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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
本編26
「え……まさか……!?」
 メタルマメモンさんは驚き叫ぶ。
「義姉上が探し続けた存在がファントモンだった、なんて言わないで下さいよ? ファントモンは女の子でしょう! 俺の兄弟とも言えるぐらい同時に誕生したデジタマだと『金髪』は言っていたんです! つまり人間でいうところの双子に近い存在で――本当の兄弟……つまり姉か妹なんです!」
「……」
 美女は黙っている。メタルマメモンさんはいよいよ、真っ青になる。
「正気ですか? どうしてそんなことを思うんです! あのですね、それはちょっと……俺にとっては困ることなんですけれど! もちろん義姉上の恋路の邪魔をするつもりはありません! でも……!」


「ベルゼブモン――!」
 アンティラモンは、じっとりとベルゼブモンを横目で見る。
「……話したの、ベルゼブモン?」
 ベルゼブモンは大きく溜息をついた。
「あのさ――俺が言い出す前に、コイツはファントモンを探し当てたぞ」
「それは本当?」
「俺ばっかりがいつも悪いんじゃねぇよっ」
 とぼやく。アンティラモンはそれでも、疑いの眼差しを崩さない。
 ウィザーモン先生が
「あの……」
 と、こっそり手招きするような素振りをした。そちらに近付いたアンティラモンに遠慮しつつも訊ねる。
「もしかして――ファントモンが見つかればファンロンモンの元へ返される……ということなのですか? 違いますか?」


(――えええ!?)


