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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
本編29
 メタルマメモンさんの言葉に、ロゼモンさんは目を丸くした。
「大きい姿やガイコツはダメって……それだけ?」
「はい。冷静に考えれば、義姉が俺の弟を好きになっちゃっている、それだけですから」
 メタルマメモンさんはショックから立ち直ったらしく、頷く。
「そうかも……ううん、でも……」
 頷き、それでもロゼモンさんはまだ戸惑っている。
 私達の目の前では、メタルファントモンとサイクロモンが壮絶な戦いを繰り広げている。メタルファントモンはそのエネルギーの刃の鎌を振り回し、サイクロモンに容赦の無い攻撃を繰り出す。サイクロモンはその口から超高熱レーザーを放出させるけれど、メタルファントモンの鎌はその攻撃を避け、サイクロモンの体を切りつける。
 サイクロモンは唸り声を上げ、戦闘意欲を高めてなお攻撃をしかけてくる。メタルファントモンが繰り出す攻撃もその全部が当らないこともあって、外れた時には砂時計の周囲の森を破壊してしまう。森の木々にメタル
ファントモンの鎌が触れるたびに、草木も咲き乱れる花もエネルギーの欠片と化して砕け散る。
 メタルファントモンの攻撃は、あまりにも容赦が無かった。それを見つめるメタルマメモンさんは苦々しく呟く。
「ウィザーモンさんの言う通りにあの砂時計の中身も、メタルファントモンも、どちらも助けられるといいんですけれど……」
 メタルマメモンさんは少し表情を曇らせる。ロゼモンさんも少し表情を暗く、
「難しいでしょうね」
 と頷く。
「ええ、それに……義姉上には辛いでしょうけれど、シードラモンと同じかもしれないですから」
「同じ?」
「はい。シードラモンは記憶を無くしてしまった。メタルファントモンにも同じ事が起きているかもしれない……」
「まさか……!」
 ロゼモンさんは言葉を失う。
メタルマメモンさんは
「義姉上」
 とリリスモンさんを呼ぶ。呼びかけられ、リリスモンさんはメタルマメモンさん達へ視線を向ける。
「ショックを受けないように先に伝えたいのですが……」
「何?」
 機嫌良くリリスモンさんは返事をした。メタルマメモンさんは一瞬、言うべきか迷ったみたいだけれど、話し始める。
「メタルファントモンは記憶の欠落を起こしている恐れがあります。一部、もしくは……全部……」
 それを聞いてリリスモンさんはわずかに表情を曇らせる。
「そう……」
「シードラモンがそうだったように、俺達のことは覚えていない恐れがあります。義姉上のことも覚えていないかもしれません……。他にも何かデータに障害を起こしている場合もあります」
「……」
 リリスモンさんはほんの少し視線を揺らしたけれど、
「そうね。覚悟しておくわ。ありがとう」
 と言った。
「聞き入れていただき感謝します」
 メタルマメモンさんは、さっと頭を下げる。
 リリスモンさんは目元をわずかに緩める。
「私は出来の良過ぎる義弟を持って幸せね。時々、殴りたくなるほど小憎らしいけれど」
「俺には余るほどの誉め言葉ですね。でも殴られるのはご容赦を……その爪でやられたらまた死にかけますから」
 リリスモンさんは微笑む。
「貴方は私の自慢の義弟よ。そう何度も死にかけては困るわね。――メタルマメモン、男らしく生きなさい。――返事は?」
「はい。『女々しいぐらいなら潔く腹でも切りなさい』、でしたね」
「そうよ。貴方は貴方のやりたいことを、やりたいようにすればいい」
「はい」
 メタルマメモンさんは義理の姉弟といっても年齢が離れているみたいだから(リリスモンさんが年齢不詳だからどれぐらい離れているのか解らないけれど)、学校の先生と生徒の関係のようにも思える。
 離れた場所にいたリリモンさんが、
