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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
本編23
 私にはアリスが何のことを言っているのか解らない。だからとても不安になった。
「どうしたの? 何をしようとしているの?」
 私はアリスの両肩に手をかけ、顔を覗き込んだ。
「何で泣くの? 嫌なこと? とても危険なことなの?」
 アリスは急いで涙を拭い、首を横に振った。
「ごめんなさい。……離してっ」
 そう言うとアリスは、私の手を振り解いた。
「アリス!」
 アリスは俯き、爆風で乱れた髪を両手でさっと肩から払う。そして、泣き顔で無理に笑顔を作ろうとする。
「バイバイ、留姫」
「何? どこに行くの? どうして? 何で笑ってごまかすのよ!」
 不安は私の心に溢れ、渦巻いた。
 アリスは精一杯、笑顔を作ろうとする。
「『友達を作りたいなら笑顔で話しなさい』って、おじいちゃんが言っていたわ」
「アリス……」
「大好きよ、留姫。私は留姫も、樹莉も……」
 アリスはそう言いながら周囲を見回す。
「ここにいる皆……大好きです」
 アイちゃんが驚いて目を見開く。リリモンさんが何かを言いかけ、マコトくんも「え?」と何かに気付く。
 アリスは上空を見つめる。
「ロゼモンさんも大好き。ファントモンもよ……敵だったのに不思議よね?
 ――ああ、でもね……どうしてなのか今なら解るわ」
 ふと、アリスは心に浮かんだことを呟く。
「ファントモンって――ロゼモンさんに似ているかも。そう思わない? ねえ、留姫?」
 そんなことを言われた。
「え? 何を突然言うのよ? えっと……そうかしら? そう思うの?」
 逆に問いかけた私に、アリスは頷く。
「ええ。私は似ていると思うわ」
 私はちょっと考え、
「でもそれよりもっと……メタルマメモンさんに似ていると思うわよ。そう思わないの?」
 と言ってみた。アリスは
「メタルマメモンさんに……?」
 と訊き返す。そこで私は気付く。
「そういえばアリスはファントモンが人間の姿の時には会っていなかったのよね?」
「ええそうよ。本当に似ている?」
「並んで立っていたところを見たわけじゃないけれど、身長はちょうどメタルマメモンさんと同じぐらいなのよ。
 体格はもちろんメタルマメモンさんの方が筋肉ついていると思うけれど。
 髪の色は――メタルマメモンさんは白っぽい銀色でしょう。ファントモンは銀に近い灰色だった。
 ああそうだわ、瞳の色も違うわ。メタルマメモンさんはルビーのような色で、ファントモンはブルーより少し濃いぐらいで……。そういうところは違うし……メタルマメモンさんは大人びていてしっかりしているけれど、ファントモンは正反対……。上げてみると違うところたくさんあるけれど、」
 私は上空を見上げた。
「――うん、やっぱり、すごく似ていると思う。変なの……デジモンの時の姿が似ていないから気付かなかったけれどまるで……双子みたい。ファントモンがメタルマメモンさんの真似をしていたのかしら? きっとそうね、だって好きだったんだもの。――――って、」
 そこまで言い、私は我に返る。
「アリスッ! 話を逸らさないでったら! だからアリスはどうして泣いているのよっ!」
 怒ってそう言ったのに、アリスは
「それはたぶん、とても私が気になっていたことだわ……」
 と囁くように言った。あまりにも穏やかな言い方だったので、私は勢いを打ち消されてしまう。
「あのぉ、どういうこと?」
「変だと思っていたのよ。留姫は思わなかった? だってメタルマメモンさんはファントモンに言っていたじゃない? 『どうして逃げないのか』って――」
 そこまで呟き、アリスは瞬きをした。
「そうなのね、これが……メタルマメモンさんがやろうとしていたこと――」
「やろうとしていた? どういう意味?」
「メタルマメモンさんはファントモンのことも助けたかったのよ。ずっと前からそのつもりだったのよ」
