向日葵の君 鈍い人2 「なぁ茜」 「はい…?」 土方の腕の中で後悔を強くする茜は、不意に改まって名前を呼ばれ恐る恐る返事する。 「そろそろ休憩ん時じゃなくても、お前に会いてェんだけど」 いつもより更にワントーン低めの声に、心臓がトクンと音を立てた。 「あの……はい、また休みが会えば」 「そうじゃねェよ」 左手の煙草を消し、茜を抱いていた右腕を下ろす。 改まって二人は正面で向かい合った。 「意味、わかるか?」 茜の両手首を掴んだ土方は、出来の悪い教え子を相手するような口調で瞳を覗き込む。 「……」 土方の言わんとするところを朧げながら理解できているのだが、どう言葉にして返せばいいのかわからず茜は黙ってしまった。 「夜、待ってる。なるべく見つからねェように、ここに来い」 「もし誰かに見つかったら?」 「そりゃしょうがねェな。構やしねェよ」 「……」 少し遅れて朧げだった答えが一気に鮮やかになり、茜は真っ赤になった。 だけど、この現実感のなさといったら何だろう。 いつになれば土方さんの気持ちに確信を得られるんだろう。 「茜?」 「はい。あの……心の準備ができたらちゃんと行くんで、待っててください」 「……」 少しの間を置いて、珍しく土方が笑い出した。 「どうして笑うんですか?!」 「いや……だってお前、ちゃんと意味通じてんだろ? 心の準備できたら行くって、普通口にするか?」 「え、だって。」 「どんなことでも心の準備は必要ですよ」と呟く茜に、再び土方は笑い出す。 「まぁいい。今度お前が来るときゃ、ちゃんと心の準備もついてんだろうからな」 「……」 「そろそろ仕事に戻る」と、土方は何か言いたそうな茜の肩を二度叩いて立ち上がった。 茜は慌ててテーブルの上を片付け始める。 「それじゃ失礼します」 恥ずかしそうな様子で部屋を出て行く茜を見送り、土方は緩む口元に新しい煙草を突っ込んだ。 「っと、おもしれェ女……」 ムードも流れもあったもんじゃねェ。 いや、俺もそういうのは実際苦手だが。 けれど茜相手なら気持ちが楽になる。 カッコつける自分が馬鹿馬鹿しく思えてくる。 昨日の今日だ。気まずくならず笑えて良かったと、土方は満足気に煙を吐き出した。 茜の本当の気持ちには気付かずに。 [*前へ][次へ#] [戻る] |