 皆、絶句した。
 訊かれたアンティラモンは大きく頷いた。
「その通り。ファンロンモンの聖域で保護される。我はずっとそう願っていた。ファンロンモン達も今一度、その目で無事を確かめたいと切実に願っている。ウイルス種・ゴースト型に育ってしまったが、それでも皆の願いは揺るがないと思う。
 『どんな姿でもいい』と慈悲深いファンロンモンはとても……」
 アンティラモンはそう言いながら、そう言われた時のことを思い出したみたい。
「……とても御心を砕かれていたのだ……」
 消え入りそうにそう呟く。その瞳が潤む。
 その言葉に、ウィザーモン先生は――がくりと肩を落とした。
「時既に遅し、でしょう」
「え?」
「あの……『黄金の魔爪』で『指きり』をされましたが、どうしましょうか?」
 とウィザーモン先生は問い、アンティラモンは
「…………………………………………」
 と、たっぷり絶句した。
 ――そういえば、最初に美女に会った私達以外は『指きり』のこと知らないのよね?
 マスターは
「なんと……!」
 と唸り声を上げ、ベルゼブモンは
「なんだそれっ! どこをどうしたらそこまでやるんだ!」
 と、世にも奇妙なものを見つめるような、変な顔をした。
「オマエはファントモンのことを女だと思って、その物騒な爪で『指きり』しやがったのか……!?」
 そう言うベルゼブモンに、
「だから言っているでしょう! 私は男でも女でもかまわないって! 本気よ!」
 と、美女が鋭く言い放つ。
「うへぇ……マジかよっ」
 ベルゼブモンはさらに呆れた顔をする。
 ロゼモンさんは不思議そうな顔をしている。
「『指きり』って、『指きりげんまん♪』の――あれのこと? そんなことでどうして大騒ぎになるの?」
 とロゼモンさんはメタルマメモンさんに訊ねる。
 ――そういえばロゼモンさんはあの時、エネルギーを奪われていたから知らないんだわ。
 メタルマメモンさんは血の気の引いた顔だった。上の空のような声でロゼモンさんを見つめる。
「義姉上の――『黄金の魔爪』は特別なもの。暗黒の力の象徴であり、強い絆の形の現れでもある。――つまり、生死を共に分かち合う伴侶だと決めた相手との誓いの証。義姉上は永遠に生き続ける存在で……それに一生付き添えと……!」
 私は思わず叫ぶ。
「そんな! だって……からかい半分でやっていたわよっ! ファントモンが怯えるのを楽しんでいるみたいだったもの。そんな重要な意味があるなんてっ」
 アリスだって
「不老不死ってことじゃないですかっ! そんな……あの場のノリみたいな状況でやっちゃっていいんですか!?」
 と声を上げた。
 ロゼモンさんは
「ええと……んーっと……それは――とてもファンロンモン達を怒らせてしまうんじゃないの? 違うかしら?」
 とメタルマメモンさんに更に問いかけた。けれど、
「…………」
 メタルマメモンさんは放心してしまっていて答えられない。
 代わりにリリモンさんが、
「見方によってはラブロマン〜!だけれど、ファンロンモン怒らせたら大変じゃない……!」
 と言い、とうとうこの世の終わりが来たかー!、といった顔をした。
 美女は思案に暮れ、視線を泳がせる。
「私は……ファンロンモンや四聖獣達を敵に回すつもりは無かったわよ? 知らなかったんだもの。あの時は……なんとなく、それこそフィーリングっていうか……。ああ、もちろん、あの子を賭けるというのなら戦うけれど……でもどうしたらいいのかしら?」
 そう勇ましく言いながらも、迷っているみたい。
「あの、それって……でも、そんな方達を相手にしては……!」
 ロゼモンさんが焦りそう話しかけると、美女は肩を竦める。
「そうね、でも私も負けるつもりはないけれど」
「えええっ!」
 ベルゼブモンはロゼモンさんに、
「ああ〜そいつはイイ戦いになるなぁ。デジタルワールド破壊? ついでにいくつも次元が吹き飛ぶだろっ」
 と呆れた声を上げる。
「デジタルワールド破壊しちゃったり、次元が吹き飛ぶって? どうして?」
 とリリモンさんが訊ねる。
「そりゃ、オレと同じだから」
 ベルゼブモンはそう言った。
「同じ?」
「ああ、そーだ」
「ええ?」
「だからオレはソイツと知り合いなんだって」
「同じ……同じ? ええっ? って、えええええ――――っ!」
 リリモンさんは声を上げる。
 マコトくんが心配そうな顔になる。
「ベルゼブモンと同じだと大変なことなの?」
 と問いかける。リリモンさんは慌てて、
「だ、だって…………七大魔王の一人ということでしょう?」
 と、後ろの方は声量を落として言った。
「七大魔王……!」
 ロゼモンさんもとても驚いている。
「七大魔王!?」
 アイちゃんは驚いてベルゼブモンを見つめる。
「そんなに悪いことしたの!」
「あのなー! 今は何もやっちゃいねーって」
「ええっ! じゃあ、昔は?」
「まあ多少は……」
「多少? 多少って、どれぐらい?」
「……ちょっとだ、ちょっと」
「ちょっとでそんな風に呼ばれるわけないじゃない!」
 アイちゃんは驚いている。
 アリスは「信じられない……」と呟く。
「『七大魔王』ですって? 驚いたわ……」
 美女はアリスに微笑みかける。
「そうかしら? 私の方こそ貴女達のように私と対等に話せる人間がいることに驚いているわ。たいていの人間は深く私達を知ろうともしないで怯えて泣き叫ぶもの」
「そんな……」
「人間の世界に薬と毒があるように、陰陽があるように――私達はそういう存在なのよ」
「はい。『無い方が不自然で、世界の崩壊を招いてしまう』と。私は祖父からそう聞かされています」
「あら……そこまで知っているなんて。――アリスという名前だったわね?」
「はい、そうです。アリス・マッコイです」
「マッコイ? そう……そうだったのね。ロブは――貴女のおじい様とは何度かお話をしたことがあるわ。お元気かしら?」
