向日葵の君
真夜中の訪問者
あれから一週間。
茜には隊士が交代で見張りにつき、その間に彼女の素性について調べたところ、本人が話していたことは全て事実だとわかった。
店主が自ら命を絶ったそうだが、借金の形に売り飛ばそうとした茜が逃げてしまい、どうしようもなくなったのだろう。
話を聞かされた茜は複雑な顔をしていたが、全く同情するに値しないゲス野郎が死のうが、そんなこと土方にとってはどうでもいいことだった。
茜の私物、本人はたいしたものは何もなかったと言っていたが、それでも最低限持っていたはずの着物などは全て売り払わてしまい、文字通り身一つ。
あっという間に隊士達に馴染み、明るく笑う裏で、まだ片足を引きずっているような状態でありながらも、何もせずに世話になるのは心苦しいと漏らす。
そんな茜の姿が、土方は見ていて辛かった。
* * *
風もなく蒸し暑い夜。
夜中目を覚ました土方は、厠の帰りに茜がいる部屋の前を通って、自室へ戻ろうと思い立った。
先日まで見張りに付いていた隊士から、毎夜うなされていたり泣いていたり、あまり眠っていないのでは? との報告を受け、少し気になっていたからだ。
部屋の前まで来たものの、土方は一旦立ち止まった。
一応女が眠っている部屋であるわけで、勝手に入っていいわけがない。
隊士達には不自然な気配があれば確認するようと言ってあったが、襖の向こうは静まり返っている。
ちゃんと眠れてるならいいか。
眠た目を手の平で押さえ欠伸を一つ。
「……ん?」
土方の耳に微かに茜の声が届いた気がした。
はっきりとは聞き取れないが何やらうわごとのようで、息を潜めて耳を澄ませると、それは確かに「助けて」と聞こえた。
その言葉に思わず土方は襖を開けてしまった。
部屋の中央に敷かれた布団の中、茜は苦しそうにうわごとを漏らしている。
蒸し暑い中、布団にくるまっているせいで、余計夢見も悪いのだろう。
少し布団を外してやろうかと土方は考えた。
いや、下手に触らない方がいいか。
そもそも俺が部屋にいること自体がヤバイような。
いや待て。
隊士達には気になることがあればすぐに確認するよう、言っておいたよな!?
こんなにうなされてりゃ、きっとアイツらだって気になって確認するはずだろう。
胸の内で長い長い言い訳の後ようやく決心した土方は、そっと一歩ずつ慎重に茜の元へ近付いた。
息を潜め、茜が被る掛布団を肩辺りまでゆっくりと下ろしていく。
これで少しでも楽に眠れりゃいいが……。
ほっと一息ついたのも束の間、突然この最悪なタイミングで、庭の蛙が大合唱を始めた。
急に外が賑やかになり、何か気配を感じたのか茜が小さく目を覚ました。
「……!?」
茜は声にならない叫び声を上げ、飛び起きた。
まだ夢うつつのようで、先程のうわごとと同じ言葉を何度も繰り返す。
よほど酷い目に遭い、毎夜こうしてうなされていたのだろうか。
「おい!」
土方は身を守ろうと顔の前で交差している腕を掴んだ。
「おい! どうかしたか!?」
「土方…さん?」
茜が恐る恐る顔を上げる。
「前、通ったら随分うなされていたから……」
「……」
「大丈夫か?」
「……はい」
まだ少しぼんやりとしているのか、茜は座ったまま大人しく俯いている。
あまり長居はできないと、さっさと部屋を出ようとする土方の耳に、
「夢で良かった……」
小さな茜の声が届いた。
「あ?」
「ありがとうございます」
「……」
「起こしてくれて、ありがとうございます」
「あ、ああ」
背中越しの声に土方は低く頷き、襖を閉じた。
少しずつ空が白み始めている。
遠ざかっていく足音に耳を澄ませ、茜は再び体を横たえた
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