仔獅子ちゃんと仔獅子くん
父親と息子*
眼下の参加者......五里の選りすぐりの下忍達の内一人の姿を捉えると、オモイがため息ついた。
「......悪い癖が出たっスね」
「まー、リラックスしてるってことだろうけどよ......」
もう少し緊張感、持てよな。
欠伸をかきながら気怠そうに一次試験の説明を聞いてるその姿はかつてのオレと嫁にそっくりだ。
大戦後、五大国中最年少で下忍となった息子の......"むすこ"。
「あれが雲の隠し玉だってな」
「まだ10歳にもなってないと聞いてますが」
「強いのか?」
「......見てりゃ分かるよ」
土影、水影、風影にそう言ってやりゃ、火影もじっと見据える。
オレ達の時代じゃ、むすこの年で暗部に入る奴もいれば中忍や上忍として活躍するような奴は普通にいた。
とはいえ、息子はまだまだ小さいし、年相応に遊び盛りの甘えん坊だ。
『父ちゃん!今日こそ修業つけてよ!』
『すまねーけど......また今度な』
久しぶりにまともに会えたっつーのに、仕事でゆっくりする間も無く、むすっとするむすこの頭を撫で早々に家を後にする。
見てやりたいのは山々だが影という立場になるとこうもワーカーホリックになっちまうもんなのか。
『オレの誕生日なんてどうせ覚えてねーんだろ』
『...!!むすこ......』
物心ついた頃からずっとオレがそんな調子だから塩対応になるのも仕方がねェ。
些細なことで衝突するのなんてよくあって、その度嫁は相当頭を悩ませてた。
『ダルイ。むすこのやつ、試験合格したぞ』
『...!そうか......』
ここんところあいつの寝顔や不貞腐てる姿ばかりしか見たことのないオレにとって、シーからの報告は嬉しすぎて諸に出さないように耐えたもんだ。
事あるごとに「だるい」だの「眠い」だのぶつくさ言ってると聞いてたが、根は真面目だったらしい。
アカデミーに入学してほんの数年後、むすこは下忍となった。
そして、今年はいつもと違う恒例行事の日がやって来た。
『初の五大国合同の中忍選抜試験......ここらで活きのいい連中に出てきてもらわねーと』
大戦後、平和になったのはいいが忍の減少に比例してその質が下がってきたのは事実だ。
雲隠れも例外でなく、頭を悩ませる問題であった。
『活きのいい奴といえば、むすこがいるだろ』
『そうですよ、ボス!ご子息とかオレの部下だとか抜きにしてあいつは間違いなく化けるっスよ』
『......言うね。シー、オモイ』
とは言ったものの、今も相方で里の上役であるシーや右腕であり、現場でむすこを見てるオモイにそう評されて内心、嬉しかった。
一次試験の様子が画面に写し出される。
木の葉、砂、霧、岩......最後にうちの里のモン、むすこがいる班が写し出された。
見せてくれよ......お前の実力。
様々なトラップが張られた森に入って直ぐにむすこはチームメイトに立ち止まるよう合図を出し、親指の腹を噛んで両手を合わせた。
「......!もう口寄せ契約させたのかよ!?」
......オレも初めて知ったけど。
どろん、と白煙を立てて現れたのは嫁のより遥かに小さい獅子一匹だったが、子ども三人を乗せるには十分だ。
だるくてやってらんねーから、一気に抜けるつもりらしい。
━━━...疾走(はし)れ、風牙!
むすこが命じれば返事がわりに一吠えすると瞬く間に森を抜け、本試験会場に一番乗りした。
「あの獅子は獰猛過ぎて扱いが難しいと聞いてますが......」
「従順ぶりから察するに血の滲むような努力を積み重ねたんだろうな」
水影、風影の反応に口元が緩む。
本試験も余裕で抜けたむすこたちは次いで二次試験のチーム戦で岩隠れと当たった。
「悪いけど、ここはウチがもらった」
チームメイト二人は自陣の守りをむすこに任せて敵陣へと向かえば最年少のあいつが一人でいるのをいいことに三人まとめてかかってくる。
━━━...すみません、先輩
━━━...!?