 アリスは頷く。
「はい、元気です。貴女が七大魔王のうちの一人というのなら――リリスモンというお名前でしょう?」
「ええ、そうよ。私に敬語はいらないわ。勇敢な人間のお嬢さん」
 アリスは困ったような微笑みを浮かべた。
「少しだけ怖いと思っています。でも、実際に会えて良かったと思います。祖父からは、世界の――特に日本の骨董美術の話を良くされたと聞きました。不思議なデジモンだって」
「ええ、そういうものが私は好きなのよ。そうやって壺や屏風を眺めて江戸風鈴の音を聞いて……ガラス工芸が特に好きなの。世の平穏のためにも静かに暮らしている方がいいんだと思うの……。
 でも――ファントモンのことだけは……譲れない……。どうしましょう……」
 リリスモンさんは溜息をついた。
 アリスは戸惑い気味に問いかける。
「ファントモンのことを本気で愛しているんですか?」
「愛……そうね、そのとおりだわ。けれど私は……このような力を持っていても精神的には強さが足りない。愛する存在――そういう存在を作っては許されないの。だからむしろ、ファンロンモンはそのことを危惧されるでしょう……」
 樹莉は驚いて
「そんな、ひどいわ! 誰かを好きになっちゃダメだなんて! そういうことですよね? どうしてですか!?」
 と問いかけた。
「大切だと思ったその存在が無くなってしまった時、それに耐えられないのよ。私ほど強い力を持っているデジモンが暴走したら……取り返しのつかないことになる」
「あの……すみません、聞いてしまっていたんですけれど、……センチメンタル・ジャーニーだったって……」
 アリスがそう訊ねる。
 リリスモンさんはほんの少し困った顔をする。
「聞いていたの?」
「はい……ごめんなさい」
「いいえ、いいのよ。――昔の話、してもいいかしら?」
 リリスモンさんがアリスに微笑みかける。それがとても寂しそうな微笑みだったので、アリスは真剣な顔で頷く。
「はい」
「義姉上、そのお話は……」
 メタルマメモンさんは戸惑い、そう声をかける。けれど、
「いいの、もう……笑い話にしてもいいでしょう? そうして誰かに笑って話せるぐらい、私はもう大丈夫よ」
 とリリスモンさんは小さく頷く。アリスに
「昔ね、私なんかのことを愛してくれて、『結婚しよう』って指輪までくれたデジモンがいたの」
「ご結婚の約束を?」
「でも、私以外にも何人も他の方とお付き合いしていて……」
 聞いていたリリモンさんが思わず、
「それって二股、ううん、三股以上!? そんな……ひどいっ!」
 と拳をぎゅっと握る。
 リリスモンさんが
「私は承知していたの……」
 と言ったので、私達は仰け反った。
「えええっ!?」
「けれど、それでも好きだった……『本気で好きなのはきみだけだ』って言われると……。私、あの人のために、あの人の好みの女になりたかった……。
 でもダメ……結局、私より他のデジモンを選んでご結婚なさったわ。
 忘れられないわ……厳粛なチャペルで有名人招いての豪華なウエディングで、『きみも幸せになって』とか言われちゃって……頭の中が真っ白になっちゃって……」
「ひどい――っ!」
 アリスだけじゃなく、私やリリモンさん、樹莉もアイちゃんもエンジェウーモンさんまで、あまりにも身勝手な話なので怒った。
「ありがとう……ごめんなさいね、私ったら……。昔のことだもの、長く生きているとそういうこともあるわと思うようになったから、もう大丈夫なの……。
 とにかく、あの時はとても大変なことをしてしまったの。ファンロンモンも四聖獣達も私を警戒するわ。ファントモンにもそれは及ぶかもしれない。またか、と思われるでしょうから……。
 どうしてもダメならその時は……仕方ないわと思えばいい……。いつか思い出として笑い話に出来るでしょうから……」
 そう言い、リリスモンさんは気丈な微笑みを浮かべる。
「――あの! 私は思います。大切なものがあるから強くなれる時もあるじゃないですか! それじゃダメなんでしょうか? ファンロンモンというデジモンがそこまで偉大なデジモンだというのなら、話せば解ってもらえるんじゃないでしょうか?」
「……」
 リリスモンさんはアリスを見つめた。
「私はそう思います。――そうよね? 留姫!」
 聞く側だったのに、突然話しかけられたので私は驚く。
「ええ? ええっと……」
「そう思わない?」
 私の目は自然に、キュウビモンの瞳を探していた。キュウビモンは首だけ振り向き、私を見つめる。
 ――私もそうだ。キュウビモンがいるから、強くなれる!
 私は顔を上げ、
「はい、そう思います!」
 真剣にそう答えた。
 リリスモンさんは――――視線を伏せた。
「貴女達の言葉に感謝するわ。ありがとう……」
「リリスモンさん……!」
「私は……まず、ファントモンに会いたいわ。あのデジモンを助けたい。そのためには……どうしたらその願いが叶うのか考えなくては……」
 そう言い、大切に持っていた多面体を、傍近くにいた私に
「これを使ってリアルワールドへお行きなさい……。――手を出して。受け取りなさい」
 と差し出した!
「どうしてですか!?」
 私は訊ねた。
「私はファントモンの元へ行きたい。たとえ……ウイルスを作り出す存在になってしまったとしても、それに私が感染する危険があるとしても、もっと……最悪な事態に巻き込まれてしまっていたとしても……!
 さあ、受け取って……」
 と強く私に促した。
「でも……これを私達が使ったら、貴女は? リリスモンさんはどうするんですか?」
 私は必死に問いかけた。
「ウイルス発生装置の本体が別の……とても行けるような場所じゃないところにあるのなら、そこから帰ってくることは出来るんですか? それとも……もう二度と戻らないつもりなんですか?」
