カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
本編24
『銀髪』と呼ばれていたメタルティラノモンが『金髪』に殺された――。
目の前で起きた事実だけれど、どうしてそうなるのか理解出来なかった。
「パーツって? 機械か何かを作ろうとしているの!?」
キュウビモンの背にしがみついていた私は、必死に体を起こした。
緊張する事態は続いている。
「グゥォオオオ――――ッ!」
とてつもなく巨大な体、果て無き力をみなぎらせているシードラモンさんが吼える。その声と共に導かれる海水は濁流となり、周囲の瓦礫を飲み込み、破壊していく。瓦礫同士のぶつかり合う音、恐ろしい水音が木霊のように響き渡る。
「チッ! バカデカくなりやがって――!」
ベルゼブモンは『金髪』のデータ解析を中断しなくてはならなかった。
「ベルゼブモン!」
アンティラモンの声に、ベルゼブモンは奥歯を噛み締める。そして、
「ああ解っている。パーツとやらにされたらマズイッ! ――いくぞっ!」
と言い放つ。
ベルゼブモンはその漆黒の翼で羽ばたき、アンティラモンは空中を大きく跳ぶ。同時にシードラモンさんに掴みかかった。敵がいなくなっても攻撃を続けようとするシードラモンさんを力ずくで押さえ込もうとするけれど、津波のような衝撃波に弾き飛ばされる。
「ぐあっ!」
「クッ!」
ベルゼブモンは大きく羽ばたき空中で踏ん張る。そこに衝撃波が追撃する。ベルゼブモンは空中を横に転がるように飛んで避け、すぐにまたシードラモンさんに挑む。
「正気に戻りやがれ――――っ!」
大きく波打つようにうねるシードラモンの体を押さえ込もうとした。けれどもまた弾き飛ばされる。
アンティラモンはシードラモンさんの放った氷の矢を避けきれない――。
「――させない!」
アンティラモンはとっさにそれを左脇に抱え込む。瞬間、大きく旋回するように体を捻り、危険の無い場所へその氷の矢の軌道を変更し、放した! 大きく息をつく。さすがに呼吸も乱れたみたい。
「なんということ……シードラモンッ!」
アンティラモンは唸りながらも、決死の覚悟を湛えた瞳でシードラモンさんを見つめる。
ベルゼブモンとアンティラモン――DNSSで戦い慣れている彼らは、何とかしてシードラモンの攻撃を止めさせようとしていた。
「お願い! もうやめてっ!」
リリモンさんはマコトくんを抱えたまま、シードラモンさんの目の前に飛んだ。
「「シードラモンッ!」」
リリモンさんとマコトくんは同時にその名前を呼んだ。けれどずっと一緒にいた二人さえも敵と認識されてしまう。
「シードラモン! シードラモンッ!」
「どうして! 戦うの止めて!」
シードラモンさんの口から冷気が吐き出され、瞬時に氷の矢になる!
「――アイスアロー!」
その声は波のように響く。反響する声にリリモンさんは悲鳴を上げる。
「やめて――――っ!」
その悲鳴はシードラモンさんの心には届かない――。
「グォオオ――――ッ!」
シードラモンさんの周囲に、氷の矢が突然、数え切れないほど浮かぶ。
「アイスアローのデータをコピーするとは……! まずい、逃げろ――」
アンティラモンが驚き、警戒を促す。
「嘘でしょう、貴方が……どうして――――!」
リリモンさんの悲痛な叫びも――シードラモンには解らない。
「キャアアッ!」
そして一斉に発射される! リリモンさんとマコトくんに向かって――――!
「シードラモ――――ンッ!」
リリモンさんはぎゅっと拳を握った。
「大バカッ!」
そう怒鳴るように言うなり、リリモンさんは放り投げるようにマコトくんを背負い直す。
「うわぁっ! リリモンさんっ!?」
「マコトくん、命預けて!」
「ひぇっ!!」
マコトくんはぎょっと目を見開く。迷ったり考えたりする猶予はない。急いで両目を瞑った。
リリモンさんはカノン砲を両腕でかまえて、
「当れ――――! フラウカノン! 最大出力――――!」
掛け声と共に発射する。今まで見たことのないほどの光弾が撃ち放たれ、反動でリリモンさんは後ろに吹き飛ぶ。マコトくんは必死にリリモンさんにしがみ付く。
「絶対、止めるんだから――――!」
リリモンさんはそして――その弾道を追うように猛スピードで飛んだっ!