「嘘……!? だってファントモンは敵だったじゃない? まさか本当に双子?」
「ううん、それはないと思うわ。一つのデジタマから生まれるデジモンは一人だけだって、おじいちゃんが言っていたもの。でも見て。その証拠にちゃんと守ってくれているじゃない?」
 アリスは上空に浮かぶ『銀月障壁』を見つめる。その中に、ロゼモンさんとファントモンはいる……。
「守るって……どうしてかしら?」
「ファントモンの本当の性格を見抜いていたのかもしれないわ」
「そう……」
「私も、私なりのやり方で頑張らなくちゃ……」
「待って、アリスッ!」
 アリスはテイルモンさんへ駆け寄る。さっと両膝を付く。
「私、お手伝いしたいんです」
 テイルモンさんは、じっとアリスを見つめる。
「覚悟は出来ているのね?」
「はい。私が犯人達に連れて行かれた理由、それを逆に利用すれば……。私にはまだここでやらなければならないことがある。幸運なことだと思います」
 テイルモンさんは辛そうな顔をする。
「幸運? 本気でそう思うの?」
「はい。まだ決着は着いていません。テイルモンさんだって『勝ち目は無い』って思っても『戦うことを諦めない』。私も同じです。チャンスがあるのなら、幸運でしょう?」
「本気なのね?」
「はい、本気です」
「危険よ?」
「危険でも……それでも。状況が変わります。今以上に有利に皆が戦えます」
「出来る?」
「出来ると思います」
「それだけを言っているわけじゃないわ。――必ず戻って来て」
「はい」
「ちゃんと聞いて。約束して――無茶はあまりしないで。私はデジモンの治療は出来ても、人間のケガは専門外なの。もしも貴女が大ケガをしても助けられないわ」
 アリスは不安を打ち消すように、しっかりと頷いた。
「……ありがとうございます。とても嬉しいです……気をつけます」
 アリスは立ち上がる。すぐに走り出そうとするアリスを、
「待ってっ!」
 とテイルモンさんは呼び止める。アリスは振り向いた。
「リリモンに一緒に行ってもらって。――リリモン……」
 テイルモンさんが呼ぶとリリモンさんはすぐに駆け寄って来た。
 けれどアリスはそれを断った。
「いいえ、大丈夫です。一人で行けると思います。リリモンさんはマコトくんやアイちゃんと一緒にいなくちゃ。それに……シードラモンさんを待っているんでしょう?」
 リリモンさんは心配そうな顔で首を横に振る。
「でも、アリスちゃん! 心配だわ……」
「一人で出来ることだから心配しないで下さい。じゃあ、私、行ってきます」
 アリスが再び走り出そうとした時、上空から急降下してきたデジモンがいた。
「アリスッ!」
 ドーベルモンさんだった。
「どこに行くつもりだっ?」
 そう訊ねながらもドーベルモンさんは解っているみたいだった。口調が厳し過ぎる。その言い方はとても強くて、アリスは顔を強張らせて後退りした。
「ドーベルモン……!」
「ここから動かないでくれ、アリス!」
 アリスは激しく首を横に振った。
「大丈夫よっ」
「アリスを危険な目に合わせるわけにはいかないっ!」
 ドーベルモンさんは怒っている。牙を剥き出して唸り声を上げる。
 私は走り、アリスとドーベルモンさんの前に割って入った。
「アリス、待ってよ! どうしたのよっ! どこに行こうっていうの?」
 アリスは私を見つめた。
「言えないわ」
「どうしてっ!」
 私は訳が解らなくて声を荒くした。
「アリス! アリスにケガをさせるわけにはいかない。これ以上の危険は……」
 ドーベルモンさんも厳しい声でそう言った。
 アリスはドーベルモンさんを見上げた。
「誰も傷ついて欲しくないの。それだけなの……」
「アリス――」
「大切なものを壊したくないの。――私はずっと諦めかけて、でも諦められなかった。私がどうして変な体質――コンピュータや機械を壊してしまうのかずっと……ずっと生まれた時からだって思い込んで……」
 アリスは目から涙を溢れさせた。
