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向日葵の君
面影1

久しぶりの休日。
特に予定もないが町に出てみた土方は、天気も良いし何をして過ごそうかと考えながら、ぶらぶら歩いていた。
梅雨の中休み。ここ数日は晴天が続き、すっかり乾ききった地面からは砂埃が舞い上がっている。
手持ちの煙草が切れかけていることを思い出し、まずは自販機に向うことにした。
煙草を買い足し、傍らの喫煙所で早速一服。

「まずは腹ごしらえか……」

陽射しに目を細め、微かな空腹感を感じながら暢気に昼飯の店を選んでいたその時だった。

「お願いしますっ! 少しの間だけ!!」
「ぅおっと!?」

完璧に気を抜いていたこと。
女だと油断したこと。
何より女の切迫した声。

強く手首を掴まれ、自販機横の建物と建物の間の狭い隙間に引っぱられてしまった。

「おいっ! テメェ……」

勢いよく手を振り払い身構える土方に、怯むことなく胸に飛び付いた女は、

「助けてください!」

押し殺すような声で訴えた。
通りでは数人の男達の怒声が響いている。

「お願いします……」

襟元を掴む手が小刻みに震えている。
女の様子と男達の会話から状況が読めた土方は、女の体をすっぽりと隠すようにして通りに背を向けた。
注意深く首だけ動かし振り向いてみると、通りからチンピラ風の男が一人、こちらの様子を窺っている。

気付かれたか……?

思わず息を吸い込む土方の様子に、女の肩がびくりと反応する。

要はコイツを隠せばいいんだろ。
とにかくこの場をやり過ごすには……。

恋人同士のフリしかない。

女の身体を強く抱くと、女は一瞬身体を固くしたが、すぐに息を潜めた。

「何見てんだ、コラ。邪魔すんじゃねェよ」

そう凄む土方が腰の刀に手をかけたのを見た男は、そのままどこかへ走り去って行った。

『どこ行きやがった! あのヤロー!』
『こっちにはいねェぞ。向こうじゃねェか?』

だんだんと男達の声が遠ざかっていく。

「……行ったんじゃねェか?」
「は、はいっ! 本当にありがとうございました!」

勢いよく頭を下げた女が顔を上げた。
柄の悪い男達に追われ、やり過ごすために見ず知らずの男をこんなところに連れ込む。
どんな阿婆擦れ女かと思ったが、思いの外かわいらしい娘だったので不覚にも胸が高鳴った。
だがすぐに女の唇が切れて痛々しく腫れてることに気が付き、血を拭おうと思わず手を伸ばした。

「ッ!!」

触れた瞬間、女は痛そうに顔を歪めた。

「痛むか?」
「いえ、大丈夫です」

女は健気にも明るく笑ってみせる。
指の間でほとんど灰になってしまった煙草を捨て、土方は新しい煙草を取り出した。

「どうやらお前、ややこしいことに巻き込まれてるようだが……ここから一人で出れるのか?」
「無理みたいです……。あっそうだ! 警察、警察呼んでもらえませんか?」

のんびりと過ごすはずの休日に、小さなことで動きたくはないが。
何となく目の前の女を助けなけりゃいけない。
無性にそんな気がした。

煙草に火をつけ一息入れた土方はおもむろに袂へ手を入れると、休日でも携帯している警察手帳を取り出し、女に見せつけて言った。

「俺がその警察なんだよ」
「えええっ??」

目を真ん丸にして驚く女に、つい場違いな笑いが込み上げ、咳ばらいでごまかす。

「で? なんでお前は追われてたんだ?」
「働いてた店の主人に売り飛ばされるところだったんです」
「何っ?!」

予想外な女の言葉に、今度は土方が驚く番だ。
慌てて女の全身を確認してみると、汗で額に髪が貼りついて乱れ、足元は草履を履いておらず、足袋は血と泥で汚れていた。

この女を助けると決めたことは、ほとんど賭けだったといっていい。
女だと思って甘く見てたら、とんでもない極道女だったなんてよくある話で、今回だって女が凶器を忍ばせていれば命だって危なかったのだ。
それでもこの女を助けて良かったと、何故だか心からそう思った。

「怪我も酷いし俺が保護するから安心しろ」

携帯で隊士を呼び出し車を頼んだ土方は、本人なりに優しい口調で声をかけてやる。

「本当にありがとうございます!」
 
あれ? コイツ……。

ホッとしたのか泣き出しそうな顔で笑う女を見て、何か胸に引っ掛かったような気がした。
短い髪に華奢で薄っぺらな身体は少年を連想させるが、笑うと微かに憂いを帯びる。
顔も髪型も全然違うのに、懐かしい面影が重なる。

あー。似てんだな……。どことなく。

だから放っておけなかったのだ。

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あきゅろす。
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