 リリスモンさんは一瞬、優しい笑みを浮かべている。けれどもそれはすぐに消え、いつもの気丈な、魔王に相応しい自信に満ちた表情へ変わる。
「私は七大魔王の一人。私に不可能は無いわ」
 メタルマメモンさんがリリスモンさんに訴える。
「それなら俺も行きます!」
「メタルマメモン……いいえ、それはいけないわ」
「俺はファントモンにもう一度会いたいんです! アイツが姉だか妹だか解らないけれど、たぶん妹だと思う。でも、だったら俺は兄として出来る限りのことをしてやりたい……!」
 ――っと。ここでまだ、ファントモンの明かされていない真実があった。
 私は、
「ベルゼブモン! 教えてあげた方がいいんじゃない?」
 と訊ねた。
「なんだ、オマエも聞いていたのか? そうだよな。やっぱ、そう思うよな?」
 ベルゼブモンは唸るように呟く。
「留姫さん? ベルゼブモン先輩? 何のことですか?」
 メタルマメモンさんは訝しげに問いかける。
 ベルゼブモンは
「あのさ――」
 と言いかけ、ふと、
「やっぱ、アンティラモン。オマエが言え」
 とアンティラモンに声をかける。アンティラモンは覚悟を決めた顔をした。
「ファントモンはデジモンの原種――元々の性質を濃く受け継いだデジタマから生まれたデジモン。だから――無性別。男性でも女性でも無い。今後は……育つ環境で左右されてしまうだろうけれど……」
 そう言われ、メタルマメモンさんは、
「……………………無…性別……どういうことですか、それ……」
 と、気を失いそうな顔をしている。
 他の皆――私とアリスはたまたま聞いてしまったから先に知っていたけれど、知らなかったアイちゃん、リリモンさん達もとても驚いている。
 ベルゼブモンが
「オマエ、『金髪』からどんなこと聞いたんだ? オマエの兄弟だってことだけか? 今までどんなところで生きてきたか、とかは聞いてねぇのか?」
 と言った。
「どんなところって……いいえ、そんな情報は一つも得ていません! 知っているのなら教えて下さい!」
 メタルマメモンさんは必死な顔で周囲を見回す。
「あーそれは……知らねぇ方がいいんだろうけれど……」
 ベルゼブモンがガシガシッと頭を掻く。
「我々も知らない。聞きたいとは思うが……酷い話なのか?」
 マスターが問いかける。
 ベルゼブモンが答える前に、リリスモンさんが話し始めた。
「残酷な心を持つ人間にデジタマを与えたと言っていたわ。デジモン同士に殺し合いをさせるゲームを行っていた人間だったみたいで、――恐らくファントモンが女の子として育ったら、もっと別の……想像するのも恐ろしい、酷い扱いをされたことでしょう。……変態趣味で女の子じゃなくてもいいというなら、もっともっと最悪だったでしょうけれど……」
「それは本当ですか!?」
 メタルマメモンさんは息を飲む。
「そんな…そんなことが……」
「あの子がようやく教えてくれたわ。けれどももっと酷い――許せないことにその人間は、あの子を飼育していた人造の獣の餌にしようとしたそうよ。不要な存在だから、と。生きながら食われそうになっただなんて……なんと惨いことでしょう……」
「――――!?」
 メタルマメモンさんは声も出なくなった。
 マスターが呻き声を上げるように声を絞り出す。
「そうか……あの事件か……」
「……!?」
 メタルマメモンさんが、無言でマスターを見つめる。
「ある人間が別荘として使っていた古城から、デジモンや人間の死体が大量に発見されたことがある。化け物のような人造の生物の死体も多く見つかった。日本ではない、別の国だ。それにDNSSが発足する以前の事件だ。あの事件により……人間に憎悪を持つデジモンが増えた……」
 マスターの言葉に、リリスモンさんは顔を伏せる。
「それを……ファントモンが一人でやったとしたら、どれぐらいの大きい裁きを受けることになるの!? あの子は何も悪いことが出来ないはずだったのに……!」
「義姉上、落ち着いて下さい。感情を高ぶらせ過ぎてはエネルギーの暴走に繋がります!」
 メタルマメモンさんの目が見開かれる。
 リリスモンさんはそれにかまわずに言葉を続ける。マスターに
「私はどんな状況であったとしても、ファントモンを助け出すわ。その後のことをどうか……頼めないかしら? 昔馴染みの頼みだと思って、聞いて。私の最後の願いよ。私は……どうなってもいいの!」
 と頼み込む。
「リリスモン!?」
 マスターが低く唸るようにその名を呼んだ。
「心を逸らせてはいけない!」
「義姉上っ!」
 メタルマメモンさんは弾かれたように声を発した。
「義姉上の存在が欠落したら――七大魔王が一人でも欠ければバランスが崩れます! 他の魔王の中には義姉上の存在を快く思っていない方もいるんですよ、お忘れですか? デジタルワールドは危機に瀕します。リアルワールドにも、他の隣接する異世界にも影響が出てしまいます!」
「かまうものですか!」
 リリスモンさんは声を荒げる。
「七大魔王なんて……そんなもの、他の誰かでも出来るでしょう! ええ、そのはずよ! けれど今、あの子を救い出せるのは『指きり』をした私だけ! 私にしか出来ないの。私だけなのよっ!」
「義姉上――」
「あの子があんな運命を歩むことになって……それでどうして『平和な世界だ』と? 『デジタルワールドは平穏だ』と? 茶番劇に付き合っているほど私はお人好しじゃないわ! もうたくさんっ! 私がどんなに願っても、どんなに耐えても――私の心の平穏はもう……あの子の存在無くしてはありえないことよ! このまま何も出来ないなんて……それこそ私は暴走してしまうでしょ
う! 全てを呪い、生命を根絶やしにしてしまうでしょう! ――気が狂いそうなのよ……!」
 そう、リリスモンさんは心の底から声を発する。


