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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
本編25
 暗いその場所は光が射さない。まるでこの世界から、希望も何もかもが無くなってしまった――そんな風に思えた。
 暗くて良く見えないけれど天井はすでに全て砕けてしまい無く、周囲の壁もファントモンが破壊したので残骸しか残っていないはず。その証拠に風が強く吹き抜ける。
 遥か下には濁流がうねりを上げて、波音がざあざあとぶつかり合い、砕け散るように水しぶきを上げている。
 メタルマメモンさんの体はその暗い中で発光を続けている。体のあちこちでさらに小さい光が、赤や緑色の光を時折放つ。点滅したり、点いたり消えたりしているその小さい光は、メタルマメモンさんの体が自動修復を続けていることを示しているんだと思う。
 その赤い光の中でメタルマメモンさんは悲痛に顔を歪め、そして、がっくりと頭を下げて肩を震わせた。
「『金髪』が言ったんです。俺の――本当の兄弟がいると……!」
「メタルマメモン……! ファントモンは……ファントモンは……!」
 ロゼモンさんはそれ以上言えず、泣き出してしまった。
 ベルゼブモンに抱えられているアイちゃんも泣き出した。
「ごめんなさい……ごめんなさい……私、ファントモンにあんなに助けてもらったのに……! 最後まで助けてもらうばかりで……何も私からは出来なかった……」
 アイちゃんはそう言いながら涙を流した。溢れ流れる涙をその指先で拭いながら泣きじゃくる。
 ベルゼブモンはアイちゃんを抱える腕に力を込める。
「たった一人であの状況変えるんだから……よほどのことだ。瞬間的に残る全ての力を爆発させるとは、ひどいことになったもんだ……」
 そう言いベルゼブモンは奥歯を噛み締める。
 アリスは悲しみを堪えながら
「ファントモンはあんなにひどいケガをしていたのに……。それでも私達を助けて、守ってくれたんですっ!」
 と、メタルマメモンさんに訴える。
 ドーベルモンさんも怒りに震えている。
「あのような行動に出てしまうとは――。それに……なんと酷い心の傷を……!」
 アンティラモンが
「……ウイルスの発生する場所と我らのいるこの場所を行き来が出来ないように……転送設備を全て破壊するとは、見事な状況判断――。爆発に巻き込まれれば『金髪』と一緒にあちら側に引き摺りこまれることを覚悟していただろう。それなのに――すまないことをしてしまった……!」
 と、後悔の念に駆られている。
「いいえっ! 違うんです!」
 メタルマメモンさんは顔を上げないまま大きく首を左右に振った。
「俺は皆を責めているんじゃない! 違うんです、俺が……俺が許せないのは誰のことでもない! 俺は俺自身が許せないんです――!」
 メタルマメモンさんは、ぎゅっと右の拳を握る。下ろしたままのそれの、手の甲についている三本の刃は全て折れている。『金髪』に握り潰された時に折れたんだと思う。
「俺は……綿密に調べ上げた。そのつもりだった! けれど、ファントモンやメタルティラノモンのことをそこまで調べはしなかった。どうして……どうしてそれをしなかったんだ、俺は――!」
 メタルマメモンさんの拳から、ぼたぼたと血が滴り落ちた。
「あ…! メタルマメモン……!」
 ロゼモンさんが声を上げ、そして自分がケガをしているように……苦しそうに言った。
「やめて、手を……!」
「……」
「メタルマメモン……」
 メタルマメモンさんは、強い力で握り締めたため手を傷つけてしまっている……!