「リリモンッ!」
ベルゼブモンが鋭い声を上げた。
フラウカノンから放たれた一発の攻撃に、リリモンさんは全力を注いでいた。それは降り注ぐ氷の矢の一つに当り、それを粉砕した! 抜け道が出来ると同時に、飛び散る氷の破片の数々がリリモンさんの体に当り皮膚が切り裂かれる。
「――――ァアッ、―――つぅっ!」
リリモンさんはその痛みを堪え、必死に飛ぶ。あっという間にシードラモンさんの目の前に飛び出す! シードラモンさんが攻撃しようとするその目の前に、フラウカノンを向けた――!
「リリモンさん!」
私は叫んだ。
「まさか――撃つのっ!?」
けれどっ!!
「こんっっっのっ! バカ――――ッ!」
リリモンさんは大声を上げた。その手のフラウカノンを振り上げ、思いっ切り
――ガンッ!
シードラモンさんの頭部を覆う氷の兜に叩きつけ始めた――!
「わー! リリモンさんっ!」
マコトくんは驚き慌てる。
リリモンさんは無我夢中で、
「バカッ、バカッ、コラッ、バカッ、大バカッ、バカッ、バカッ、大バカ――――ッ!」
ガンガンと、シードラモンの兜に叩きつける音が響く。
それは――何とも言葉で言い難い光景……!
「ハアッ!?」
ベルゼブモンは顎が外れそうな顔をして、アンティラモンは
「それで連打って、ちょっと待ってっ!」
と真っ青になる。
リリモンさんの背中に負ぶさったままのマコトくんは、泣きながらフラウカノンで叩きまくっているリリモンさんに
「うあ、うわっ! リリモンさんっ! ストップ――ッ!」
と必死に呼びかける。
「バカ、バカッ! バカ――――ッ!」
リリモンさんは感情のままにガンガンガンガンッと叩きつける。
「リリモンさん!」
私も慌てて呼びかける。
氷の兜は頑丈でそれぐらいでは割れない。傷がついてもすぐに修復されていく。けれど効果は全く無いわけじゃなかった。シードラモンさんは叩かれる衝撃で――とうとう頭を数回揺らし、ズズッと沈み込む。深い海色だった瞳の色がスウッと和らぐ――。
「グアウ――――ッ、グル――――ッ」
シードラモンさんの声が変わっていく。恐ろしい声でも、先ほどとは違う。それに気付いたリリモンさんが
「シードラモンッ!」
と叫び、その氷の兜ごと、シードラモンの額に張り付くように彼を抱き締めた。
「正気に戻って! 皆いるわよ! お願い――っ!」
シードラモンさんの攻撃的な前身の輝きは深い青色のまま。けれど、リリモンさん達への攻撃は止めている。正気が戻ったというわけではないみたい。
「シードラモンッ!」
リリモンさんの頬を伝い流れた涙は、シードラモンさんの氷の兜に落ちて表面に凍りつく。
「リリモン、落ち着いて。彼が正気を取り戻すことはもう――難しいわ……」
アイちゃんを抱えたまま急いで近付いてきたエンジェウーモンさんの言葉に、リリモンさんは激しく首を横に振った。
「私達への攻撃は止めたものっ! 大丈夫かもしれないっ」
「今、一時的に攻撃を繰り出すことを止めているだけに過ぎないわ。危険よ、離れて……!」
「イヤッ!」
リリモンさんはシードラモンさんにしがみ付く。
「シードラモン! コラッ! なんか返事しなさいよっ! バカ! 何度でも……殴るわよ!」
シードラモンさんが唸り声を上げた。
「誰…ダ……」
「え……」
「誰……ダ…………」
「何ですって!?」
リリモンさんの顔が強張る。
シードラモンさんは問いかける。
「誰ダ……」
リリモンさんはシードラモンさんの氷の兜に額を押し当てる。
「私よ……リリモン……リリモンだってばぁ……!」
シードラモンさんの瞳がリリモンさんを探し、見つめる。
「リ…リ……」
リリモンさんはぼろぼろと涙を零し、背中のマコトくんの顔がシードラモンさんからも良く見えるように体を傾ける。
「ほら、見て! マコトくんもいるわよ! 貴方が『先に行って』って言ったから私達、待っていたわよ。――ね? ちゃんと見て! ケガもしていないわよ……」
シードラモンさんの大きな目が動き、リリモンさんとマコトくんを見つめる。
「リ……リ…………マ…コ……ト……。――? リ…リ…………?」