「ようやく思い出したの。私……昔ね、ずっと昔……デジモンの友達がいたのよ!」
 私は驚いた。
「――えっ? 昔って、いつ頃のこと?」
「ずっと、小さい頃のこと」
 アリスはそう答えた。
「アリス……!」
 ドーベルモンさんは言葉を失う。とても驚いている。
「ドーベルモン、聞いてっ! 私、本当にその子が大好きだったの。その子はパパとママが育てていた子で、ガラスケースの中にいつも入っていた。私が……私が、そのガラスケースを壊してしまったの!」
「……」
「大切な友達なのに……ほら、いつか写真を見せたでしょう? あのぬいぐるみ――本当はデジモンの子なの!」
「……」
「ドーベルモン? もしかしてあの写真を見て気付いていたの? あの子がぬいぐるみじゃなくてデジモンだって……!」
「……」
 ドーベルモンさんはアリスの問いかけには答えない。無言でアリスを見つめる。
「私、大切な友達を危険な目に合わせてしまって……パパとママに約束したの。大切な人達を守れるようになりなさい、って。この約束はとても大切なものだって……」
「……」
「ドーベルモン! どうして? 何も言ってくれないの? 私は小さいあの子を殺してしまったの! でも今度は守るために私、頑張りたいの!」
「…………」
「――どうして? ねえ、何で黙っているの? ドーベルモン!」
 アリスは不安そうにドーベルモンさんを見上げた。
 ようやく、ドーベルモンさんは首を横に振った。
「アリス――。私は訂正することが出来る」
「え?」
「アリスのその記憶は間違っている」
「間違い? 違っている……なぜ?」
「アリスはあの水槽を壊していない。出来るわけがない。――なぜなら特殊な鉄鋼物と化学繊維を加えて作ったものだから。あれを壊すことが出来る状態、それは人間の力の及ばない強い衝撃を受けた時だ。
 つまり――そのデジモンは『進化』したのだ。一つ上の高みへ……」
「えっ?」
「アリスの両親には予期せぬ事で――約十五年前ではデジモンはまだ人間に知られてはいない存在だったから仕方のないことだ。進化の過程も、それがどういう成長となるのか、どういう変化を己に与えていくのかも……それさえも解らない頃だった。
 ――そんなことはどうでも……どうでも良かった……」
「――?」
「……時々出してもらう――他人が与える自由ではなく、自分で自由に外に出たかった。それだけだった……」
「――!?」
「だからアリスは何も悪いことはしていない。混乱したまま、記憶が間違って残ってしまっているだけだ。それをたまたま思い出しただけ……」
「ちょっと待って! それって……」
 アリスは驚いている。
「ドーベルモン、どうして……。だって……だって、それじゃ……」
 アリスはドーベルモンさんを見上げる。ドーベルモンさんの真紅の瞳には迷いの色が浮かんでいた。
「聞いて欲しい。アリスがしようとしていることは、アリスだけでは出来ない。その事象を起こすことは出来ないはずだ」
「出来ない……?」
「アリスが周囲の機械を破壊する時には恐らく、大きな『悲しみ』が必要だ」
「え……」
「こちらに連れて来られたアリスの傍にいて解った。昔あった事――大きな『悲しみ』がそもそもの始まりだったはず。それがアリスの周囲の機械に共鳴するようになったのは、とても大きなエネルギーだったからだ」
「『悲しみ』? 悲しいことを思い出せばいいの……?」
「辛いが――恐らく今は、私がそれの引き金になれる」
「え……」
 アリスはドーベルモンさんを見つめる。
「どういうことなの? どうしてそんなこと言うの?」
「アリスを……泣かせたくない。悲しませたくないが――許して欲しい。我々だけの力では、現状を変えられない――」
「ドーベルモン?」
「私を許さないでいい」
 ドーベルモンさんはアリスに向かって深く頭を下げた。
「私は……アリスを悲しませる……だが、アリスの存在を利用するしかないのかもしれない。そう判断していいのか迷うが……」
「ドーベルモン……」
 それからすぐにドーベルモンさんは腹這いになる。
