向日葵の君
指輪4
* * *
「土方さん。お茶はいかがですか?」
そっと襖が開かれ覗き込む茜の姿に、土方は仕事の手を止めた。
「ああ。入れよ」
最初の頃は茜と話がしたい土方の方が頻繁にお茶を頼んでいたが、いつのまにか茜の方がお茶を口実にし、昼に部屋を訪ねてくることも多くなっている。
茜がテーブルでお茶の準備をしてる間、もう少しキリがいいところまで書類を仕上げておこうかと、土方はまだ文机で筆を走らせていた。
「机に運びましょうか?」
「いや、そっち行く」
湯呑みにお茶を注ぎ終えた茜が声をかけてきたタイミングで筆を置き、手元にある灰皿を手にしてテーブルへと向かう。
「忙しいですか?」
「そうでもない」
「私も一緒に一杯飲んでもいいですか?」
「ああ」
「……」
「……」
ほんの少しだけ土方が不機嫌に思えた茜は、遠慮がちに話しかけながら上目使いで様子を窺ってみる。
元々口数が多い人ではないが、今日は何となく怒っているようで一緒にいて落ちつかない。
本当は忙しいのかな……?
思い当たる理由がない茜は、忙しいからだと解釈する。
「やっぱり私はこれで失礼します。お仕事続けてください」
「待て」
「え?」
中腰で静止した茜を土方が見上げた。
怒っている声にも聞こえるが表情はそういうわけでもなさそうで、茜は訝しげな顔で見つめ返す。
「まぁ、座れよ」
「……」
二人の間に近頃なかった重たい空気が漂う。
茜は自分の左手に視線を落とした。
僅かな窮屈さで常時存在感を示す、未だに指に馴染まない銀色の指輪が目に入る。
この小さな指輪は、二人が年を取り、やがて来る別れの瞬間にありがとうを言うための約束を形にしたもの。
今の二人に不安なんてないはずだと茜はしっかり顔を上げた。
「どうかしたんですか?」
「お前さ、昨日何してた?」
はぁ? と眉間を寄せた茜だったが、すぐにああそういうことかと土方の言いたいことを理解した。
前にも似たようなことがあった気がする。
「買い物の途中で万事屋さんに会って、一緒に甘いもの食べただけです」
背筋を伸ばしてあっさりと答えられると土方は何も言えなくなった。
少し怒ってるふりをして茜の困った顔が見たかっただけなのだから。
正直万事屋と二人でいたというのは気分がいいものではないが、昨日の笑顔を思い出せばそれも許せてしまっている。
「土方さん、見てたんでしょう?」
「ああ」
土方は煙草をくわえたまま、鼻に抜けた声で返事した。
吸ってまた吐いてから、煙草を灰皿で揉み消す。
「ったくチャラチャラ着飾って簡単に男についていくんじゃねェよ」
とっくに火は消えているのに、しつこく煙草を灰皿に押し付けながら土方が睨みつける。
一応これくらいは言っておかないと格好がつかないだろう。
「私、知らない人について行ったりはしないですよ?」
「ったりめェだ、バカ」
バカ呼ばわりされた茜が少し拗ねた表情で見つめてくるのが可愛くて、怒ったふりも馬鹿馬鹿しくなってきた土方は腕を伸ばして茜の手を取った。
抵抗もせず差し出された茜の左手、その薬指の指輪を親指でなぞる。
「これ、見せてただろ?アイツに」
黙ったまま頷く茜の顔に、また笑みが浮かんだ。
「べらべらと余計なこと喋ってねェだろうな?」
「大丈夫です。私しか知らない土方さんのことは、誰にも教えたくないんです」
そう言ってニヤリと笑う茜につられて、土方も思わず笑った。
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