「……すみません。俺は今、どう自分の精神を制御していいのか解らないんですっ」
「でも……っ」
「『金髪』が俺に言ったことが事実なら…! 俺は――自分を許せない! 俺は一度も本心からファントモンに接したことは無いんです。俺は……ファントモンを利用したんだっ!」
「メタルマメモン……」
 ロゼモンさんはメタルマメモンさんを見つめる。
「色々な情報が必要だった。犯人達を追い詰めるためにはどんなことでもするつもりでしたから、俺は――ファントモンが俺に好意的だからその気持ちを利用しようと思った」
「そんな……!」
「でも……変だと思ったんです。アイツと話すうちに何度も、変だと思うようになったんです! そう……アイツは最初から変だった……。
 ――ロゼモンさん、普通、女の人ってキスとかそういう行為を求めるじゃないですか?」
「……!?」
 そんなことを突然訊ねられてロゼモンさんは絶句する。
「それは……! でも、それじゃ、貴方は……!?」
 けれどメタルマメモンさんは感情を高ぶらせていて、そのまま話し続ける。
「アイツは違った……『話がしたいだけ』って。いつもそれしか言わない。
 俺が話に応じられない時には、こちらが困惑するぐらい『嫌なこと言った? 嫌わないで、お願いだから!』って。必死過ぎて……変だと思ったんです。それにいつも、『話していると楽しいから』って。何度も何度も言うんですよ、まるで……誰ともまともに話したことがないみたいだった……。
 俺のことを――『優しいから大好き』だって言ったんです。何度もそう言われて……変だと思った。まるで――今まで誰からも優しくされたことがないようなことを言うから……!
 いつか、ベルゼブモン先輩から言われたことを思い出したんです。『雑魚相手に道を踏み外すことは無い』って……」
「……」
 ベルゼブモンは無言でメタルマメモンさんの言葉を聞いていた。
「もしもファントモンが、今まで一度も優しくされたことがないから『道を踏み外した』んだとしたら、他の犯人達と一緒に『データ抹消』するのは……かわいそうだと思った。だから聞き出したんです。『どういう経緯であの犯人達は集められたのか』、と。
 俺はずっと、ファントモンとメタルティラノモン、そして『金髪』は五年前の事件に関わっていると思っていた。でも訊いてみたら違った。ファントモンは『ある日『金髪』が突然現れた』と俺に言ったんです。メタルティラノモンも同じようなことを言っていた。
 つまり二人とも、『金髪』とまず最初に出会っている。それもここ一年ぐらいのことだと言ったんです。けれど『金髪』からは『五年前の事件に関わっている振りをしろ』と言われた、と。そして、二人とも『心臓』とは直接会ったことが無いと言った。
 ――ファントモンがロゼモンさんと一緒にいるところを見た時には、正直言って血の気が引く思いでした。ロゼモンさんは暴走の兆候を見せていたから……。
 逃がそうと思っていても、けれどもアイツは俺がロゼモンさんのことを一番に思っていることを知っている。ロゼモンさんに危害を加える可能性は否定しようもない!
 ――それなのにロゼモンさんや留姫さん達がファ
ントモンの心を少しずつでも変えている! そのことを知り、戸惑いました。こんなに短時間でファントモンがロゼモンさん達に懐くなんて……。
 『金髪』がファントモンを一度殺してから復活させて『奇跡』――ウイルスを感染させる力を与えたと知り、黒幕が『金髪』なんじゃないかと予想し、ファントモンを逃がす決心は同時に固まりました。リアルワールドに逃がせば、DNSSの誰かが保護してくれる――ウイルスを感染させる力も取り除くことが出来るかもしれないから、と。ファントモンにも、ロゼモンさん達にも言いませんでした。俺がどういう行動を取っているのかは犯人達に知られてはいけないから……。
 同時に――このまま、何事も無く皆を助けられると思った。ファントモンもロゼモンさん達と一緒に逃がせばいいと、そう思った。犠牲になるのは俺だけでいい……後から来るベルゼブモン先輩やアンティラモンさんや――元から関係の無い方々まで巻き込んでしまったけれど、それでもどうにかなると思っていたのに!
