Bright and Right 目の前には視界いっぱいに、悠然と広がる水平線。 船首の上で胡坐をかいて前を見据える少年はまだ幼いようで逞しい。 その背中を後ろから眺めるのが、常だった。 Bright and Right ------------------ その日は、だいぶ安定した気候の海域だった。 サニー号は今日も今日とて賑やかで騒々しい。 「…しっかしよォ、あいつはホントに見晴らし良い所が好きなんだな」 アクアリウムバーにて一息ついていた所、しみじみとフランキーが呟いた。その言葉に、居合わせたナミはそうね、と同意した。 「前の時は船首が特等席だったらしいじゃねぇか。せめてもう少し座り心地よく作ってやりゃ良かったな」 サニー号の船首は以前のように座る事はできない。新たな特等席は何処が丁度良いかと探しあぐね、ルフィは色んな所に座った。 最近ではたいてい、甲板の欄干か、展望室か測量室の屋根に居る。 「…あら、気にする事じゃないわ。そんな事」 「そうかァ?」 気の利くコックが用意してくれた特製マーマレード入りのソーダを飲み干し、グラスを置いてナミは立ち上がった。ごちそうさま、とキッチンに居るサンジに言って、みかん畑へと向かう。 「…あんたって猿みたいよね」 測量室と大浴場の上。その屋根に寝そべるルフィに、木の剪定をしながら声を掛ける。肌をそよぐ潮風が気持ちいい。 「馬鹿と煙は高い所が好き、って言うけどホントね」 「…んー?褒めてんのかそれ?」 聞き捨てならない言葉に反応したが、ぽかぽかと日差しが暖かいので大きな欠伸を一つした。 「そんな所にいて、落ちても知らないわよ」 「ししし」 呆れたような口調のナミに、いつもながら呑気にルフィは笑った。どことなく嬉しそうにも見える。 まったく、馬鹿の考える事など考えるだけ無駄だ、とナミは改めて思う。 「…あ」 吹き抜けた風に違和感を感じ取って、ナミは頭上を確認した。折角穏やかな晴れ間だったのに、もうすぐで雨雲がやってくるようだ。恐らく嵐とまではいかないだろう。せいぜいスコール程度だ。 「ルフィ、もうすぐ雨が降ってくるわ。降りなさいよ」 「…、んぁ?」 麦わら帽子で顔を覆い、丁度うとうとしてきた頃だったのでルフィは寝ぼけたまま応えた。 剪定道具を片し、ナミは船内に向かう。雨雲が通過するが、大した事無いとクルーに告げた所で、ぽつぽつと雨が降り始めた。 測量室に戻り、次第に強くなっていく雨音を聞きながら、窓の外を覗く。 そこには何故か、嬉しそうに空に向かって唄う陽気な馬鹿の姿があった。 「…なにやってんだか」 大切な麦わら帽子は見当たらないので、船内に置いてあるのだろう。 雨脚が弱くなったところで、タオルを持って外に出た。 「ほんとにただの通り雨だったなー」 「何を期待してたのよ」 ほどなく雨は上がり、暗かった空が少しずつ明るくなっていく。雲の流れは速さを増して、頭上を通過してゆく。差し出したタオルを受け取り、ルフィは嬉しそうに遥か彼方を指差した。 「ししし!…ほら、見ろよあれ」 つられて方角に目をやると、鮮やかな虹のアーチが水平線に浮かんでいた。くっきりと見えるプリズムが七色の半円弧を描いている。 「……きれい」 眼前の美しい光景に、ナミの口元が綻ぶ。満足げにルフィは欄干に腰掛け、空を見上げた。 厚い雲が千切れ、隙間から光が梯子を下ろすように降り注ぐ。 いつのまにか太陽は西の水平線の間際に傾き、海の端を赤橙に染め始めていた。 「な?」 「うん」 ナミはルフィの隣に立ち、欄干に肘を付いて寄りかかった。ふと、特等席についてフランキーが気にしていた事を思い出す。 「ルフィ」 「ん?」 名前を呼べば、すぐに振り返る。その横顔の精悍さにいつからか不覚にも見惚れてしまっていた。 思えば、メリー号の時は、そう。 「…私ね、後ろからあんたの背中眺めるのも好きなの」 「うん?」 いつのまにか当たり前になっている、あまりに自然なその関係に。 「でもやっぱり、隣に一緒に居られる今の方が好きだわ」 しみじみと嬉しそうに呟くナミに、ふうん?と返してルフィはまたいつも通りに笑った。 end. 綾瀬ユウキ 2010/12/12 [*前へ] [戻る] |