向日葵の君
桜吹雪の下で1
ようやく桜の季節がやって来た。
茜が見たいと言った桜の公園に、二人は約束通りやってきたのだった。
「うわぁ。綺麗ですね」
「だろ?」
感嘆の声を上げる茜に土方は満足気に微笑んだ。
二日前、真選組がここで花見をした時がちょうど満開だったようで、今日は風が吹くたび花びらが舞い散っている。
「もう散り始めてるな」
「充分綺麗です」
これはこれで悪かねェな。
桜が舞い散る中、遊歩道をゆっくりと並んで歩きながら土方は、この前ここへ来た時のことを思い出していた。
あの日の俺は、本当は何が言いたかったのか。
もしも自分がいなくなり、この先茜を苦しめるくらいなら今離れた方がいいのかもしれないと、少しは本気で思っていた。
実際は、茜の方から愛想尽かされるのが怖かったというのが本音だが。
茜は俺の不甲斐なさを見破ってたのかもしれねェ。
茜だけじゃない。
総悟だってそうだ。
自分が風呂なんか入ってる間に、茜の元へ顔を出していたという沖田。
これが俺達だと汚れた姿を隠さず見せ、その上で簡単に死にはしないと言い切れる、そんな強さが自分にはあっただろうか。
茜から話を聞いた土方は小さな衝撃を受けたのだった。
「ねぇ、見てこれ」
茜は手を差し出した。
「ん?」
開いた手の平に視線を移すと、きれいに五枚繋がったままの桜の花びらが載せられている。
「どうした? これ」
「落ちてきたから捕まえたの」
そう言って笑う茜の髪にも花びらがついているので、土方はそっと手を伸ばした。
「ついてたぞ」
「本当だ。あっ、土方さんの髪にもついてますよ?」
「え? どこだ?」
土方は慌てて髪を手で振り払い、「どうだ、取れたか?」と尋ねると、茜は首を振った。
伸びてくる手に合わせ頭を屈めると桜の指がそっと髪に触れる。
屈んだせいで普段よりぐっと近くに茜の顔があり、すぐそこにある小さな唇に思わず吸い寄せられそうになる。
こんなとこで何考えてんだ、俺は。
「取れましたよ」
「あ……、ああ」
元通りに頭を戻した土方は、いつもの距離で笑う茜に軽く笑い返した。
強い風がまた花びらを舞い散らせ、きりがなく二人の上にも落ちてくる。
「あ、また」
「いいよ。かまわねェ」
花冷えの中、剥き出しになっている茜の首元が寒そうで、土方は自分がつけていた襟巻きを手渡した。
「大丈夫ですから」
「見てるだけで寒そうだ。いいからつけておけ」
遠慮する茜の首に無理矢理襟巻きを巻いていく。
襟巻きを整える茜の手が触れ、その冷たさに土方は驚いた。
「随分冷えてるな」
「大丈夫ですよ?」
人前でベタベタするなんて昔の自分じゃ考えられないが、冷え切った手に気付けば暖めてやらずにはいられない。
茜の右手を握ってゆっくり歩き出す。
「土方さん」
「ん?」
「桜の景色って何だか寂しくないですか?」
「何を言い出すんだよ」
こうして二人で手を握り歩いているというのに、何故寂しいなんて言葉が口をつくのか。
茜が寂しさを感じているのは、本当は自分に対してなんじゃないかと思った土方は、握りしめる手に少し力を篭めた。
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