「あの……」
 リリスモンさんに訊ねた。
「何?」
「あの……質問したいことがあります……」
 リリモンさんは、リリスモンさんのいる方へ軽やかに飛んだ。近付き、羽ばたきながらリリスモンさんから少し離れた場所に浮かぶ。
「ファントモン――メタルファントモンから忘れられること……怖くは無いんですか? 不安にならないんですか? あの……どうしてそんなにあっさり言えるのかと疑問に思えてしまって……だって、忘れられてしまうなんて……辛くないんですか? 貴女は七大魔王と言われるぐらい強いから、だからですか……」
 リリモンさんは話しながら、リリスモンさんの視線を恐れるように下を向いてしまった。
「相手の顔を見て話すべきでしょう?」
 そうリリスモンさんに言われ、
「すみませんっ」
 リリモンさんは慌てて顔を上げる。リリスモンさんは怒っていない。それどころか微笑んでいる。
「私が怖いみたいね。ベルゼブモンと話をするぐらいの気安さでかまわないわよ」
「あ……あの……いえ、そんな……」
「七大魔王と解ると、たいていの者がそういう反応をするわね」
 リリスモンさんは少し寂しそうな顔になる。
「すみません、あの……」
「それは悪いことじゃないわ。自己防衛には必要でしょう? 安心しなさい。私は無闇に命を奪ったりはしないわ」
「すみません……」
「何度も謝ることないじゃない? 私も貴女ぐらいかわいらしく生まれたかったわね。物心ついた時にはもう、こうだったから……」
 そういうリリスモンさんに対して、
(うわ、小さい頃から究極体ってこと?)
(そう聞きましたよ、俺は)
(ああ、あれのミニサイズだったらしいぜ)
(ミニ!?)
(冗談でしょう?)
 と、周囲でこそこそと小声が聞こえ出す。それをリリスモンさんは聞かないふりをして、
「そうね――怖いわよ」
 とリリモンさんに微笑む。
「え……」
「忘れられることは怖いわ。……? 貴女、変な顔しているわね? 貴女が私に訊いたことでしょう? 答えになっていないのかしら?」
 リリモンさんは焦りながら、
「えと……あの……」
 と戸惑っている。言葉を選んで四苦八苦している様子のリリモンさんに、リリスモンさんは問いかける。
「忘れられてしまったなら、また覚えてもらえばいいでしょう? 貴女ならどう思う? そう思わないのかしら?」
「また覚えてもらう……ですか……?」
「ええ」
 リリスモンさんは頷く。
「そんな、でも……そうは思ったんです、最初は……でも……!」
 リリモンさんはだんだんと、必死になって話した。それに対して、リリスモンさんは頷く。
「そう……そう思えてきたのね。迷いはいつでも生じて当然のものよ。迷ったなら、考え抜くのもいいし、迷うままに進んでもいい。時々立ち止まりながら進んでもいい。生き方は自分の自由になるのよ。幸せなことよね?」
「はい……」
「私はずいぶん長い間生きているのよ。長く生きていると色々あってね。久しぶりに会ったデジモンのことを忘れてしまっていることもあるわ。逆に私のことを忘れてしまうデジモンもいるわ。そういう時はお互いに、また覚えればいいでしょう?」
 リリスモンさんはそう言うと、自分の右手――黄金色の金属で覆われたそれを眺める。
「忘れられてしまうことは悲しいわね。けれどもっと悲しいことは世の中にたくさんあるわ。例えば……『また覚えてもらうこともしてもらえなかった』、かしら?」
「……そんな!」
 絶句するリリモンさんに、リリスモンさんは涼しげな瞳を向ける。
「私はそういう経験もあるの。ほら――貴女はまた覚えてもらっているじゃない?」
「私?」
 そう言われたリリモンさんは思わずシードラモンさんへ目を向ける。
 シードラモンさんは――何だかとても機嫌が悪くなっていた。マコトくんが苦笑している。
「リリモンさん、話が終わったら帰ってくるよ」