「乗って」
 とアリスを促した。
「でも……」
 アリスは戸惑う。突然言われた言葉の数々を全部理解出来ていないから……。
「いいから、早く。アリスの行きたい場所へ私が連れて行く」
「そんな……」
「私はアリスを守る。どんなことがあってもアリスを守る。それが私の約束であり、誓いだ。どんなに許されないことをしても……それだけは譲れない」
「どうして、ドーベルモン……?」
「今、話す時間は無い。急いで」
「解ったわ――」
 アリスはドーベルモンさんの背中によじ登る。アリスが乗るとドーベルモンさんは立ち上がった。
「ドーベルモンさん! ねえ、どうして? どこに行くの?」
 私が訊ねると、ドーベルモンさんは私に頭を下げた。
「すまない。アリスのわがままを一度だけだと思って目を瞑って欲しい」
「だから! どういうことなの?」
「アリスと一緒に私は戦ってくる。アリスだけは必ず守り、連れ戻るから――信じて欲しい」
「……!?」
 言葉が出ない私の前から、猛然とドーベルモンさんが空に向かって走り出した。
「留姫……」
 アリスが私の名前を呟いたけれど、風に掻き消された。
 ――ドーベルモンさん! アリスッ!


 『金髪』が、二人に気付いた。
「忌々しいっ!」
 金髪は吼え、攻撃する。全身が光り、そのエネルギーは恐ろしい牙を生やす口へ集中する。レーザーを発射した。ドーベルモンさん達を焼き尽くそうと狙う。
「ドーベルモンさん!」
 照射し続けるレーザーをドーベルモンさんは猛スピードで振り切る。空中をまるで道があるように走っていたかと思うと、飛石を渡り跳ぶようにジグザグに走る。
「ドーベルモン……!」
 リリモンさんが、走るドーベルモンさんを目で追う。
「信じられない……速いわ……」
「危ないわ!」
 私は両手を祈るように組んだ。思わずそうしてしまった。
「速過ぎてアリスが振り落とされないかしら!?」
「ええ。だから『信じて欲しい』って言ったんでしょう、きっと」
 そう言うリリモンさんも不安みたい。
「そうなの……!?」
 私はぎゅっと両手を握り締めた。それを胸に押し付ける。
「何をしようっていうのよ! アリス! ドーベルモンさん!」
 リリモンさんはテイルモンさんへ、真剣な顔で話しかける。
「……そろそろですか?」
「ええ……たぶんね」
 テイルモンさんは、三歩ほど飛び退き私達から離れる。
「テイルモンさん!」
「全力で……やってやろうじゃないの!」
 テイルモンさんの両手から光がほとばしる。全身を包んでいくその光の中で、大きく翼を広げた美しい女性が姿を現した。純白の羽は八枚。舞い散る綿雪のような羽根が光り瞬く。あっという間の進化だった。
「エンジェウーモンさん……」
 リリモンさんがその姿を見て呟き、
「私もこれ以上の進化が出来ればもっと役に立てるのに……」
 悔やむようにそう続けた。
 リリモンさんもその手に花びらを広げた花のような武器を出現させる。威力のあるカノン砲――。
「そろそろ『金髪』はアリスちゃん達やメタルマメモンさんを本気で攻撃するわ」
「本気で?」
 マコトくんが覚悟を決めた目でリリモンさんを見上げる。リリモンさんは頷く。
「『金髪』の動き、前より俊敏になってきている。こっちにも攻撃が及ぶかも――気をつけて!」
 エンジェウーモンさんは私達にそう言った。
 私は怖くなって叫んだ。
「アリス――!」
 アリス達は『金髪』の上空に近付く。
 『金髪』は、
「殺すっ!」
 と怒鳴り、さらに攻撃しようとした。そこにオートプログラムで戦い続けているメタルマメモンさんが渾身の一撃を繰り出す。
「何をっ! この程度で勝てると思うな、小僧っ!」
 メタルクローで繰り出す攻撃を『金髪』は振り払う。メタルマメモンさんに掴みかかろうと伸ばした手の中には、けれどもメタルマメモンさんは捕えられなかった。
「『攻撃パターン16――不知夜(いざよい)』」
 メタルマメモンさんの体が掻き消えた。高速移動をかけ、突然、『金髪』の目の前に踊り出た!