「だったら、そうすりゃいいんじゃねぇか?」


 ベルゼブモンの声に、皆が言葉を失い、静まり返った。
「あのさ、簡単に考えようぜ。多数決だ――そうするとしようぜ。な?」
 リリスモンさんは
「た……多数決?」
 と問う。ベルゼブモンは「そうだ」と頷く。突然、大声で言い放つ。


「今すぐにリアルワールドに戻りたいヤツ、手を挙げろっ――!」


 誰も……そう、この場の誰も、手を挙げなかった――。
「どうだ? 急に訊いたから手を挙げ損ねたっていうヤツ、いねぇよな?」
 そう念を押してから、
「ほーら、見てみろ。これから乗り込む気の奴らしかここにはいねぇよ!」
 ベルゼブモンは「どーだ!」と言い放つ。
 リリスモンさんは
「あの……そういうわけにはいかないわ……」
 と焦り、申し訳無さそうな顔で周囲を見回す。
「危険だもの、危険過ぎるもの……!」
 けれど、ウィザーモン先生がにこやかに、
「現在得ている情報だけになってしまいますが、それらを使ってワクチンを作ります。その場しのぎで作ったものでも、感染したウイルスの発症を遅らせることは出来るでしょう。その間に全て終わらせ、ファントモンも一緒にリアルワールドに帰ればいいんです」
 と提案する。
「ウィザーモン……」
 リリスモンさんは言葉に詰まる。
「貴女がようやく見つけたデジモンなら、必ず助けます。昔馴染みとしては当然でしょう?」
 ウィザーモン先生はそう言い、隣に浮かんでいたエンジェウーモンさんにそっと、
(リリスモンは、魔法修行時代のライバルでした。彼女はとても優れているので、彼方の地にいる間、私はどんなに頑張っても万年二位でしたよ。その程度の知り合いです)
(え……そうだったの!)
(そうそう――酒癖の悪さなら間違いなく貴女の方が上ですよ。例えるなら、あちらは笊(ざる)ですから)
 と囁く。エンジェウーモンさんはほんの少しだけれど顔を赤らめた。
(そんなこと……気にしてなんかいないわっ!)
 そう、小声で文句を言う。