リリモンさんは、シードラモンさんの視線がどこを見つめているのかと探し、自分の両肩だと気付く。そこにある切り傷から血が幾筋か流れていた。
「これ? 平気よ! ぜんっぜん、これぐらい痛くも痒くもないわよーっだ! 大丈夫だから、……貴方が心配することなんて何も……」
泣き顔のリリモンさんはフラウカノンを振り上げてガッツポーズをする。
「リ……リ………マ…コ…………」
シードラモンさんの様子は変だった。何度もリリモンさんとマコトくんの名前を呼び続ける。
「どうしたの? 本当に思い出せないの? 忘れちゃった?」
ベルゼブモンとアンティラモンが近付くと、シードラモンさんは警戒して唸り声を上げる。
「シードラモン! 大丈夫よっ」
リリモンさんが急いで言い聞かせる。シードラモンの唸り声が少し押さえ気味になる。
ベルゼブモンが、
「ああ、安心しろ。銃器でブッ叩く乱暴者よりオレ達の方が数倍以上、信用出来るぜ」
と言った。リリモンさんはとたんに、
「『魔王』がふざけたこと言っているんじゃないわよっ!」
と怒鳴る。
「おうおう、テメェ様にも何か、お上品な呼び名があるといいんじゃね? ついでに武器は今度から銃器系じゃなく打撃系にしておけ」
「アーッ! アンタ、マジでドムカツク――ッ!」
リリモンさんはフラウカノンを振り回す。
ベルゼブモンはニヤニヤ笑いながら、
「気力は余っているよーだな? ――まったく、無茶苦茶だ、オメェら」
と言った。
リリモンさんは「フンッ!」と鼻息を荒くした。マコトくんはひたすら苦笑い。
「シードラモン!」
ベルゼブモンが突然、口調を変えた。
「いいか、良く聞け。敵はあっちにいる金ピカ野郎だ! それ以外は味方だ!」
シードラモンの瞳に攻撃色が宿り始める。
「まだだ。一斉に攻撃するから、待て。――オマエもそれで……楽になるだろう……」
私達の目の前でメタルティラノモンの砕けたデータが集まっていく。それは一つの卵の形になっていく――。
「あ……ああ……」
ファントモンは『銀月障壁』の中で、その球体の壁に張り付くようにその様子を見つめた。
「うそ……うそだ……アイツがこんなことになるって、そんな……」
「ファントモン……!」
先ほどとは逆に、ロゼモンさんがファントモンを背中からぎゅっと抱き締める。放心して崩れそうになるファントモンを支える。
「強いんだ……誰よりも強くて……それなのに、こんな――ああぁあっ! ワアアアァ――――ッ!」
ファントモンの搾り出すような声は、悲鳴になっていく。
「悲しい……どうして、こんなに……辛いのっ……!」
ベルゼブモン達の近くに行こうとしていた美女の姿が突然消え、『銀月障壁』の前に瞬時に現れた。
「その気持ちは……仲間を失ったからよ」
美女は『銀月障壁』の中を覗き込み、ファントモンに話しかける。
ロゼモンさんに抱き締められたままファントモンは美女を見上げる。
「……」
気持ちを言葉に出来ないファントモンは、無言で首を横に振る。けれど美女はファントモンに語りかける。
「それがほんの一瞬であっても、長い間であっても……そこまで悲しいと思うのなら、あのデジモンを仲間だと思っていたのよ。そう思うのならその心に従っていいの、苦しいと思っていいの……否定しないでいいのよ……」
ベルゼブモンが信じられないものを見る顔で、美女の後ろ姿を見つめた。
「おい……!」
美女はファントモンに話しかける。
「どうして自分を否定するの? 自分の心を……存在を否定するの? だから貴女のデジコアの色はそんな色で……」
ファントモンの体が震える。
「死んだ……」
「死んだ?」
美女はファントモンの言葉を待つ。
ファントモンは震える声で言った。
「みんな、死んだ……だから……」
「……!?」
ファントモンを抱き締めていたロゼモンさんが体を強張らせた。
「アタシが殺した……アタシのことを育ててくれた人間が、強いデジモンが好きだって言ったから……アタシ、たくさんデジモンを殺した。
最初は嫌だった……それなのに……デジモン達は皆、アタシのこと女らしくないって……女じゃないみたいだってバカにしたから、だんだんどうでも良くなって、殺すことは悪いことじゃないって思えてきて……ソイツら皆殺しにした……。アタシを育ててくれた人間は、アタシがデジモンのデジコアを砕くたびに喜んでくれた……。