 ――俺が馬鹿だった! どうして『金髪』の本当の目的に気付かなかったんだっ」
 アンティラモンはハッとした顔になる。
「まさかメタルティラノモンが言っていた『心臓』というのは……!」
「ファントモンのことです! 『金髪』はファントモンを新たな『心臓』に選んでいたんです。ファントモンはゴースト型だから、多少のことでは死なない。少し考えれば解ることに気付けなかったなんて……メタルティラノモンは薄々気付いていたのかもしれないのに……! 俺は……ファントモンを見殺しにするようなことをしてしまった……!」
 メタルマメモンさんは吐き出すように吼える。
「俺は自分を許せない……『金髪』のことも……許せるものか――――!」
 メタルマメモンさんの全身から、黒い炎のような憎悪が湧き上がる。美女がファントモンと話している時に体から発していたものと似ていると思った。
「メタルマメモン……」
 アンティラモンが首を横に振る。
「我も己を責めて余りある……。ファントモンがあのような辛い運命を歩んでしまったのは、我の責任だから……」
 苦しそうにそう言うアンティラモンに、ベルゼブモンが、
「どういうことだ? オマエ、上の連中から言われたからファントモンのことを探していたんじゃないのか?」
 と訊ねる。
「本当は違う! 我は……我は大きな過ちを犯してしまって……!」
 アンティラモンは何かを振り払うように言いかけ、けれど、
「!? ――――来る!」
 突然、びくっとその大きな両耳を震わせた。
 ベルゼブモン、シードラモンさん、そして他のデジモン達もほぼ同時に顔を上げ周囲を見回す。
「大きなエネルギーだっ」
「グルルゥゥッ!」
 その言葉に、私とアリスは繋いでいたその手をぎゅっと握った。
「誰が?」
「誰? まさか――『金髪』!?」
 けれど、ベルゼブモンが
「ん? ――なんだ、やっとお出ましってとこだ。
 ――おい、離れろ! 真下から来るぜっ」
 と飛び上がる。
 キュウビモンとドーベルモンさんも急浮上するように飛び上がったので、
「きゃあ!」
「きゃー!」
 私とアリスは慌てて繋いでいた手を離す。私はキュウビモンに、アリスはドーベルモンさんにそれぞれしがみついた。
 他のデジモン達も急上昇する。濁流が満ちていた遥か下の海面が揺れている。
「地震!?」
 その濁流の下の岩盤が地響きと共に隆起、もしくは陥没しながら崩壊する。水は割れ目に吸収されるように消えていく。
「グルゥゥゥ……ッ」
 シードラモンさんが唸り声を上げて警戒する。リリモンさんは
「大丈夫よ……」
 とふわりと飛び、シードラモンさんの頬に寄り添う。
「大丈夫なの?」
 シードラモンさんの頭の上によじ登り、しがみ付いていたマコトくんはリリモンさんに問いかける。
「ええ、だってこのエネルギーは……!」
 リリモンさんは大きく頷いた。
 ロゼモンさんは、
「お兄ちゃんだわ……!」
 と声を上げる。
 水が完全に引いた床の割れ目から黄金色の光が迸り、周囲を金色に染めていく。
 闇を消し去るその光に向かってウィザーモン先生が大きくその右手を差し出す。握っていた不思議な形をした杖をその光へ向ける。
「こっちです! こっちへ――――同志よ――!」
 ウィザーモン先生の杖からも光が放たれる。その光は一筋の光線となり、金色の光を導く道標となった。すぐに、溢れるばかりの金色の光はこちらに来た――――!
 轟音とともに床が割れ、そこから飛び出してきたのは、
「サーベルレオモン!」
「「マスター!」」
「オッサン!」
「お兄ちゃん!」
 と色々な名前で呼ばれるデジモン、『皐月堂』のマスター・レオモンが進化した姿――サーベルレオモン――――!
「やった!」
 私は嬉しくて、キュウビモンの背中を手の平で何度もポンポンと叩いた。キュウビモンも嬉しそうに鳴き声を上げる。
 マスターの背中にはもちろん樹莉がいた。
「樹莉!」
「樹莉……!」
 樹莉は私を……そしてアリスを見つめる。
「留姫、アリス……!」
 樹莉は泣き声を上げた。
「良かった、二人とも無事なのね……!」
 私達も涙を流した。嬉しくて嬉しくて……言葉に出来ない……!