「ベルゼブモン……! 本当に? いいの?」
 アイちゃんが目を輝かせる。
「……ああ、大丈夫だ。ちゃんと家まで送ってやるから。マコも一緒にな」
 とベルゼブモンは言ったので、アイちゃんは
「そーいうこと考えていないもんっ!」
 と、ベルゼブモンの肩をポカポカッと叩く。
「あーそ?」
 と、ベルゼブモンはとぼけた声を出す。

 ドーベルモンさんがアリスに、
「我々も行こう。私はアリスを必ず守るから」
 と言った。アリスは大きく頷き
「もちろん、一緒に行きましょう!」
 と微笑む。

 マスターは苦笑しながら、その背に乗る樹莉に
「我々も……と言ってもいいか?」
 と訊ねる。
 樹莉は……マスターがあまりにも大きいから、とても小さくなってしまったように見えてしまうけれど、
「はい!」
 と大きな返事をした。ヒマワリのような笑顔を輝かせながら。

 アンティラモンはリリモンさんに、
「必ず――シードラモンのことは全力で我らDNSSや医療関係機関が引き受ける。だからもう少しだけ、我らと行動を共にしてもらいたい」
 と言った。
 リリモンさんは
「私は『恋人』って存在、すっごく憧れるから……。ファントモンを助けたいっていうリリスモンの力になれるのなら、どこにでもフラウカノン、ぶっ放しに行くわよ! ――ね? シードラモン! マコトくん!」
 と言い、シードラモンさんとマコトくんに訊ねる?
「どう?」
 シードラモンさんは、なんとなく意味が通じているのか、
「グルゥグルゥゥゥッ」
 と、リリモンさんを見つめる。
 マコトくんは、
「それは僕だって『ここで帰れ!』って言われても、納得出来ないよ」
 と大きく頷く。

 ロゼモンさんが屈み、メタルマメモンさんの血だらけの手を取った。
「私も行ってもいいでしょう?」
 メタルマメモンさんは
「……お人好しなんですね、いつもいつも……」
 と呟くように言った。
 ロゼモンさんは微笑む。
「貴方だってそうじゃない? 貴方は誰よりも自分に厳しく、周囲に厳しく……でも、とても周囲に優しいわ」
 と微笑む。メタルマメモンさんの血だらけの手を労わるように擦る。
「大丈夫です。すぐに止血すると思いますから」
 メタルマメモンさんはそう言う。優しい声だった。

 キュウビモンに私は問いかけた。
「ファントモンとメタルマメモンさんは、キュウビモンにとって幼馴染みたいなもの?」
 キュウビモンは考え込む。
「そうだね。デジタマで会った時……人間でいうと、産婦人科とか、保育園とか、そういうレベルだろうけれど」
 私はなるほど、と大きく頷いた。
「えーっと。それなら、もちろん……?」
 キュウビモンは頷く。
「訊かれるまでもないことだ」
 私は嬉しくて、
「ありがと!」
 キュウビモンの首に抱きついた。
「留姫?」
「だって私、キュウビモンがきっとそう言ってくれると思っていたのよ!」
「……」
「キュウビモン?」
 キュウビモンは、
「私は留姫を守るばかりか、辛い目にも合わせてしまった。どうか……」
 キュウビモンが謝ろうとしているのは解ったけれど、私は思いっきりその言葉を遮る。
「どうか、何? もちろん、私は一緒にいるわ!」
 『どうか、許して欲しい』とか言うつもり? イヤよ! 謝ってなんか欲しくない。私は大丈夫。頑張って貴方の背に乗って、ついていくから――――!

