お題SS小説
4(ラスト)
「田上さん?」
あまりに真剣に悩んでいるのが表情に表れていたのか坂上君が心配そうにこっちを見ていた。気付けば時刻は6時30分。閉館時刻まであと15分しかない。
「あっ、ごめん。
考え事してた‥‥」
「大丈夫。今日、どこか寄っていく?」
ー手を出すのが早いー
「え。」
思わず嫌な噂が私の頭を過る。坂上君の噂がただの噂でしかない事はちゃんと分かっているつもりだがふいにそんな事を考えてしまった自分に嫌気がさした。
「今日は真っ直ぐ帰ろうかなぁと。」
「じゃあ送ってくよ。
田上さんって歩きの範囲だよね?俺、自転車だから後ろ乗せてく」
「えっ、あっうん」
学校まで歩きで来ている事はまだ坂上君に言っていなかったので少し驚いた。でも自転車なら歩いている私を見かけたのかもしれない。
ただの考えすぎだ。
しかも考えすぎたら余計に本当の事を言いづらくなってしまう。
後に引けなくなってしまう
「じゃあ、
そろそろ出ようか」
そう言って坂上君が私の手を離した。ずっと繋いでいたせいか少し掌が赤くなっている。
坂上君は読んでいた本を元の本棚に閉まっていた。
「借りなくて良いの?」
「また田上さんと読みにくるから良いや」
次を約束された些細な台詞。それですら今の私を苦しめる。後ろを振り返らせない。呪文みたいな台詞。
愛されている事が痛いくらいに伝わってきてしまう。
「坂上君‥‥っ、」
「じゃあ行こうか」
笑顔で私の方へ振り替える。坂上君は彼女に対して優しすぎる。
いっそ冷たかったら
いっそ暴力を振るってくれたら
すぐに
本当の事を言えるのに‥
あれは本当に軽い気持ちだったの、
あれは憧れみたいなものなの、
好きすぎて
胸が張り裂けそうとか
そういう感情はまだ湧いてはきてなかったの、
後には引けなく罪悪感がいっぱいで胸が張り裂けそうだ。
坂上君は優しい笑顔で
私の手を握って歩きだした
「今日は嬉しかった」
小さな声でそう言った。
私は思わず「え?」と聞き返してしまった。
「俺はずっと言えなかったんだよ。田上さんがあの文を書いてくれなかったら、俺が田上さんの文を読まないであの時間が終わってたら、俺はずっとただの同級生だったと思う。
田上さんが書いてくれなかったら俺には好きなんて言える勇気、これっぽっちも持ってなかった。
ありがとう」
それって‥‥
やっぱり‥‥
「ずっと好きだったから」
鳥かごは閉められた
外の景色は痛いほど視界に入ってくる。
360度見渡せてしまう
自由な気になって羽を伸ばせばそこが鳥かごであった事に気付く。
景色や音は
痛いほどに伝わってくる
手を伸ばせば自由は
手に入る
だけどそんな勇気
どこにも無いだけだ
「私も、ずっと好きだったから同じ気持ちで驚いたよ
あの時、坂上君があの文に気付かなかったらきっと私は坂上君に触れる事すら出来なかった。
気付いてくれてありがとう」
思わず口から少しの嘘が生まれた。坂上君は靴に履き替えながら私を見ていた。心の中がばれてしまったのかと一瞬ひやっとした。
しかし笑顔だった。逆にその笑顔が仮面みたいで少し私は身震いをしてしまった。
「もう、
絶対にはなさないから。
田上さんの事ならなんだって俺は知りたい」
呪文みたいな台詞を言う坂上君も仮面みたいな笑顔をする坂上君も私は何も知らなかった。
噂を信じようとは
思わない。
でも私はこの人から
逃げる事なんて絶対に
出来るわけはないのだ。
私は靴を履き替えると
小さく頷いた。
鳥かごは
残酷な楽園だ。
END.
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