「無事よ! 元気余っているぐらい! 私達、樹莉のこと、待っていたんだから!」
 私は大声で言った。
「そうよ!」
 アリスも大きく頷いた。
 樹莉も大声を上げる。
「私……私、二人と離れていて……解ったの。どんなに留姫とアリスのことが大好きなのか……!」
 私はそれを聞き、怒鳴り返すように言った。
「樹莉っ!」
 樹莉はびくりと肩を震わせる。
「留姫……」
「勝手なことばっかり言って!」
「ごめんなさい、ごめんなさい! 私……!」
 私は思い切り、言った。
「私達の方がね! もっと、もーっと、樹莉のこと大好きよ!」
「留姫……!」
 樹莉の瞳から、大粒の涙がぼろぼろと零れた。
 アリスも頷く。
「大事な友達……私の、大切な友達……!」
 それを聞き、
「あり…す…ぅ……ひっく……ふぇ……」
 樹莉は本格的に泣き出した。
「良かった……良かった……!」
 けれどマスターは素早く周囲を見回し、
「いや――間に合わなかったようだ」
 唸り声を低く発しながら言う。樹莉はその声に驚き、私達に問いかける。
「そ――そんな! 間に合わなかっ…たの? 恐ろしい……マスターが言っていたウイルスの発生装置は止められなかったの!?」
 私達はマスター達へ……お互いに合図を出したわけでもないのに同時に叫んでいた。
「「ファントモンが犠牲になったんです!」」
 マスターの顔が強張り、樹莉はハッとした顔をする。
「あの犯人の一人が?」
「ロゼモンさんと一緒にいたデジモンが?」
 ロゼモンさんが、また涙を零す。
「ファントモンは、ウイルス発生装置がある場所とこの場所を繋ぐ装置を破壊したのっ! ウイルスがこの場所に及ぶことも、この場所と近い空間にあるリアルワールド、そしてデジタルワールドに及ぶこともないわ。でも……ファントモンはウイルス発生装置がある空間に、『金髪』とともに引きずり込まれてしまったの。もう……どうなってしまったのかも解らない……」
 ロゼモンさんは両手で顔を覆い、泣く。
「そんな……たった一人で犠牲になってしまうなんて、そんな、どうして……!」
 樹莉も顔を歪め、涙を零す。
「誰一人としてもう恐ろしいウイルスの犠牲にしないって、それがマスターの願いだったのに……私もそう思ったのに……! 誰かが死ぬのは……命の光が消えてしまうのは悲し過ぎることだもの。それが、作り出されたウイルスで起きるなんて許されることじゃないわ!」
 マスターは厳しい顔をして、
「けれどどうして? 犯人側だったのに、そこまでの行動を起こしてくれるとは……何があったんだ?」
 と皆を見渡して問いかける。
 アンティラモンがマスターに問いかける。
「それは……ご存知かもしれませんが、もうずっと昔のことで……デジタルワールドの深部、ファンロンモンの聖域から盗み出されたデジタマ達のこと……記憶にあるのならばそこから我が説明します。真実を……!」
 ――ファンロンモン? 誰、それ?