━━━...だるいし眠いんで、一気に片付けるっス
怖じ気づきも慌てもしないどころか不敵に笑ったむすこが絶妙なタイミングでよく知る印を手早く組むその姿に頬が緩む。
......オレの十八番、しっかり受け継いでんじゃねーか。
水の壁が三人を飲み込みめば、流れるように雷遁で畳み掛け、一気に片を付けた。
悔しがってる土影には悪いけどよ、むすこたちの圧勝に終わって心の内でガッツポーズした。
いよいよ最終試験...個人戦だ。
「むすこ!修業の成果を父さん達に見せてやるのよー!」
「......オ〜ッス」
観客席から息子に向かって暢気に手を振る嫁に、いつもの調子で答えるむすこ。
修業の成果ね......さて、どんなもんだか。
「...!!あれって......!」
一回戦最後の試合開始の合図と共に、かつて聞き慣れた火花が鳴り響く。
嫁のスパルタぶりは知ってるけどよ、まさかの......"一番えげつないもの"を初っぱなから出してくるとはな...。
たちまち五影の席がざわつき出した。
「あらら......もうアレを仕込んじゃったの」
「奥様.....むすこの事相当しごいたみたいっスね...」
「......あいつならやりかねねーわ」
他里の影どころかさすがに担当上忍のオモイもオレもこれには驚いた。
身体を薄ら纏ったものは先代や嫁に比べりゃ小さくて弱々しいもんだが見間違い様のない、雷遁の鎧だった。
オーバードライブとはワケの違う本家の登場に他の影たちと共に脂汗が浮かぶ。
「先代の弟子である私が息子相手に甘くするとでも?むすこには"雷獅子(わたし)"の全てを叩き込んだ......まだまだ"仔獅子"だけどね、舐めんじゃないわよ!」
勝者にむすこの名が上がり歓声に包まれる。
満面の笑みをこちらに見せた嫁と共に二回戦までのインターバルを利用して、控室へと向かった。
「むすこー!」
「ちょっ......恥ずかしいって!」
嫁に熱く抱擁されたむすこは嫌々してる体を装いつつも大好きな母親からの行為に嬉しくて耳まで真っ赤にしてやがる。
「......よっ」
「......!!と......五代、目」
「今ぐらい"父ちゃん"でいい」
緩く波打つ短い白い髪を乱暴気味に撫でてやれば、嫁譲りの澄んだ翡翠色の瞳をもつ目を見開かせるむすこに頬が緩んだ。
「......強くなったな、むすこ」
父親らしいことは全然してやれなかったけど、見ないうちに大きく、強く育っていたことが嬉しかった。
「水遁に雷遁、それにまさか忍体術まで会得してたとはな。プレッシャーかけるつもりはねェけど......次も頑張れよ、むすこ」
「...!...ずっと...見てた、の...?」
「当たり前だろ。お前はオレの息子なんだからな」
「...!!...えへへっ」
さっきと同じように頭を撫でれば年相応の屈託のない笑みを見せる。
よく見ればオレと同じ浅黒い肌をした身体には修業でついた無数の傷跡にまだまだ小さい手にはタコがあった。
「ねぇ、父ちゃん!オレも父ちゃんみたいに"三代目の雷"、刻める?」
「......気が早ェよ。ま、もっと強くなったら考えてやってもいいぜ」
「!!それ......約束な!」
「あぁ、約束だ」
全試合を終え、大歓声と拍手喝采が湧く中、オレと視線が合ったむすこが今日一番の笑顔を見せてくれた。
「...どう?次の世代、育ってるでしょ」
そう言う嫁に口元が緩んだ瞬間だった。
*
屋上へ上がると視界に入った光景にオレも他の影も苦笑した。
"アホ"、"クソオヤジ"と今の火影の顔岩にド派手に落書きしたのは火影の息子、ボルトだ。
こちらに気づいたボルトが悪戯な笑みを浮かべた瞬間だった。
「おーおー......五影会談の日だってのに随分派手にやってるな、ボルト」
突如現れたのは相変わらずあくびをかきながら怠そうにしてる、あの時に比べて随分と逞しい体つきになった、忍服で見えないが今では左腕にオレと同じ"雷"を刻んでいるあいつだ。
「...!!むすこの兄ちゃん!」
"影の息子"という同じ境遇のむすこを実の兄のように慕ってるボルトはすんなり捕まって
こちらに連れてこられれば、火影に烈火の如く叱られるも謝る気なんて更々ないらしい。
煽るように舌を出すボルトの頭をむすこが無理矢理下げさせた。
「すみません、火影さん......オレからもきつく言っとくんでその辺にしといてやってください」
「親父を止めるなんてさすがむすこの兄ちゃんだってばさ!」
(.....お前な。オレなんてお前と同じことした日には父ちゃんより母ちゃんが怖い......母ちゃんのアイアンクローはマジでおっかねーんだよ。お前んちも母ちゃん怒らせたらヤベーだろ)
(...だ...だってばさ)
(だったらここはちゃんと謝っとけ。掃除はオレも手伝ってやるから......だるくて眠いけど)
父親である火影の気持ちもその息子であるボルトの気持ちも汲んでるあいつなりの配慮らしい。
こそこそ話はオレにも他この場にいる全員にばっちり入っていた。
「なーなー!ここは兄ちゃんの嵐遁で一気に片付けようってばさ!」
「んなことしたらぶっ壊れるわ!外交問題になるじゃねーかよ」
「じゃー水遁!」
「あのな。手伝うって言ったけど、元々の原因はお前なんだから自分でやれっつーの!」
国も里も違う同士だというのに本当の兄弟見たいにじゃれあってる。
オレたちの代では考えられなかった。
(次の世代も悪くねェな)
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