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お題SS小説
おいかけっこ





逃げなくちゃ


逃げなくちゃ


鬼から逃げなくちゃ



【おいかけっこ】


私は高校にいた。
生徒は廊下も教室も玄関にもいなくて職員室には先生もいない。ただそこに座っていたのは…鬼。
正しく言えば鬼の仮面を被った制服の男の子。

内田先生の席に座ったその人は仮面をつけたまま私の方に顔を向けた。

『誰もいないの?』
私がそう問い掛けると鬼はゆっくり立ち上がり私の方へゆっくりゆっくり歩いてきた。

『‥‥』

『‥‥』

『今から』

『え?』

『今から追いかけっこをしないか?』

仮面越しに聞こえた声は凄く低くてこもっていた。

『追いかけっこ‥?』

『君が逃げて、鬼が追い掛ける。捕まったらいけないよ。捕まったらどうなってしまうかわからない』

『‥‥捕まらなかったら?』

『捕まらないなんてこと‥あるのかな。』

『‥‥じゃあ、やるわよ。良い?何秒後に貴方は追いかける?』


顔も知らないこの鬼に涼しげにいわれて、元陸上部の私は熱くなった。いいわ、逃げてやろうじゃないの。


『じゃあ1分後に』

『了解』

その言葉と同時に私は走りだした。短いスカートをひらひらさせて階段をかけのぼる。

逃げる


逃げる


しばらく逃げて後ろを振り返っても鬼の姿はない。
そういえば逃げる範囲やタイムリミットを決め忘れた。いつまでこれは続くのだろうか‥


そんなことを考えていたらゆっくりと階段を上るコツコツコツという音が聞こえてきた。

私は逃げて逃げて逃げた。たどり着いたのは屋上。ドアを開けると空が青かった。急に眩しい光が視界に入ってゆっくり目が慣れるまで待つと目の前に鬼がいた。

『な、なんで‥』

『捕まえた』

そう言って私は鬼に肩を捕まれて倒される。コンクリートの床に背中を叩きつけられ小さくうなり声をあげる。その拍子に鬼の仮面がとれて落ちた。

だけど逆光で鬼の素顔は暗くて見えない‥

『なにするの、よ』

『つかまえた』

『捕まったから離して』

『つかまえた』

『わかったからそこをどいてよ。本当にどつくわよ』

そう言った途端に水が顔にかかった。雨‥?

そんなことを思ったら鬼が鼻をすすった。

『な、いてるの?』

『捕まえた』

『‥‥だからわかったって』

『捕まったら、君に待っているのは











絶望だ』



『え』




そう言って鬼は左手をポケットに入れると、果物ナイフを取り出した。




『え、ちょっと‥』



『ごめんね』



そう言って左手を上にもちあげる。その拍子に身体が傾いて顔が少し見えた。見たことのない、でもとても中性的な綺麗な顔だった。



ナイフが振り下ろされる



お腹にナイフがささる。

痛くはない



また鬼は左手をあげて、


『ごめんね』


そう何度も言っては刺していく、



こわいよ、痛くないのも、泣いているのも、この状態も、こわくてこわくて、ただ逃げただけなのに、いやだ、いやだ、いやだ、









目が覚めるといつものベッドだった。コーヒーの苦い匂いがしてゆっくりと起き上がる。腰が少し痛い。




真っ白なベッドからゆっくり目を覚ますと、夢だったのだということに気付いた。




『ちかちゃん』



彼がスーツを着た状態でコーヒーを片手に入ってくる。


『あ、おはよう』

『俺、今から仕事なんだけどさ、』

『行かないで』


そう言ってパジャマのままコーヒーを受け取る。苦い味が口の中に広がって、やはり自分はまだまだこの味に慣れないということを知らされる。


『どうしたの?』

彼は苦笑して頭をポンポンと優しくなでる。



いかないで、




『じゃあ仕事だから俺、いくよ。今日も良い子にしててね』


そう言ってコーヒーを私から奪うと飲み干して彼は私に背を向ける。




その背中がひどく遠く感じて思わず右手を伸ばすけど、届かない



つかまえた


つかまらない


逃げて



おいかけて










『つかまえた』







どこかからそんな声が聞こえた。








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あきゅろす。
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