 私は初めて聞く名前を心の中で呟いた。
 マスターは低く唸り声を上げた。
「ああ、記憶にある。あの許しがたい事件……!」
 ベルゼブモンが眼光を鋭くさせた。
「おい、それは――聞いたことがあるぞ。ずいぶん昔の事件じゃねぇか!?」
 マスターは頷く。
「ああ。私がDNSSに所属するずっと前のことだ」
「どんな事件だったんですか?」
 アリスが問いかけると、マスターは記憶を辿るような遠くを見る目をした。
「――通常とは違う進化をする恐れのあるデジタマが大量に生まれた」
「通常とは違う……?」
「ああ、そうだ。今までにない現象にデジタルワールドに住む者達は驚いた。ファンロンモンの聖域にそれらのデジタマ達は集められた」
 樹莉がマスターに問いかけた。
「ファンロンモンってとても強いデジモンですか?」
 マスターは、自分の背に乗る樹莉に答える。
「ああ、そうだ。
『デジタルワールドに四神の如く東西南北を守護するデジモンあり』――青龍、白虎、朱雀、玄武のそれぞれの姿のデジモン達はある時、戦いに明け暮れるデジタルワールドに突如出現したと言われている。チンロンモン、バイフーモン、スーツェーモン、シェンウーモン――四聖獣と呼ばれるそのデジモン達は、十二神将と呼ばれるデジモン達を従える。
 そして――四聖獣を率いる長がいた。その名をファンロンモン、黄龍の如く輝ける陽光の姿――」
 そう、マスターの声が響く。まるで神話のようなその話に、質問した樹莉はもちろん、私やアリス、アイちゃんやマコトくんは息を飲んだ。
 けれど、
「ああ、――マジでアレなデジモンだよなー」
 と、ベルゼブモンがふんふんと軽く頷く。その言葉に私達の気分は吹き飛び、唖然と彼を見た。
「ちょっと、ベルゼブモン!」
 ベルゼブモンの片腕に抱えられていたアイちゃんが、慌ててベルゼブモンの口を押さえようとする。
「デジモンの神様なんでしょう? そんなことを言ったら……!」
 ベルゼブモンは頭を横に振る。アイちゃんの手を避け、
「おい、止めろ。言うのは自由だろ? マジでアレなんだって、あのデジモンはよぉ!」
 と言った。そして、
「――で。そのファンロンモンのところのデジタマが盗まれたんだよな、確か? 十二神将の警備の不十分だったよな? ああして名乗るだけご立派な奴らがそんなヘマやりやがったんだから、大事件だよなぁ! 仰々しく言ってもなぁ、ちゃんちゃらおかしくて笑えるぜっ。大バカの、うっかり野郎どもっ! 雁首揃えてマジ笑えるぜ!」
 と更に言った。
「……ベルゼブモンッ」
 アンティラモンが、どよーんとした目を向ける。
「お? どうした?」
 ベルゼブモンは首を傾げる。
「……我だ」
 アンティラモンはどんよりと落ち込んだ顔をしている。
「は?」
「我がその大バカでうっかり者だ。――ずっととても後悔していた……」
「へ? マジかよ!?」
 ベルゼブモンが顎をガクンと外すぐらいに驚く。
「嘘だろー!? オマエ、十二神将だっていうのか――――!?」
「……こんな時に嘘をつく余裕は無い」
「だって……オマエ……」
「どうせ我は大バカ者……いつまでも…ちゃんちゃらおかしいと笑われてしまう、うっかり者……」
 アンティラモンは暗い表情で、どんよりとした目をメタルマメモンさんに向け、
「我は元、十二神将の一人……笑って罵ってかまわぬ。お主にはその権利がある……」
 と名乗った。メタルマメモンさんは驚いて叫ぶ。
「本当ですか、十二神将だとは! まさかそんな……ありえない! どうしてリアルワールドで、しかもDNSSにいるんです!」
 アンティラモンは溜息混じりに言った。
「あの大事件を起こしてしまい、我は己の未熟さを恥じた。十二神将と名乗る資格は無いと……責を取り、その籍を辞した……」
 マスターは慰めるような顔で
「そこまで自分を責めるな。後悔するからこそ、地道に盗まれたデジタマ達を探し続けていたんだろう? ファンロンモン、チンロンモン達だって必死に説得しているだろう、『いつでも帰ってこい』と……」
 と言った。
 アンティラモンは首を横に振る。
「それは我が、己の愚かさと未熟さを克服するまでは無理だと思う……」
「アンティラモン……」
「我らは盗まれそうになったデジタマの大半は守ったが、そのうちのいくつかは盗まれてしまった。残ったデジタマ達はデータを調べられ、進化に危惧するほどのことは無かったものはデジタルワールドのそのデジタマ達の能力に見合った場所で、それぞれ育てられた」


 アンティラモンのその言葉の後に、声が響く。
「そして…進化の過程に大きな問題が発生しそうなデジタマは、注意して育てる必要があると――特別に力の強いデジモン達に保護され、見守られた。
 私のようにちゃんと育ったデジタマもいる。そこまで自分を責めないで欲しい……」
 その声は――キュウビモンの声だった!


