・・?」

じいっと先輩を見つめる。先輩はちょっと考える風だったけど、ふっと目を細めて口許をゆるめた。

「ううん・・・でも、僕が寝てるとき、誰かに頭を撫でられていた記憶があるんだ。僕を起こさないように、そっと部屋に入ってきて、ゆっくり頭をなぜてくれた。本当は撫でられたときには大体気づいて目が覚めてしまうんだけど、目を開けたらその人がいなくなってしまう気がして、ずっと寝ていた振りをしてたよ。」

「そうなんですか、そんなことが・・・」

もぞもぞと寝返りをする。ふかふかの枕に半分埋まった顔でも先輩と目が合う。

「それで何も言わずに、しばらく撫でた後にそっと部屋を出ていくんだ。その時は・・・そうだね、少し寂しかったかもしれない。」

そこで先輩は言葉を切った。続きをどう話そうか考えているようにも見えたし、全てを話してしまったようにも見えた。
不意に先輩の手がのびてきて、私のおでこにのせられたタオルをとる。ベッドサイドの水桶にそっとタオルを浸して、丁寧に絞る。私も、先輩も、その間は何も話さなかったので、タオルを絞るじゅわっ、という音と水が落ちるぱたぱたっという音が柔らかに部屋に響いた。先輩はちょっと考える顔をしてから、おでこにはりついた私の前髪を片手でそっと直して、それからゆっくりと私のおでこに唇を寄せ、タオルをそっと戻した。再び私のおでこへと戻ってきたタオルは冷たくて気持ちいい。そのまま私の頭をゆっくりとなぜてくれた。何回もそっとやさしくなぜる先輩の手、触れたところからじわりじわりとまどろみが広がってくるようで、私はゆっくり目を閉じた。

「明日にはきっとよくなっているから、今日はもうお休み、エルザ。」
「はぁい。先輩、おやすみなさい。」
「おやすみ。」

先輩の声を聞いて、私はいよいよもって迫ってくる眠気に従い、そっと意識を手放した。


君が眠るまで起きている



title:花束心中

20120903 安藤ナツ



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