 メタルマメモンさんは、ロゼモンさんと一緒にリリモンさん達のところへ行く。
「すみません、リリモンさん。貴女達まで巻き込んでしまって……」
 メタルマメモンさんは頭を下げる。リリモンさんは
「ううん、いいの……」
 と心配そうにメタルマメモンさんに訊ねる。
「あの、もう……ケガは? 自動修復しているって……」
 メタルマメモンさんは
「ええ、もう戦闘可能です」
 と言った。
 それを聞き、ロゼモンさんは泣きそうな顔になる。メタルマメモンさんはそれにすぐに気付く。
「大丈夫です。――俺は、志を曲げるわけにはいかない。必ず……大丈夫ですから」
 と言い、見上げる。
 リリモンさんは
「あのね!」
 と思い切ってメタルマメモンさんに訊ねる。
「シードラモンが私達を助けてくれたの。あの……その……」
「シードラモン……」
 メタルマメモンさんは呟き、青く輝く鎧龍を見つめる。
「『金髪』にその身を……データ構造を改造されていたのか……」
 シードラモンさんは、メタルマメモンさんを見つめる。
「そうか、では俺やファントモン、そしてキュウビモンさん達と同じ……」
 リリモンさんはそれを聞き、驚く。
「そうなの!?」
「ええ、そのはずです。能力の高いデジモンを集め、何か計画を立てていたんです。五年前の『バッカスの杯』のウイルスが撒き散らされるずっと前から……。何か、途方も無い目的があり、五年前の事件はそれの足掛かりの一つだった……そう思えます」
「パーツとかいう、あの話?」
「そうです。それぞれのデジモンのデータとデジコアを使うつもりだ。記憶も感情も消して、ただ材料として……」
「「「材料っ!」」」
 リリモンさんとマコトくん、ロゼモンさんは息を飲む。
「メタルティラノモンがそうだったようですから……シードラモンも、もう元の意識は消えているはず……」
 その言葉に、リリモンさんは悲鳴に近い声を上げる。
「そんな……! それじゃ、私やマコトくんのことも覚えていないの?」
「記憶中枢を司るデータに時限型のウイルスを仕込めば可能でしょう」
「まさか、メタルマメモンさんのことも? 酷いわ、酷い……酷過ぎる……!」
 リリモンさんは怒りで肩を震わせる。ぎゅっと目を閉じ、その感情を爆発させないようにしている。
「リリモンさん?」
「シードラモンはメタルマメモンさんのことを助けるって言っていたのに……!」
「助ける? どうして! 俺を助けるって?」
 メタルマメモンさんはシードラモンさんを見つめる。
「そこまでしてもらうような義理はないでしょう? どうしてです? ――くそ、訊いても答えられないかっ!」


 メタルマメモンさんの背中にベルゼブモンは声をかける。
「オマエが前に言っていた『まだ成長期デジモン止まり』っていうダチは奈良に住んでいるんだよな? 『気弱でどうしようもない』『お人好し過ぎて見ていて腹立たしい』って言っていたヤツのことだ。今も――奈良に住んでいるのか?」