「キュウビモン! キュウビモンも、って? え!? でも、だいたいどうして? 急に話せるようになったの?」
 私は驚いてキュウビモンの毛並みを強く擦るように撫でた。
「ああ。――ようやく、声を司るデータの構築が出来たようだ……」
 そう言われ、私は首を傾げる。
「構築? 喉が、ということ?」
「それに近い。あの時に集められたデジタマはどれも、通常のデジモン達よりも進化に至るまでに時間がかかるし、進化により万が一、欠落するデータがあってもそれの構築に更に時間がかかる。だが――だからこそ完全なる進化を遂げた時には、予想を越えた力を得てしまうことがあり――危険だと教えられた」
「そんな……そんなデジモンだったの? キュウビモンが?」
 キュウビモンは頷く。
「ああ。しかし見守られる以外は、さほど束縛されることも無く生活することが許される。私はある力の強いデジモンの元で修行を積んだ。突然通常以上の力を身につけてしまった場合への対処方法などを徹底的に身につけさせられた」
「キュウビモン……」
 ベルゼブモンはガシガシッと空いている手で頭を掻く。
「なんだ、オマエ――そんなこと一言も言っていないだろ!」
 キュウビモンは、わずかに首を竦めた。
「言わないほうがいいと思ったから。私の親代わりになってくれたデジモンからも、そう言われた。学校関係やバイト先には話していたが、それ以上は……」
 その言葉を聞きベルゼブモンは余計に、またガシガシッと頭を掻いている。
「あーそーかよっ!」
「すまない、ベルゼブモン」
「いーや、別に。言葉が話せないこともウイルスに感染しているからだと思っていたんだ。気がかりが減るのならこっちも楽でいいぜ」
 ベルゼブモンはそう言い苦笑する。
「世話をかけてしまい申し訳無い……」
「いいってことよ、別に。――で、つまりメタルマメモン。オマエもだっていうんだろ?」
 そう言われ、メタルマメモンさんは頷いた。
「そうだと後から知りました。物心がついてきた頃から変だと思っていましたが、両親や義姉が死んでも、そんなことは思ってもみなかった。俺は家族に反抗するようになっていたから……。
 葬式が終わって四十九日の時に自分が本当はその家の子じゃなかったと知り――どうしていいのか解らなくなった……。
 だって義姉上は『黄金の魔爪』を使って自殺したのだから! ウイルスに狂ってそれでもなお、俺を殺さないように……!」
 メタルマメモンさんは美女を見上げた。
「義姉上――死んではいなかったんですね……本当に生きていたんですね? 本当に本物の義姉上なんですねっ!?」
 美女は静かに頷く。
「何の繋がりも無くても、義弟であっても――家族という大切な存在。私は……あの男がメタルマメモンを狙っていると知っていたわ。だから……覚悟は出来ていたの」
「あの男って? それに……俺を!? 俺はてっきり……義姉上の存在を邪魔だと思って先に殺されたんだと思っていたんです! だって義姉上が死ねば……デジタルワールドは大変な騒ぎになるはずだから……」
 ――大変な騒ぎに? どうして……? そんなにこの美女は、デジタルワールドでは偉い存在なの?