でも……ダメだった。アタシがどんなに強くなっても……アタシがどんなにデジモンを殺しても、それは……あの人の単なるゲームだったんだ……」
ファントモンは美女を見つめる。
「アタシ、女らしい体に育たなかったから……いらないんだって……言われた……」
「……!?」
ロゼモンさんが息を飲む。
美女は無言で、
「……」
ほんのわずかに頬を一瞬、震わせた。
「あの人が――人間達の前にアタシを連れて行った。あの人が飼っていたキメラが……いろいろな猛獣の体を繋ぎ合わせた……頭がたくさんあって怖い化け物がいて……『デジモン食わせたらどうだろう?』って……。だからアタシ……たくさん……人間も殺しちゃったんだ……」
ふつふつと……美女の体から湧き上がる憎悪が揺らめき輝く。黒炎のような揺らぎが美女を包み込む。
「デジモンが人間を殺したら許されない罪になるって『金髪』は言ったよ……。アタシはデジモンだけじゃなくて人間もたくさん殺したから、生きていることだって許されないって……。アタシね、殺すのが楽しいんだ――もう、戻れないから……どこにも……!」
ファントモンは何かに押されるように言ったけれど、
「おだまりなさいっ!」
美女が一喝した。周囲が呼吸を忘れるぐらい、鋭い声だった。
「本当にそう思うのか、しっかりと自分の胸に手を当てて考え、今すぐに答えなさい!」
「…………」
美女に怒鳴られ、おずおずとファントモンは残っている片手を自分の胸に当てようとする。
それ以上何も言わず、美女はファントモンを見つめる。
「…………」
ファントモンはぼろぼろの布切れのようなそのローブに擦りつけるように胸元に片手を当て、そしてすぐに、ゆっくりと首を横に振る。
「考えても無駄だよ。だってアタシがいてもいい場所はデジタルワールドにもリアルワールドにも無くて……」
それを聞くなり、突然、美女は高い声で笑い出した。ファントモンは怯えながら美女を見上げる。
「ど…して、笑うの……?」
「つまり考えなくても答えは出ているということでしょう!」
「え……」
「どんなに理由を並べても、結局一番こだわっているのは『己の居場所がどこにも無い』というそれだけでしょう!」
「それは……でも……」
「そんなものは――元からあるわけが無いわ!」
「元から……って……」
「己の居場所を決めるのは己だわ! 反論出来るものなら言いなさい!」
ファントモンは絶句する。
『金髪』は嘲笑う。
「何を偉そうに! ――ファントモン、良く聞けっ! そんな口車に乗るな! オマエを酷く殺そうとしたあの人間達を思い出せ! オマエを嘲笑ったデジモン達を思い出せ――――!」
美女は一喝する。
「その場所に、どうして居合わせたというの――!」
『金髪』が怯む。
「クッ……何を言い出すかと……」
「どうしてそんなファントモンの前に現れることが出来たの?と言っているの」
美女の言葉に、ファントモンはハッとした顔をする。
「リアルワールドは広い。それなのにまるで最初からその場所にファントモンがいることを知っていたみたいじゃない!」
『金髪』に突きつけられたその言葉に、アンティラモンが険しい声を上げる。
「デジタマを盗み出したのは貴様かっ!」
『金髪』は嘲笑い大声を上げる。
「ああ、そうだ! そうだとも――――盗んだ! この計画のためにな! 特に残酷な心を持つ人間に与え、恐怖と殺戮への快楽の心を植え付けたデジモンに育つようにな――――!」
ファントモンは唖然と呟く。
「盗まれた……デジタマ……アタシが?」
『金髪』はなおも笑い続ける。
「ヒャハハハッ! ファントモンよ! オマエが居場所など求める必要は無い! オマエはウイルスを作り出し、全てのデジモンに殺し合いをさせるのだ! デジモン達は人間達も殺し始める。全て血に染まり清められる! デジモンは戦い続けるべきだ! それが本来の姿――――!」
『金髪』は突然、その腕を驚くべき速さで振り上げた。その手に――メタルマメモンさんをつかむ!
