[携帯モード] [URL送信]

マシェリ
たまには悪くないな



時計に目をやると針がありえない数字を指していて、直ぐさま二度寝の体勢に入ったものの、残念ながら完全に目が冴えちまってて寝れそうにない。

今日は非番だし、夜は同期の集まりもある。このまま横になってるか、それとも......。
何て考えてたらふと、あいつの顔が浮かんだ。

久しぶりに里に帰って来たそいつは聞いた話だと、暫く休暇を与えられたっつーのに毎日修業してるらしい。
顔、出してみっか。



「よお、ダルイ。随分と早いな.........これから任務か?」

「いえ、ちっと早く起きたもんで。たまには散歩もいいもんっスね」



声をかけてきたのはアカデミーのころから馴染みの茶屋の店主だ。あいつの事だ......帰ってからこの店に連日通ってあの裏メニューを頬張ってるに違いない。



「おぉ、そうだ。散歩がてらネムイに渡しに行ってくれねーか?一本はお前の分な」

「......!すみませんね」

「なーに。お前が行けばあいつ、絶対相手してくれって言うぞ。それの労いだ!」

「勘弁してください......そうなったら全力で逃げるっスよ」



笑う店主を背にしてあの場所へと向かう。
聞かずとも、言われずともネムイの修業場所は分かってるからな。

暫くして着いたのは里から少し離れたところにあるその場所。今じゃ殆ど来ることの無くなったここは、アカデミー時代に三人で修業に励んだ場所だ。案の定、お目当ての人物はそこにいた。

最後の一体だったゴム人形が弾ければ膝に手をつけて、呼吸を整え出す。
一体何ラウンド目なんだよ......朝から殊勝なこった。



「よっ......」

「......!おはよ、ダルイ」



手にしたタオルで汗を拭いながらオレに見せた柔らかい笑みがやたらと輝いて見える。
これはオレの目がおかしいんじゃなくて、朝焼けのせいだよな。この前シーから診てもらって、毒を盛られた形跡がなかったんだ。いや、でも......どっかでシーに再度診てもらうか。



「珍しいね、こんなに朝早く」

「まぁな......差し入れだってよ、これ」

「......!わぁっ、嬉しい!今日も後で行かなくちゃ」



やっぱり連日寄ってたのかよ。

投げ渡した飲み物の水色は鮮やかな赤。里で採れる真っ赤な花と実を乾燥させ、湯で抽出した甘酸っぱい味のする香草茶で、修業後の水分補給に適してるらしい。
キャッチしたネムイはそれの封を早速開けて、飲みだした。女子ってのはこういう飲み物が好きなもんだ。

満足した所で再び封をして置いたネムイは何故か安心したように胸を撫で下ろした。



「良かったー......ボスからの差し入れじゃなくて......」

「あー......プロテインか」

「そう。お前は細すぎる、もっと筋肉をつけろ!っていっつも飲め飲め言ってきて困るんだよね......」



プロテイン好きの雷影様が愛弟子に奨めないわけがない。こんな香草茶を飲んでます、何て言った日には無理矢理にでも飲ませに来るかもしれねー......。
雷影様の暑苦しさにはたまについてけないとこがあるから、ネムイの苦労ぶりを察した。
他愛もない話をしていたら、



「にしても......丁度いいところに来てくれたね〜、ダ・ル・イ」



ニコニコしながら距離を縮めてくるネムイに嫌な予感がして後ろに退く。
こいつが考えてることなんざお見通しだ。
あの飲み物が残ってる時点で修業はまだ終わってないことを意味してる。
この状況......こいつに捕まったら終わりだ。



「何で逃げるの」

「......修業相手してくれってんだろ」

「うん!」



屈託のない笑みで言うネムイには悪いけど、無理だ。朝っぱらから、底無し体力の持ち主のお前の修業相手なんてだるくてやってらんねーよ。

が、こいつは雷影様唯一の弟子......逃げることもまた無理な話しだ。もののすぐにこいつのスピードの恐ろしさに心が折れて、いとも簡単に捕まっちまった。



「ね、後であのアイス奢るから!」

「あー、あのアイスね......って、お前はオレを殺す気か?」

「やだな、美味しいじゃーん」



あの店の裏メニュー......見た目は至って普通のチョコチップ入り薄荷味のアイス。以前にネムイから一口貰って死にそうになったことを覚えてる。

「もっと薄荷感が欲しい」というネムイの意見を取り入れた結果、里で採れる雷遁を喰らったような刺激がある薄荷をふんだんに使われたそれは最早凶器だ。あれを喜ぶのは里はおろか国で......いや、この世界でこいつだけだろ。



「ね、ちょっとだけだから...........お願い」



いつの間にかできた身長差で自然となる上目遣い。
加えてオレの腕を掴んだ手から伝わる体温。

意識してんのかしてないのか......いや、絶対こいつは意識してないと思う。分かってるけど......悪くないと思ったオレは、やっぱあの日からおかしくなっちまってるようだ。
マジでシーから診てもらわねーと......。



「あー......分かった分かった。相手してやるよ」

「......!ありがと!」



そう言えば子どもみたくぱっと満面の笑みを見せて、準備に取りかかる。
なんか、ネムイの手のひらの上で転がされてるようで癪だけど、打ち合いすれば再び浮かんだ<謎の感情>も忘れられるだろ......多分。



「行くよ......ダルイ」



あれ、こいつ目が本気(マジ)じゃねーか?
なんて思ってれば遠慮なくネムイが懐に飛び込んできた。
こりゃ、オレもその気にならなねーと一瞬で打ち負かされちまう。

考える暇もないくらい次々に攻撃を仕掛けてくるネムイの一撃を受けとめると、びりびりと衝撃が伝わって、こいつの攻撃の鋭さと重さを実感した。

こいつとこうして剣を交えんのって、久しぶりだな。
柄に力を込めて互いに駆け出せば、木刀がぶつかる音が何度も響く。
気が付けば額に汗を滲ませるほど集中してた。



「お前......腕、上げたな」

「ホント!?」

「あぁ。見違えるほど一撃が鋭くなって、重かった......それにビーさんみたいな太刀筋だったし」

「ダルイが言うんだから間違いない......良かった〜......!」



本当の事を言ったまでだけど、ネムイのやつは心底嬉しそうな笑顔を見せた。



「疲れたからってうっかり寝過ごして今夜の集まり、遅刻厳禁だからね?」

「そりゃお前だろ」

「むっ......せ、正確に言えば!絶対私たち時間ギリギリなんだから余裕もって行動しないと」

「へーへー」



そう言って数分前行動なんてした試しがない。オレとお前の事だからまず間違いなく時間ギリギリに来る。絶対に。
本音をもらせばだるい事になりそうだから黙っておくけどな。



「付き合ってくれてありがと、ダルイ。また後でね」

「おー......遅刻すんなよ」

「ふぁーぃ......」



言った矢先に欠伸しやがって、こいつ。
汗だくだし温泉にでも行って、夜までゆっくりしてみるか。

朝修業、か........たまには悪くねェもんだ。






[前][次]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!