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向日葵の君
かわいい人4

目の前が見えなくなるほど大きな籠を抱えた茜は、再び土方の部屋の前を過ぎなければいけなかった。
部屋からは微かな煙草の匂い、土方の気配。
いつもより足早に通り過ぎていると、畳を踏み締める足音に続いて勢いよく障子が開けられた。
籠に塞がれた視界の隅に土方の姿が。

「なぁ、おい」

心臓が止まりそうになった茜は、ゴクリと生唾を飲み込んで呼吸を整える。

「あっ! お、お疲れ様です」

逃げ出すわけにいかず、いつものように立ち止まり平静を装おうとするが、声が裏返ってしまった。
籠の重さに足元がふらつく。

「ちょっといいか?」
「はい……」

急に視界が明るく開け、体が軽くなった。
目の前には、茜から取り上げた籠を片腕に抱えた土方の姿。

あ、笑ってる。

一体何を言われるのか不安だった茜は、心の片隅で土方のその表情に少し安心した。
少し気持ちが落ちつくと、土方が籠を抱えたままなのに気付いて、慌てて籠に腕を伸ばした。

「あの、それ汚れ物なんで、返してください」
「ああ。重いんだろ?」
「いえ、そうじゃなくって!」

からかうように籠を遠ざけ部屋に戻る土方を追い、つられて茜も部屋へ上がった。
土方は床にカゴを置くと腰を下ろし、入口近くに立ったままの茜を見上げた。
部屋に入ったものの奥までは入れず、座ることもできず、茜は所在無さ気に視線を動かしている。
その様子につい口元が緩むので、土方は意識して声のトーンを下げた。

「ま、座れよ」
「はい」

トーンを下げ過ぎて、「ま」で声が不自然に枯れてしまい、咳ばらいでごまかす。
茜は開いたままの襖の前に、そっと腰を下ろした。

「さっきのさ…、アレは何だよ?」
「いえ、あの、深い意味とかはなくって、でも嘘じゃなくて。私……本当に土方さんのことを優しくて大好きな人って思ってて」

ごまかしているつもりが「アレ」で通じているし、さっきよりもはるかに愛の告白っぽくなってしまい、茜は顔が真っ赤だ。

深い意味はないって、どう聞いても深い意味だろ?
それとも今時の若い女は、深い意味がなくても大好きとか言っちゃうのか?

少し落ち着こうと息を吐いた土方は、その時初めて自分が煙草を手にしていないことに気が付いた。
さっき外を歩く茜の気配に気付き、慌てて部屋を飛び出たのだった。
素早く立ち上がり文机に置きっぱなしだった煙草を手に取ると、再び元の位置に戻る。

コレがねェと、どうも落ち着かねェな。

早速くわえた煙草の煙をゆっくり吐き出せば、何だか急に余裕も出てくるから不思議だ。

「深い意味がねェなら、滅多なこと言うもんじゃねェよ」

茜の表情が変わった。
八の字になった眉毛に、土方はちょっと笑いそうになる。

全然隠せてねェよ、コイツ。

茜から目線を逸らして灰を落とし、緩む顔を引き締め直す。

「俺でも本気なのかって思ったくらいだからな」
「本気だったら、土方さん、困りますか?」

膝の上で拳を握り、茜は真っ直ぐ土方を見つめて尋ねた。
少し前のめりになって大きめの声で。
必死になっている茜を目の当たりにすると、格好つけてるのがバカらしくなってくる。

「別に困らねェよ?」

灰皿の上で手にしたままになっていた煙草を揉み消しながら、土方はそう答えた。

「え…? あの、それはどういう意味…です、か?」
「どういうって、決まってんだろ。俺もお前のこと気に入ってんだよ」
「気に入ってくれてるだけですか?」

なんでこれで通じねェんだ!
っとに最近の娘ははっきりしてやがるな。

雰囲気で察することなく、はっきりとした答えを求める茜に溜息をついた土方は、再び煙草を取り出しかけて、やっぱりやめた。

「そんだけじゃねェよ」
「……」
「俺もお前のこと……」

気に入ってる。
可愛いと思ってる。
泣かせたくないと思ってる。

今の気持ちにぴったり合う言葉が、なかなか見つからない。
目の前では茜が期待に満ちた視線を送ってくる。
土方は答えに悩むが、それより少しでも早く茜に笑ってほしい、そう思った。


「好き、だと思ってる」


まるで口にしない言葉なので少しつっかえてしまった土方は、しまったと思い茜を見た。
だが茜は何とも言い難い表情を浮かべ、そのあと見せた笑顔は本当にうれしそうで、急に綺麗になったようなそんな気がした。

もっと後ろめたい気になるかと思っていたけれど、そんなこともなく。
ただ少しだけ……。

アイツにもこんな顔をさせてやりたかったと、心の片隅でぼんやりと思った。

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あきゅろす。
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