 そうマコトくんは言いながら、シードラモンさんの頭を撫でている。氷の鎧はそれでも、怒りの感情を反映して青くほのかに輝く。
 シードラモンさんはリリモンさんを睨み、
「グルゥゥ……グルゥゥゥゥ……」
 低く唸り声を上げている。
「どうしたの? シードラモン……?」
 リリモンさんは驚く。
「自分を残して貴女が私のところに行ってしまったのはなぜなのかが解らないみたいね。ほら、彼が暴れださないようにしなくちゃ……」
「は…はいっ……!」
 リリスモンさんに促され、リリモンさんは急いで戻る。
「シードラモン……」
 リリモンさんはシードラモンさんの顔の前に浮かぶ。
「えっと……ただいま……。あの、ね……また覚えてくれているの……?」
 リリモンさんは戸惑い訊ねるけれど、
「グル……?」
 今度は、どうしてリリモンさんが戻ってきたのかが解らないみたいで、シードラモンさんも戸惑って瞬きをする。唸り声は恐ろしい、海底から響くようにくぐもった低いものだけれど、なんとなく可愛くも感じる。
 その様子を、
「……?」
「……?」
 メタルマメモンさんとロゼモンさんは複雑そうな顔をして見て、顔を見合わせている。
「本当に大丈夫? リリモンのことまた覚えているって……本当かしら?」
 ロゼモンさんはメタルマメモンさんに問いかける。
「さあ、解りませんが……」
 メタルマメモンさんは
「リリモンさん、その……一つ質問しますけれど、」
 と、リリモンさんに声をかける。
「こっちの世界に来てから、シードラモンに会ったんですよね?」
 リリモンさんはその問いに
「ええ、そうよ。私は最初、マコトくんと一緒にいて……」
 と答える。
「そうですか? それにしてはなんとなく……」
 首を傾げメタルマメモンさんは、ロゼモンさんに問いかける。
「そんなに長くリリモンさんと一緒にいたと思えないのに、なんとなく……変な気がするんです」
「そうよね……メタルマメモンのことは忘れているのに、最後まで一緒にいたからってリリモン達のことは覚えているっていうのも、ちょっと何かが違うような気がしてきたわ」
 メタルマメモンさんは考えながら話す。
「アイツはずっと奈良にいたはずだけれど……。ああ、でも東京と奈良を行き来していた可能性はありますね、シードラモンの元々の能力なら海、もしくは空を使えば短時間で行き来出来る。もしかしてリリモンさんと会ったことあるのかも?」
「え? それはないと思うわ」
 リリモンさんは考えることもしないで即答した。
「そうですか。それなら――性格も変わったのか?」
「?」
「誰かに対してそういう態度取るようなヤツじゃないんです。けれど……まさか本当に、生きてきた今までの全ての記憶が消えてしまっているのかもしれませんね……」
 メタルマメモンさんはそう言い、がっくりと落胆する。
「俺のせいなのか……」
「メタルマメモン……」
 ロゼモンさんはどう声をかけていいのか解らなくなってしまっている。
 リリモンさんは、シードラモンさんを見つめる。
「本当に何もかも忘れてしまっているのかもしれないわね……」
 シードラモンさんの頭の上でマコトくんは考え込む。
「大学行っていたんだよね? 授業内容も全部忘れてしまっているなら大変だよね……」
 それを聞きベルゼブモンは溜息をつく。
「そりゃ悲惨だ」
「我もそう思う」
 その隣でアンティラモンも溜息をつく。
 ベルゼブモンは、
「問題が多いな――――ったくよぉ! ああ――とにかく! あの砂時計の周りでサイクロモンと戦っているメタルファントモンをなんとかしようぜ? そのうち、あの砂時計ごと破壊されそうだか…ら、って……あ――――――――!」
 突然、ベルゼブモンが叫んだ。彼が指差したその先を見て、
「あ――っ!」
 私も叫んだ。
 メタルファントモンが、その手に持つ鎌を一閃させる。振り上げ、斜めに切りつけたその刃の攻撃は、砂時計から伸びるコードをスッパリと切り裂いたっ!
