向日葵の君
桜吹雪の下で3
いくら遠回しすぎたとはいえ、それなりに自分の中ではしっかりと意味を持って口にした言葉がまたしても空振り。
次第に土方は黙りがちになっていた。
茜のペースに合わせゆっくり歩く二人は、広い公園の半分程をただこうして歩き続けている。
もう帰ろうかとも思ったが、せっかくの桜をもう少し楽しみたい土方は、空いたベンチを見つけて茜を誘った。
「帰るには惜しいな」
ベンチにゆったり腰掛け、舞い散る桜を見上げてみた。
空は曇り、明日あたりから桜を散らせる雨になるようで、少し強め風が桜吹雪を降らせた。
それにしても。
これまで花見といえば昼酒を飲むためだけのものだったはずが、今は終わっていく桜の季節を名残惜しいとさえ感じている。
茜と出会うまで見えなかった、見ていなかったものがいかに多かったか、改めて気付かされるのだ。
「寒くないか?」
「大丈夫です。それより綺麗ですね」
「ああ」
ゆっくり煙を吐き出しながら灰皿の上で煙草の火をもみ消す土方を、茜はそっと横目で見る。
大きく足を広げ背もたれに身体を預ける土方は、手が空くとリラックスした様子で空を見上げていた。
「ねぇ、土方さん」
「ん?」
「私、今すごく幸せです」
「なんだよ、急に」
急に改まってそんなことを言われた土方は、少し驚いて聞き返した。
「だって私……土方さんと会わなかったら、今頃お陽様の下を歩けなかったかもしれないんですよ?」
「ああ、確かにそうだな」
過ぎたこととはいえ、茜に怪我までさせた奴らを思うと今でも腹わたが煮え繰り返るが、ここはぐっとこらえた。
「私ね、土方さんと会うまでずっと無気力というか適当というか、愛想よく笑ってさえいれば大体はうまくいくだろうって思って生きてたんです」
「……随分気楽な考え方だな」
少しだけ呆れた声に茜は軽く笑う。
「でもあの時は自分で何とかしないと助からないって、私……土方さんの腰にあった刀に賭けたんです。この人だったらって」
「……」
「本当に土方さんで良かった」
なんで俺はコイツを助けようと思ったのか。
最初は顔も見ていない。若い女くらいしかわからなかったのに。
色々思い返してみるが、理屈じゃ説明できない気がした。
「自分の思うことを言ってぶつかれば、作り笑いなんかしなくても動いていくんだなって、土方さんに会って気付いたんです」
「……」
「土方さんのことを好きになって本当に良かった」
「あー! もういい」
黙って聞いていた土方は、突然茜の言葉を乱暴に遮った。
途端に茜の表情がかき曇る。
「それ以上言うな。フラグが立っちまうだろ」
「フラグ!?」
「ああ。そういうのはな、俺達が爺さん婆さんになって最期ん時に言ってくれよ」
「……」
数秒の間をおいて茜が笑顔になった。
「そんな年まで一緒にいれるんですか?」
「ああ。お前さえ良けりゃな」
今度こそ通じたようだ。
これまでと少し様子が違う茜の返事を、楽しみに待ちながら煙草を取り出す。
「あの……それって、もしかしてプロポーズですか?」
「…ああ」
照れ隠しの素っ気ない返事を返すが、茜は興奮した面持ちで、「信じられない」と呟いた。
「信じられないついでに教えてやる。プロポーズすんのこれで三度目だ」
「え……」
土方の言葉に茜は、まるで耳の垂れた犬のような、あまりにショックを受けた顔に変わった。
「いや、違うぞ? お前相手に三度目って意味だからな!?」
慌てて言い直す土方は、ころころと変わる茜の表情にだんだん可笑しくなってきた。
「前にもそれらしいことを言ってくれてたってことですか?」
「ああ、そうだ。つーかそれらしいって何だよ。お前が鈍いんだろ」
「ねぇ、何て言ってくれてたんですか? 教えてください」
「誰が教えるか!」
茜は何やら小さく呟きながら、難しい顔をして記憶を辿り始める。
その様子に土方はライターを擦る手を止めた。
「おいっ! 思いついても俺に聞くんじゃねぇぞ!? 腹にしまえよ!?」
聞こえているのかいないのか、ニヤニヤ笑いながら頷く茜に、土方は溜息を煙と共に吐き出した。
「そろそろ帰るか。冷えてきた」
「あー、そうですね」
先に立ち上がった土方が手を差し出す。
遅れて立ち上がった茜は、手を握り返す瞬間ニッコリと微笑んだ。
朧げながらずっと胸のどこかにあった未来絵図が、少しずつ色濃くなっていく。
代わりに薄れゆく記憶がある。
こうして時間は流れていくのだろう。
ごく自然に微笑み返しながら土方は思う。
「私、今日のこと一生忘れません。これから桜が咲くたび思い出すんだろうなぁ」
「ああ」
「すごく感動的な情景でしたよね!?」
「あー、もういいから。いちいち口に出すんじゃねぇよ」
晴れやかな笑顔で口数の多くなる茜に、少し照れ臭くなった土方は赤い顔を背けた。
それでも握った手は離さずに寄り添い歩く。
来年も再来年もこの先ずっと。
'10.9.7
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