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仔獅子ちゃんと仔獅子くん
図書館館長より



書物を捲る音やペンを走らせる音だけが響く、静かな空間。各々が本を読んだり、勉強に励んだりするスペースにいる一人の少年が蔵書の整理をしていた館長である女の視界に入った。



(あら。今日も来てるわ、あの子)



少年が図書館に姿を現すようになったのはここ最近のこと。アカデミー生が来館するのはなんら珍しいことではないが、初めて見たその少年のゆるゆるの忍服のポケットに手を突っ込みながら、いかにもかったるそうにしている、という容姿から失礼だと思いつつもこの場にいる意外さを感じた。

故に館長こと、サムイはその少年の事をよく覚えていた。



(今時珍しい子ね)



蔵書を全て把握しているサムイは、少年が頬杖つきながら目を通している本が何の参考書か分かった。
そして、かったるそうに取り出したノートに鉛筆を走らせていた。

大戦後、IT技術が急速に発展したので良くも悪くも最近の子は分からない情報についてパソコンから得ていることがほとんどだ。
自分の足で情報を探す、という方法は廃れてきている。

だから、こうして自ら図書館にきて、参考書を探し、勉強に励む少年にサムイは感心した。



(人は外見によらないわね)



なんて思いながら受付に戻って仕事をして暫く。
サムイの視界に再びあの少年の姿が留まる。少年はつい先程までノートに走らせていた鉛筆を手でくるくると弄びだした。



(癖かしら)



にしても、一向に止めない。
視線は集中してた筈の参考書とノートから外れ、まるで誰かを探してるかのように周囲を窺っている。
全体をキョロキョロ見回すと、仕切りに出入り口を気にするようになった。

暫くすると、それはそれは残念そうに肩をすとん、と落として片付け出す。少年が荷物を持ち、参考書を返そうと席を立った時だった。

扉が開き、受付へと近づく足音がしてサムイは仕事モードに気持ちを切り替える。やって来たのはこの里の忍である証を額に巻いた、さらさらの金髪と澄んだ翡翠色の瞳をした少女━━━━......ここの常連の一人で、今も交流のある仲間の娘だ。



「こんにちは、サムイさん。薦めて下さった本、凄く勉強になりました!ありがとうございます」

「参考になったみたいで何よりよ」



抱えていた分厚い専門書数冊を丁寧にサムイに渡し、礼を述べた少女に連れてサムイも微笑む。

その時サムイはふと、気づいた。
直線上、丁度目の前にいる少女の後ろの方で、帰ろうとしていた筈の少年が固まっている姿に。

そして、少年は慌てて元いた席に着き、何故かしまった筈の勉強道具を全て出して、あたかもずっと勉強していたかのように取り繕い出した。
そんな姿に少年の本当の目的をサムイは何となく察した。



「......?どうかしました?」

「いえ......何でもないわ」



容姿は父親似なのに、こてん、と首を傾げる姿があまりにも母親に似ていてサムイは心の内でくすっ、と微笑した。



「そうそう。あなたに良さそうな本が入ったのよ.......どうかしら、むすめ?」



━━━..."むすめ"。

彼女の名前がばっちり耳に入ったらしい少年がぎこちなく本を捲りながら二人の方をチラチラと気にしている。
これはいよいよ黒だとサムイは思った。



「わぁ......!これ、父さんが木の葉で読んだって言ってた本です!いつか木の葉に行ったときに読もうって思ってたから......まさかここで借りれるなんて......!」

「ふふっ。それは丁度良かったわ」



むすめの目の輝きように嬉しさが滲み出ている。
丁寧にお辞儀して、別の書物を探しに行く少女の背中と意中の彼女がやって来たことに心を踊らせているであろう少年を想いながらサムイは再び仕事に集中した。



「......!ユルイじゃないの」

「チーッス.......」

「試験の時期だもんね.........ここ、いいかな?」

「ど......どうぞ!」



これでもかと首を縦に振るユルイにむすめがふわりと笑って礼を言えば、ユルイは視線を反らす。分かりやすい反応にサムイはクスクスと笑った。

席がユルイにとっていい具合に埋まりかけ、空いていたのは四人掛けの自分が着いた席のみだったため、必然的にむすめが声をかけることになった。だけどユルイは、こうなるとは想像もしてなかっただろう.........離れた所からいつも見ていた憧れの先輩が、自分の目の前にいるという状況に。

勉強どころじゃないこの状況にガチガチに固まり、呆然とするユルイの事なんて露知らずのむすめは、早速サムイから薦められた本を読み始め、必要があればメモを取っていた。
伏せた目が彼女の目を縁取る太く長い睫毛を強調させている。

ふと、髪を耳にかけると一層、彼女の顔がはっきり見え、ユルイは思わず息を飲んだ。



(超ヤベー......むすめ先輩、可愛すぎる.......!!!)



目の前の少年が今にも心臓がはち切れそうになっているなんてもちろん知らないむすめがふと顔を上げれば二人の視線がかち合った。



「......?どうしたの?」

「い、いえ......な、何でも......」

「手が止まってるから......分からない問題があるの?」

「.........っ!!」



答える前にむすめが静かに席を立ってユルイの側につき、手元を覗きこむ。一気に距離が縮んだことで、静かな館内に響き渡りそうなくらいユルイの鼓動が脈打ってるだろう。

今度は、むすめの白魚のような手が伸びて、問題文をしっかり確かめるようになぞる。
「ちょっと、借りるね」と一言述べて、転がったユルイの鉛筆を取り、むすめが書き出した。



「ここはね......」



未だすぐ側にいるむすめが丁寧に解説するも当然、ユルイの頭に入ってこない。すっかりむすめに見惚れている彼の頭は憧れの先輩がすぐ側にいるということで一杯だった。

残念ながらそんな夢のような時間は瞬く間に終わる。



「......大丈夫そう?」

「は、はい!!!めっちゃ、分かりやすかったっス!!!」

(殆ど頭に入ってないでしょうに......)



二人の様子を見ていたサムイは内で少年に呆れる。
そうとは知る由もないむすめは「良かった」と言ってまたあの柔らかい笑みを見せ、席に戻ると片付け始めた。



「あの先生、結構ひっかけ問題出すから気をつけてね.....試験頑張って、ユルイ。じゃあね」

(クールじゃないわね......全く)



にこっ、と微笑み去っていくむすめに自分の名を呼ばれたことや、つい先程まですぐ側にいたことを鮮明に思い出したユルイは、今にも頭から湯気が出そうなくらい顔を真っ赤にしていた。

そんなユルイにサムイは内心、ため息をつく。



「......頑張りなさい」

「(......?)......チーッス...?」



帰り際にサムイから放たれた一言の意味を未だニヤニヤしてるユルイがどう捉えたかは分からない。





(試験もそうだけど)
(ライバルが多いわよ?)

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