「ええっ! 切れるの!?」
「切れたっ!」
「切っちゃった――っ!」
 皆驚き、声を上げた。
「なんということをするの――」
 瞬時に、リリスモンさんが姿を消した。そして、メタルファントモンのすぐ傍に現れる。
 コードの切り裂かれた場所から、デジコアの欠片から抽出されたエネルギーが噴き出す。
「大変なことに……!」
 ウィザーモン先生もそちらへ飛ぶ。まるで大量の水を放出しながらうねるホースのように、コードが大きく波打ち始めた!
「チッ!」
 ベルゼブモンが飛び、砂時計が倒れて壊れないように支えようとする。ところが、
「何っ!?」
 ベルゼブモンの体が、強力なエネルギーに押し戻された!
「これは何だ!? 壁か?」
 ベルゼブモンがその辺りを殴るけれど、ぐにゃぐにゃとした何かが行く手を阻んでいるみたい。
「バリアーじゃねぇぞ!? くっそー! ふざけやがって!」
 ウィザーモン先生も
「うわっ!」
 と弾き飛ばされる。
「ウィザーモン!」
 エンジェウーモンさんが風を切って羽ばたき駆けつける。
「どうしたのよ!」
 ウィザーモン先生はぐにゃりと柔らかい空気の膜のようなそれを触りながら、
「これは……!」
 と驚き声を上げる。
 アンティラモンがベルゼブモンのいる辺りへ、体当たりする。何も無い空中のはずなのに、そこに何かがある!
 サイクロモンが不気味な笑い声を響かせる。
「その砂時計の傍に近寄ることなど出来ない! オマエらのデータは全て、異質なる存在として排除するようプログラムされているんだからな!」
 そう大声で笑う。
「なるほど、空気の膜ではなく、磁場のようなものですか!」
 ウィザーモン先生が声を鋭くする。けれど、
「……で、あの方達はなぜあの場所にいるんです?」
 と、砂時計の方角を指差す。ぎょろりと片目を動かしてそちらを見たサイクロモンは絶叫する。
「――そんなバカな! メタルファントモンのデータは未入手だったから排除プログラムに引っかからないのは解る! だが、なぜだっ! リリスモン! なぜキサマも近づける――?」
 そう! リリスモンさんはメタルファントモンの隣に、すでに高速移動して現れているのだから!
「なぜだっ!」
 そう言われてリリスモンさんは、
「こちらこそ、そんなこと言われても言葉の返しようがないわ」
 と呆れたように空中に佇む。
「そんなことより、これをどうしたらいいの?」
 リリスモンさんは左手でコードの裂け目を軽く押さえるように支えてみている。
「これで……」
 どうかしら、と見守っていると、コードの裂け目は瞬く間に塞がり、流れはあっさりと正常に戻っている。砂時計の揺れも収まる。
「さすが!」
「これはすごい!」
 皆が口々に歓声を上げる。ベルゼブモンは
「何でオマエらだけ近づけるんだよ!」
 憮然として声を荒くする。
「こちらがその理由を知りたいわ……」
 呆れ顔のリリスモンさんはコードから手を離す。それから突然、真顔になった。
「――どうしたの?」
 そう問いかける視線の先に、メタルファントモンがいた。
 メタルファントモンはリリスモンさんを見据えている。
「私のことを完全に忘れてしまっているようね……」
 寂しげに言うリリスモンさんへ――メタルファントモンが突然、その手の鎌で切りかかった!
