鈍い奴
夜、ほどよく湿った森の中を二人で歩いた。
フランは無言だったし私も任務が終わってちょっぴり疲れていたから静かで、葉っぱが揺れたり枝から水がぽたぽたっと落ちたり、そんな森の音がしていた。
フランを見るといつものフランの顔で、淋しそうな馬鹿にしてるようなやる気ないようなそれらを混ぜ合わせたようないつものフランの表情だった。私の視線に気づいたフランは私の顔を見てそれから顔を上に上げて夜空を見た。私も夜空を見た。
「綺麗だなー。」
フランは深い深い紺色の空と、ちかちか光る星たちに向かって言った。私はフランの透き通った声が綺麗だと思った。でも空もとっても綺麗だった。
「なまえはー、」
「ん?」
「なまえは好きな星とかありますー?」
「う、あんまり星わかんないの。」
「そうですかー。じゃあー、好きな人とか居ますー?」
「んーと」
フランの口から恋の話なんて出ると思わなくてびっくりした。足元の木の根っこに突っ掛かってしまって、よっと前に足が出る。横に居たはずのフランは少し後ろで立ち止まっていた。チキチキ、森のどこかで虫が歌ってる。
「ミーはー、ずっと前から好きな人が居るんですよー。」
鈍感なんですよねーそいつ。フランは今度は地面を見て言った。ふぅん、そうなんだって言いつつ頭の中では思い付く限りのフランと知り合いの女の子を考える。4、5人くらいしかわからない。ううん、フランには私の知らないフランの世界があるから、多分――。
胸がちくちくした。
「で、なまえは居るんですかー?」
フランの声が私のすぐ横でした。目の前では森が開けて、城が月明かりにほの明るく薄青く佇んでいる。
「好きっていうか、気になってる人は居るよ。」
「誰ですかー、それ。」
「えー、秘密。」
隣に居る訳で。恥ずかしくて笑ったらフランは私を見た後何か考えていた。紺碧の空をもう一度見上げたら、端の方がほんのりと青くなっている。フランはそれ以上は聞いて来なかった。
城に入るとさっきまでの森の匂いではなく城の匂いに包まれる。二人でボスに報告を終え、カツコツと廊下を歩いていると隣のフランがふわぁ、とあくびをした。それは直ぐに私に移って私も同じくあくびをした。
「フランお疲れさま。」
「お疲れさまですー。」
冷たい夜の廊下で二人の足が止まる。別れ間際にちょっと寂しくなるのはいつもの事で、不思議な感覚だと思った。フランは何かまた考えてるみたいだった。私がポケットに手を入れると、何か入っていて、見るとフランが任務に行く時に持たせてくれた物だった。
「これありがと。返すね。」
「あー。忘れてましたー。」
ものすごい電流が流れるとかいうちっちゃい箱型の道具を返した。フランは任務の時にいつも貸してくれる。でも間違えて自分が怪我しそうだから私は任務の度に返す。
「それって使ったらどうなるのかな?」
「やってみますかー。」
言うなり私の頭にくっつけるフラン。スイッチを親指で押そうとする。ちょっと!やだやだと言うと口角を上げて酷く楽しそうに笑ったフランの顔が見下ろして居た。
「大丈夫ですよー。なまえ鈍いから電気感じないと思いますよー。」
フランがあんまり近寄って来たからドキドキして、押し返したらすっと避けられた。
「うわっ!」
転びそうになったらフランは今度は避けずに、両手を握って地面に近づく私を止めてくれた。フランの手は私と同じ温度みたい。右の手と左の手がしっかり掴まれて、なかなか離れない。1秒2秒と時間が経つ事に、頬だけじゃなく指先も赤くなるような気がする。
「ありがと。」
ドキドキしたけどそう言ったらフランはぱっと手を離した。顔を逸らして廊下のガラス窓を見ると柔らかい明け方の光が見える。今日の朝焼けは淡いピンクオレンジで、フランを見ると頬がちょっと赤くて、可愛いくてかっこよかった。
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