おやすみ、おやすみ
かり、かりかり、
深夜のスリザリンの談話室、僕は明日提出の課題を仕上げていた。僕としたことが課題を終わらせていないなんて、と内心苛立ちを感じないでもない。そんな僕の隣でエルザは頬杖をついて僕の羽ペンの軌跡をトロンとした目で眺めている。明らかに眠そうだ。
「眠たいなら部屋に行って寝なよ。」
「眠くないです。」
「エルザ、」
「嫌です。いーやー。」
教科書をめくる手を止めてエルザを見る。ハロルドだって30分も前に部屋に戻っているのに、何で眠いのにこんなに意地になって談話室に居座るんだろうか。
「夜更かしすると明日朝起きれなくなるよ。」
「だいじょうぶですもん。」
「何言ってるの。眠いんでしょ?」
「だって、先輩が宿題してなかったの私のせいじゃないですか。」
「え・・・」
まずい、
予想外の返事に思わず言葉に詰まってしまった。エルザの顔が少し、くしゃりとしかめられた気がした。
確かに最近僕はエルザの課題をよく手伝っていた。だから僕は普段よりは自分の時間を持てなかったのは自然の成り行きだ。でも、最近と言ってもエルザが課題を手伝って欲しいと泣きついてきたのは三日前のことだし、僕の課題が出されたのは一週間も前のことだ。
エルザの課題を手伝ったから自分の課題が出来なかった訳じゃなく、単に僕が課題を忘れただけだ。僕の課題は二日程で終わるものだから、課題が出された時に直ぐにやってしまえば良かったのに、それをしなかった僕が悪いのであって、決してこの子の所為じゃない。なのにこの子は勘違いして変なところで気を遣う。
「エルザのせいじゃないから、本当に。」
「えー、」
「本当だって。確かにエルザの宿題を手伝ったけど、それを差し引いても僕には自分の宿題をする時間は十分にあったんだ。それをしなかったんだから僕が悪い。」
「・・・」
「ほら、分かったなら早く明日に備えて寝なよ。」
エルザは僕の説明に納得したようだけど、それでもどこか不満そうだ。口をとがらせてじっとペン先を見つめている。
「・・・ココア、」
「え?」
「ココアが飲みたいです。」
ぽつりと呟いた言葉は全く予想もしていない物だった。何でココア?何か深い意味でもあるのだろうか。「だから、」ぐるぐると考えていた時、エルザの続けた言葉で我に返った。
「ココア飲み終わるまでここにいていいですか?」
そう言うなりじっと見つめて僕の返事を待つエルザ。どうやら彼女の妥協点はこれが限界みたいだ。
「・・・分かった、いいよ。」
そう言うや否や、エルザはパッと顔を明るくさせて簡易キッチンへと駆けていった。彼女が彼女で頑固なら、僕も僕で相当彼女に甘いなあ。
「はい、先輩もどうぞ!」
戻ってきたエルザの手には二つのカップ。その片方を僕に差し出す。ゆらりと揺れる茶色のそれはどうやらカフェオレのようだ。受け取って口にするとそんなに甘くない。甘いものがあんまり好きでない僕への彼女なりの配慮だろうか。
「ありがとう。」
「どーいたしまして!」
カフェオレをもう一口飲んでから、僕は再び課題に取りかかった。エルザが隣でこくりとココアを一口飲んだ。
15分ほど経ったろうか、レポートもそろそろ終わりが見えてきた時、不意に僕の右わき腹に何か当たった。レポートに集中していた僕はそこではっと気付く。右を見ると、既に空になったカップを持ったままのエルザがすやすやと寝ていた。寝ていた。
・・・しまった、忘れてた。
「エルザ起きて。ここで寝ちゃだめだよ。」
軽く肩を揺さぶってみても全く起きる気配はない。この時間だと女子の監督生も寝ているから、呼び出してエルザを預けるのも気が引けるし。
・・・仕方ない。レポートを書き終えたら僕のベッドで寝かせておこう。僕の部屋はハロルドと一緒だし、心配はないだろう。
レポートが終わるまでと、クッションを枕代わりにエルザを寝かせ、アクシオで呼び寄せた毛布を肩までかけた後に、念のために暖炉に薪を足して談話室を少し暖かくした。くぷぷ、とエルザの鼻が鳴った。
ああそういえば寝る前に歯を磨かせてない。
おやすみ、おやすみ
20101023 安藤ナツ
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