「義姉上!?」
「リリスモンッ!」
「リリスモンさんっ!」
 メタルマメモンさんやベルゼブモン達がそちらに近付こうとして、砂時計からやはり弾かれるように排除される。
「義姉上っ!」
 メタルマメモンさんが見た先にいたリリスモンさんは――微動もしていなかった。
「どうしたの?」
「……」
「切らないの?」
「……」
 リリスモンさんの額のすぐ前で、その鎌の刃は止まっていた。鎌の刃は柄の先から噴出するエネルギーで出来ている。リリスモンさんの顔を青白く照らしている。
 眩しいその光をリリスモンさんは見ていなかった。その涼しげな視線が見つめるのはメタルファントモンのガイコツの顔だけ。
「もう終わりなの?」
「……」
 メタルファントモンは、リリスモンさんを見据える。リリスモンさんは、
「もしも私を本気で殺そうと思うのなら、その迷いは捨てなさい」
 と言った。
 それを聞いたメタルマメモンさんが
「義姉上っ!?」
 と声を上げたことには目も向けず、声もかけない。無視しているわけではなくて、聞こえていないみたいだった。メタルファントモンの一挙一動に全神経を集中させている。
「……」
 メタルファントモンはそう言われてもなお、無言だった。
「私を殺そうと思うのなら、その鎌では無理ね。私は普通の方法では死なないわ。その鎌は通常のデジモンの魂を刈り取ることは容易いでしょうけれど、私には工夫が必要よ」
 メタルファントモンは、サッと鎌を回転させる。数回回し、そしてリリスモンさんの首筋にその刃を当てた……!
「メタルファントモンッ!」
「義姉上っ!」
 アンティラモン、そしてメタルマメモンさんが叫ぶ。
 リリスモンさんはそれでも動じてはいなかった。
「私の言っていることは理解出来ないの?」
 リリスモンさんの首元には飾りと防具を兼ねる金属のような飾りがあるけれど、それ以上に保護するものは何も無い。大きく胸元も肩も露出させるセクシーな衣をまとっているので、すごく危険! それなのに、メタルファントモンだけを見つめている……。
「こんなことをしても無駄。お止しなさい」
 メタルファントモンはそれには応じない。
「メタルファントモン」
 名を呼ばれ、メタルファントモンはわずかに頭を揺らした。
「メタルファントモン。その手に持つ鎌では私のデジコアに傷さえ付けることは出来ないわ。お止しなさい」
 メタルファントモンは動かない。
「お止しなさい」
 リリスモンさんは根気良く、言い聞かせるように言った。
「……」
「アナタが本当にやりたいのは、サイクロモンを倒すことでしょう?」
 そう言われ、ようやくメタルファントモンはその鎌を下ろした。
「……ちょっと熱かったわ」
 リリスモンさんは苦笑し、左手を首筋にそっと当てる。
「私に刃を当てるなんて、アナタ、有名になってしまうわよ?」
 冗談交じりにそう言うリリスモンさんは、首筋から手を離した。その手
を、メタルファントモンが掴んだ。
「……!」
「何っ!」
 近付くことが出来ないメタルマメモンさん達が息を飲む。けれど、
「今度は何?」
 リリスモンさんは動じない。
「私に興味があるの? それは面白いわね。私のこと覚えていないんでしょう?」
 メタルファントモンは肯定も否定もしない。
「手を離しなさい。私に興味があるのなら後で遊んであげる。――サイクロモンを倒したいんでしょう?」
 メタルファントモンはまた、急にリリスモンさんの手を離した。
「そうよ。アナタはサイクロモンを倒したいのよね? ほんの少し前に思っていたことを忘れるの? 困ったわね……」
 そう言いながら、リリスモンさんはそんなに困っていないように見える。むしろ今の状況を楽しんでいるみたい。
「忘れないように、何か……」
 リリスモンさんは少し考え、すぐに、
「こうしましょうか?」
 と、ぽんと手を打つ。そして、自分の結い髪に挿す何本かの簪(かんざし)のうち、一本を引き抜く。
「忘れたらこれを見なさい。思い出すように」
 メタルファントモンの目の前にかざす。
「この簪、綺麗でしょう?」
 紅色の玉飾りのついたそれを、
「動かないで」