「データの解析を大人しくされていると思ったか? 逆にオマエのデータを解析していたとは思わなかっただろう!」
『金髪』は、メタルマメモンさんを――握り潰した――――。
「やめて――――――――っ!!」
ロゼモンさんが悲鳴を上げた…………。
不気味な笑い声を上げ、『金髪』は握り潰したメタルマメモンさんを放り投げた。
「メタルマメモン!」
ロゼモンさんは泣き叫ぶ。ロゼモンさん達を守っていた『銀月障壁』は突然消え、ガクンッと落ちかけたロゼモンさんはとっさに自力で空中に留まった。
「寄越しなさいっ」
美女がロゼモンさんの腕からファントモンを奪うように抱き上げた。
「メタルマメモンを! 早くっ!」
叱責するように言われ、ロゼモンさんは急いでメタルマメモンさんへと飛んだ。早い。
「メタルマメモンッ!」
酷い姿へ手を伸ばす。しっかりと抱き締めて涙を流し、頬を摺り寄せた。
「しっかりして! メタルマメモン――――ッ!」
様々な銃器が出現していた周囲の壁が、形を変え始めた。銃器は次々に壁に収納されていく。それと入れ替わるように出現したのは、三角円錐のような刺の数々だった。尖ったそれらは先から電気を放ち始める。
「何が起きるの!?」
私はしっかりとキュウビモンの背中にしがみつく。
ドーベルモンは周囲の壁の様子に、唸り声を上げた。
「物質転送を行うつもりかっ!」
『金髪』は笑い声を一層響かせる。
「『バッカスの杯を掲げよう』! 今度こそ、死を撒き散らしてやる――――!」
周囲の壁が光り、辺りを照らした!
「キャアアア――――ッ」
私は悲鳴を上げる。あちこちでアリスやリリモンさん達の声、他のデジモン達の呻き声が聞こえる。
体に重圧がかかる。苦しい――。
「ありがと……」
「何……?」
ファントモンを抱きかかえていた美女は、押し寄せる重圧に耐えながら、抱えるファントモンの顔を覗き込む。ファントモンは姿が透明だから、ぼろぼろな赤いフードの中の表情は解らない。それでも声の印象から笑っているように見えた。
「アタシを抱えていたら、ロゼモンは間に合わなかったと思う……。ロゼモンから私を引き受けてくれてありがと……。――もう、大丈夫だから、アタシは……」
ファントモンは美女の腕からゆっくりと抜け出す。
「あ……」
あまりにもゆっくりだから、声を上げたけれど美女は引き止めることを忘れてしまった。
「ウイルスの発生装置はもう作動し始めるのかもしれないけれど、アタシが……なんとかするから…………」
「ファントモンッ!?」
美女は目を見開く。
「アタシが御主人様の下僕だというのなら……暇をもらう時が来た。最後に一つ、派手に仕事してくるから……」
ファントモンは美女の前に浮き、その残った左半身の、左手を横へと真っ直ぐに伸ばし、指先で下へと弧を描くように腕を曲げていく。まるで優雅にお辞儀をするような仕草だった。それに合わせて最後には頭を下げ、そして上げる。
「アタシはウイルスを作るために生きてきたんじゃない。たぶん……このために生きてきたんだと思いたい……。傲慢かもね、たぶんね……」
ファントモンはローブの中に隠し持っていた何かを取り出した。さっと近付き、美女の金色の金属に覆われた右手ではなく左手を取り、強引に握らせた。
「何!?」
美女は驚いて手の中の物を見つめ、
「これは……!」
それが何であるのかに気付き、息を飲んだ。
「メタルマメモンがアタシに寄越したんだ。それがあれば、ここから瞬時にリアルワールドに逃げることが出来るはずだ。メタルマメモンのことだから、人数も重量も無制限だと思うよ。アタシはいらないから……使って、皆を助けてあげて……」
ファントモンは美女から離れ、真っ直ぐに『金髪』目掛けて飛んだ。その左手には黄金色の鎌が出現する。ファントモンはそれを、転送のエネルギーの中心にいた『金髪』目がけ、横に凪いだ――――。
「そんなものが通用すると思うか――――!」
『金髪』は叫ぶ。けれど、
「なにぃぃぃっ――――!」
黄金色の鎌から迸るエネルギーは、『金髪』ではなく、その周囲の物質転送のエネルギーを発し続ける機械達に向けられていた。轟音や爆発の炎を伴いながら次々に破壊していく――!