 そう言われ、メタルマメモンさんは愕然とする。
「バカなっ! 本当に!? データ細工されて強制的に進化させられたっていうのか! どうして……そんな……俺に絶交だって言ったじゃないか!」
 そう怒鳴り、大きく首を横に振る。
「こんなことになるなんて……っ」
 メタルマメモンさんは両手で頭を抱え込む。思いがけないことで、とてもショックを受けている。
 ロゼモンさんは「え?」という顔をする。
「あの、絶交した友達って……『頭の中が桃源郷』で『三年寝太郎』だっていう?」
 リリモンさんは驚く。両拳を振り上げて、猛然と抗議した。
「ちょーっと! 酷い言い方! でも、どうして!? メタルマメモンさんと絶交していたの?」
 そうリリモンさんに訊かれ、メタルマメモンさんは
「だって、コイツは!」
 その時のことを思い出して頭に血が上ったみたい。
「ロゼモンさんのこと『憧れのロゼモン様』とか言って大事に写真持っていて腹立って――!」
 と言った。
「それ、ロゼモンさんの大ファンだってこと――?」
 マコトくんがきょとんとして、そう言った。
 ロゼモンさんは
「わ、私? 写真っ? やだ、なんでっ!? いつの写真? まさか……恥ずかしい写真?」
 と慌てている。
「ああ、もちろん隠し撮りしたようなヤツじゃなくて、ファンクラブ限定のやつでしたけれど」
 と、メタルマメモンさんはロゼモンさんに答える。
(シードラモンさんって、ロゼモンさんのファンクラブに入っていたの?)
(ロゼモンさんって、ファンクラブあるの?)
(っていうか……隠し撮りやらファンクラブ限定やら……恐ろしいわねー)
 私、アリス、樹莉はぼそっと感想を小声で言った。
 そして――リリモンさんは急に黙り込んだ。
「リリモンさん? あの……!」
 マコトくんが必死に話しかける。けれど、
「…………」
 リリモンさんはシードラモンさんを見つめる。
「リリモンさん! あの、落ち着いて!」
 そう言われ、
「うん……大丈夫……」
 マコトくんへ、リリモンさんは泣きそうな顔で無理に笑顔を作る。
「そ――そっかぁ! ロゼモン、美人だものね! 優しいし! 私だって憧れちゃうぐらいで……うん、その気持ちはとーっても良く解るわ。そっか……私もロゼモンのこと大好きだもん……。アンタ、ロゼモンのこと、そんなに好きなんだ……」
 元気良く話し始めたリリモンさんの声がだんだん消え入りそうになる。
 ベルゼブモンが
「なんだ、そいつもか。センチメンタルうんたらかんたらというわけか……」
 と言った。
「え?」
 リリモンさんは訝しげな顔をする。
「ソイツ、失恋したんだろ? それなのにメタルマメモンを助けようとしやがって、男の友情ってヤツか? そりゃご苦労さんだな」
「失恋っ!? そ、そう……そうなるのよね……」
 リリモンさんは困惑する。
「メタルマメモンがそういう言い方をするのも頷けるぜ。だいたいなぁ、カノン砲ぶっ放したり、それで殴りかかるような乱暴者もついでに守ろうっていうんだから、ちょっとお人好しが過ぎるぜ。――なぁ、リリモン?」
 そう付け加えられて、リリモンさんは顔を真っ赤にして
「アンタのその言い方、マジムカ――ッ!」
 とベルゼブモンを怒鳴る。
 メタルマメモンさんは難しそうな顔をする。
「コイツが俺の唯一のダチ……アイツだとしたら……マズイですね」
 と。その言い方に引っかかりを感じて、
「マズイのか?」
 ベルゼブモンが訊いた。
「ロゼモンさんには話していたんですけれど、『三年寝太郎』って、どういう話か先輩はご存知ですよね?」
 ベルゼブモンが「はぁ?」という顔になる。
「まあ……そりゃ、そうだが……」
 アンティラモンが答える。
「三年間眠り続けた若者が眠りから覚め旱害から村を救った、という話」
 メタルマメモンさんは頷く。
「俺達と同じだと知ることが出来た今だから、納得出来る。コイツはその昔話の主人公と同じぐらい、本気出したら凄いんですよ。それなのに能力を改造されている……」
 皆、「え!」という顔になる。
「今まで一緒にいられたのだから、リリモンさんやマコトくんが一番、シードラモンが暴走しないよう制御出来ると思うんですが……危険を感じたらすぐに逃げて下さい」
「はいっ」
「了解っ」
 気を引き締めてそう応えるマコトくんとリリモンさんへ、メタルマメモンさんは頭を下げる。
「俺のダチがご迷惑をおかけしてすみません……」
 と言うメタルマメモンさんに、
「オマエ、自分のことを棚に上げるなよ」
 とベルゼブモンがもっともらしい言い方をする。けれど、
「お主も他人事ではないだろう」
 とアンティラモンに言われ、ベルゼブモンは首を竦めた。アイちゃんやマコトくんに笑われている。


 エンジェウーモンさんが持ってきていたジュラルミンケースの中には、ワクチンを作り出すために必要な道具が揃っていた。どうやって入っていたのかと思うほど、たくさんの機械やノートパソコンなどが取り出された。
 ウィザーモン先生はそれを使い、今まで収集したデータ、自分やマスター、それにメタルマメモンさんが『金髪』と戦った時に得た戦闘データを解析する。そしてリリスモンさん、メタルマメモンさんの持っていたウイルスの基本構造に関するデータも使い、ワクチンを作った。
「試作品の一段階上程度のものです。副作用が出る恐れもありますから少量ずつ使って下さい」
 エンジェウーモンさんが空に掲げると、ソフトボールぐらいのオレンジ色の光の玉はいくつも分裂していく。やがて黄緑色に輝き始め、デジモン達一人に一つ、渡された。すると今度はレモン色の光を発し始める。デジモン達の周囲を飛び回るたびにその光の玉からは、ワクチンのデータが放出され続ける……。

 リリスモンさんは……そっと、手に持ったままだった透明な多面体を見つめる。
「ファントモン………アナタは孤独じゃないわ。――それを教えてあげなくちゃ。私は誰かに物事を教えることが苦手だけれど、それぐらいならきっとアナタに教えてあげられるわ」
 そして、リリスモンさんはその多面体を高く上空へと掲げた。
 多面体は――透明な、純度の高いその輝きが――私達を導いていく。
 助けたい仲間の元へ――――!

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