 私はそう、疑問に思いながら美女を見つめる。
「違うわ。狙いは最初から貴方だった」
 そう美女は言った。メタルマメモンさんは、
「そんな……それじゃ、全部俺のせい……」
 と、呆然としている。
「そういう言い方をするのは止めなさい。――意外なことではないの。こういうことも起きるかもしれないと思っていたわ。だから私は貴方には、自分だけの力で行動出来るデジモンに育って欲しかった。おじい様の事業の後継者になって欲しいからじゃないわ。あれは趣味の延長みたいなものだから」
(ちょ……! GMNグループのCEOって、趣味の延長で出来ちゃうものなの!?)
 リリモンさんが小声だけれど呟く。
(え!? GMNって、あの、『トコモ』の? トコちゃんの? そこの……孫ってこと?)
(嘘でしょう!? 通信業界最大手の『トコモ』?)
(えええっ! それ以外にもいろいろ抱えているじゃない、GMNって! 航空、船舶、貿易関係、金融関係、農業漁業、数え切れないほど……!)
 私、アリス、樹莉も小声で囁き合う。
 美女はメタルマメモンさんを見つめる。
「あらゆる知識を与え――そして戦闘に関する全てのことを叩き込んだわ。時には講師を招いて……。
 憎まれてもかまわないと思った。とにかく貴方を強くしようと――無茶苦茶だったわ」
 そこで――ベルゼブモンがぼそっと呟く。
「そーいえば、オマエは鬼姉に『アマゾンのジャングルに置き去りにされた』とか、『ナイアガラの滝から突き落とされた』、『キリマンジャロで山岳地帯のコーヒー豆取ってこい』やら『無人島で半年、一人暮らしを強要された』だとか……何だかわけわかんねーことやらされまくったって言っていたよな?」
 美女は頷く。
「ええ、そうよ。獅子は我が子を谷から突き落とす、と言うでしょう? 強い肉体と精神力を育むにはそれしかないと思ったわ。鬼姉と言われても当然ね」
「いくらそう思ったからって限度があるだろ? 運が悪けりゃ死ぬぜ?」
 ベルゼブモンが顔をしかめる。
「ちょっとやり過ぎたと反省しているわ」
 と美女は頷く。
 もちろんその場にいた皆は、
(デジモンじゃなかったらとっくに死んでいるっ!)
(サイボーグ型だから良かったようなものの……)
(鬼だ! 鬼がいる――っ!)
(メタルマメモンさんがロゼモンのこと好きになっちゃったの、納得出来るわっ)
 とそれぞれ心の中で大きく絶句した。
 美女はそして言葉を続けた。
「育て方を間違えていると気付いた時には遅かったわ。周囲に関心の無い、時には冷徹なほど無感動で無関心な鉄の塊のお馬鹿になってしまって……」
 もちろん皆は、
(ひねくれたんだってば――――っっっ!)
 と、心の中でそれぞれ大きくツッコミを入れた。
 周囲が固唾を飲んで見守ったけれど、
「……」
 義姉からそう言われても、メタルマメモンさんは言い返さない。代わりに、
「それは……義姉上のせいではない。義姉上の宿命のせいだ。俺は……解っていますから……」
 と言った。
 美女は寂しそうな目をする。
「そうね、私には誰かに何かを教えることはそもそも無理だったのよ。この我が身は一生孤独であるべき存在なのだから……」
 美女はその右手の、『黄金の魔爪』を胸元近くまで持ち上げた。
「この魔爪は全てを破壊する。私の口付けは毒を生み、あらゆるものを腐食させてしまう。私の存在は全てを――無に帰する」
 ――ええっ!?
「物心ついてからずっと、誰でもいいから傍にいて欲しいと、恋を夢見て傍若無人になってしまい……。私にはデジコアの色が見えてしまうから、自分が求める存在を探し続けた……」
 美女はそう言い、瞼を閉じた。
「でも……なんという皮肉……」
「皮肉? 義姉上?」
 メタルマメモンさんは問いかける。美女は、
「私は……それでも私は出会うことが出来たのよ。間違いないわ。ええ――間違いじゃないのよ」
 と言った。両手で大切に包み込んでいたそれを――透明な多面体を真剣な目で見つめる。

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