 と、メタルファントモンのまとう漆黒のローブの襟元に挿し付ける。
「これを見たらサイクロモンを倒すことを思い出しなさい」
 そう言われ、メタルファントモンは簪とリリスモンさんを見比べる。
「解ったら、頷きなさい。はい、下を見て……はい、顔を上げる。そうそう、大変けっこうよ……」
 そう言われ、メタルファントモンは言われるままに頷いた。
「では、ケガをしないように行ってらっしゃい」
 そう言われたメタルファントモンは――けれど、今度はリリスモンさんの前から動かない。
「融通が利かない……」
 リリスモンさんは呆れ顔で、でも楽しそうに、
「ほら、さっさと行ってきなさい」
 と軽く、追い払うように手を振った。ようやくメタルファントモンはサイクロモンへと向かって飛ぶ。
 見ていることしか出来なかったメタルマメモンさんは、リリスモンさんに問いかける。
「大丈夫ですか?」
 リリスモンさんは頷く。メタルファントモンに掴まれていた手を眺める。その手は――黒く濁った色に変色している。
「義姉上!?」
「いいえ、これぐらいなんともないわ」
 リリスモンさんの言葉は嘘じゃなかった。見る間に、元のきめ細かい美肌に戻る。
「ほらね。うふふ……素晴らしい身体でしょう?」
 なんともないように振って見せる。
「メタルファントモンはこれで心配いらないわよ。この砂時計は私にまかせて。どこかがまた破損したら、私が何とかしましょう。貴方達はサイクロモンを倒しなさい」
「はい!」
 メタルマメモンさんは頷き、サイクロモンへ向かって飛ぶ。
 リリスモンさんはそれを見送り、今度はウィザーモン先生に問いかける。
「どうして私だけこちらに来ることが出来たのかしら? 貴方も来られないの?」
 ウィザーモン先生は離れた場所に留まったままだった。
「どうやら我々のデータはここに辿り着くまでに解析されているようです」
 リリスモンさんは首を傾げる。
「それなら私もじゃない?」
「そう思うんですが、けれど……」
 ロゼモンさんが気付く。
「もしかして! 私のエネルギーを奪った時に……?」
 そう言うロゼモンさんに
「うちの義姉が貴女に何かしたんですか!?」
 と、驚いたメタルマメモンさんが空中で急ブレーキをかけるように止まる。
「ちょっとエネルギー分けてもらったのよ。後でほとんどお返ししたけれど、原因はそれかしらね……?」
 リリスモンさんはそう言いながらもまだ首を傾げている。
「後で話すから、とにかくサイクロモンを倒してきなさい」
 メタルマメモンさんは怒っているみたいだけれどそう言われ、渋々頷いて、またサイクロモンへと飛ぶ。
 リリスモンさんはウィザーモン先生に
「ウィザーモン、こっちの砂時計、どうしたらいいのかしら?」
と訊ねる。
 ウィザーモン先生は
「そっちを外せますか? ええ、そこです……」
 と指示を出す。言われるままにリリスモンさんはコードの先――地面に刺さる側に『黄金の魔爪』をかざした。コードは黒ずみ、ぼろぼろと崩れ始める。
「エンジェウーモン、手伝って下さい」
「解ったわ」
 エンジェウーモンさんが砂時計から発するエネルギーの情報を解析し、ウィザーモン先生に伝える。それを元に砂時計の機能を停止させる準備は進められる。
 サイクロモンは怒り狂い、攻撃を始めた。
「勝手なことをさせるかっ!」
 けれども、
「好き勝手にやるのがオレらの上等手段だ」
 ベルゼブモンが突然、ブーツのホルダーからショットガンを引き抜き、放った。それを合図に皆は一斉に攻撃を始める。
「きゃあ――っ! キュウビモン! 私、下に下りたほうがいい?」
 私は攻撃を避けて揺れるキュウビモンの背中で、舌を噛まないように気をつけながら声をかける。
「この空間には、留姫を下ろしておけるほど安全な場所は無い。私の背にこのままいた方が安全だろう」
 キュウビモンが苦々しく返事をする。
「同意見だ」
 ドーベルモンさんが、背中にアリスを乗せたまま空を走る。アリスは必死にしがみ付いている。けれどアリスの体力じゃ、振り落とされてしまいそう。

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