「おのれ! そんなことをしてもムダだ――――!」
『金髪』は咆哮を上げる。周囲が揺れる。大きな地震が起きる。
「――遅いよ。……本気、出すんだから……」
恐ろしいほどの、今までにないエネルギーの爆発が起きた――――。
◇
私が重い瞼を開けると、そこはキュウビモンの背中の上だった。
「ここは……」
思わずそう呟くほど、暗い。
目を凝らすと、すぐ近くに赤い光が見えた。
「メタルマメモンさん!」
メタルマメモンさんが光を発している。ロゼモンさんのすぐ傍に浮かんでいる。
その周囲を取り囲むように、ベルゼブモン、アンティラモン、シードラモンさんやリリモンさん達、ウィザーモン先生やエンジェウーモンさん達、もちろん、ドーベルモンさん達もいた。
「留姫、気がついたのね……」
アリスが私に気付くと、ドーベルモンさんがそっとキュウビモンに近付く。ドーベルモンさんの背中に乗っていたアリスが手を伸ばし、私が伸ばした手を手繰るように握った。
「アリス……」
アリスに頷くと、私は皆がそうしているようにメタルマメモンさんを見つめた。
メタルマメモンさんは美女を見上げている。
「――どうしてここにいるんです! どうして……生きているんです…………!」
メタルマメモンさんは叫ぶように言った。
「どうして……死んだはずの貴女が――姉上――――っ!!」
――――え?
私はたっぷりと一呼吸、絶句した。
「お姉さん? じゃあ、婚約者だとかあれは全部嘘だったの……!」
ロゼモンさんがそう言うと、メタルマメモンさんは目を見開く。
「それは……」
メタルマメモンさんの代わりに、
「昔はそうだったわ。……メタルマメモンのデジタマが初めてうちに連れて来られた時は……」
と、美女はそう呟いた。
「事情があり、うちで預かることになったデジタマだと言われたわ。出戻りで実家に戻っていた私の『将来の婿にどうだ?』って祖父が言って。私は一目見て『違う』と思った……。デジコアの色を見ることが出来てしまう私には、そう思えた……」
美女は泣きそうな顔になる。
メタルマメモンさんは焦り、狼狽する。
「いったいどうして!? そんな顔を姉上がするなんて! 何があったんですか! 解るように説明して下さいっ!」
メタルマメモンさんへ
「これを……」
美女はその左手に握っていた透明な多面体を差し出した。
それを見るなり、メタルマメモンさんは呆然と声を上げる。
「これは……俺がファントモンに渡した……!」
美女は体を震わせ、そして突然、その多面体を胸に押し当て両手で抱き締める。
「あの子は……メタルマメモンと同じ……! どうして気付かなかったのかしら! 私としたことがなんという愚かなミスを……!」
まるで――美女は号泣しているみたいだった。泣いてはいないけれど――号泣している。
メタルマメモンさんはロゼモンさんに問いかける。
「ファントモンは! 貴女と一緒にいたでしょう? 俺の……」
メタルマメモンさんは悲痛な顔で言葉に詰まり、そして、吐き出すように言った。
「俺の――俺の本当の兄弟は、どこに行ったんですか――っ!」
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