「な……!?」
 『金髪』が何かするよりも早く、メタルマメモンさんはその勢いに乗り右手に装備する金属製の三本の刃で『金髪』の兜を切り刻む! 刃の煌きが無数に見えた。
「グオオオ――――ッ」
 一カ所だけ露出していた左眼を狙われ、『金髪』が吼え叫ぶ。
「くそったれがぁ!」
 怒声と共にメタルマメモンさんへ『金髪』の右腕が伸びる。けれど、メタルマメモンさんは一瞬早く高速移動をかけて退避。
「『攻撃パターン78――垂雪(しずりゆき)』」
 そして『金髪』の腕を抱え、引く。『金髪』は巨体を引っ張られ、バランスを崩す。
「ウオオ――ッ!」
 ドウッと前のめりに『金髪』は倒れ、振動で地が揺れ、瓦礫のくずが土煙のように舞う。
「貴様を野放しにしていたのが間違いだった! ――こうなったら猶予は与えぬ! パーツとして同化させてやるわ――――ッ! この鉄屑がっ!!」
 視力を封じられた『金髪』の怒声が響き渡る。滅茶苦茶に、辺りを攻撃し始めた。手の届く場所だった足元の辺りなどを、感情の高ぶるままに破壊する。それをメタルマメモンさんへ投げつけた! 目は見えずとも、メタルマメモンさんのいる場所は耳で解るみたい。
 メタルマメモンさんは投げつけられる巨大な瓦礫の数々を避けながら飛び、再び『金髪』に近付く。起き上がろうとした『金髪』の頭上に近付き、
「『攻撃パターン07――御光』」
 サイコブラスターを撃つ! 太陽光のようなその光を迎え撃とうと、『金髪』もその口から超高熱のレーザー砲を放った。光と光がぶつかり合う。周囲が真っ白になるほどの強烈な光の激突――。
 その光が静まるまで時間はかかったけれど、それでも戦いには決着はつかない。強い光を見たことでまだ慣れない目が、戦い続けるメタルマメモンさんと『金髪』の姿を再び捉えた。


 ドーベルモンさんがベルゼブモン達に駆け寄る。
 一足先に来ていたウィザーモン先生がそちらに一飛びして近付き、アリスに
「大丈夫ですか?」
 と声をかけて気遣う。
「……は…い……っ」
 フルスピードで走っていたドーベルモンさんの背中では呼吸もちゃんと出来なかったみたいで、アリスはとても苦しそうだったけれど気絶はしていないみたい。
 ドーベルモンさんはアリスの様子を気遣いながらも、
「周囲の全兵器を破壊出来る用意がある。さすがにウイルス発生装置には通用しないと思うが――どうする?」
 とベルゼブモンに言った。
 ベルゼブモンは『金髪』から目を離さずに、ニヤリと笑う。
「――ああ、そうか。そりゃ助かるぜ。――もうちょい、待て」
 そう言うベルゼブモンに美女は問いかける。
「まだ時間がかかりそう?」
「ああ。まだもう少し、な……」
 ベルゼブモンはそう言い、両腕を組む。
 仁王立ちのベルゼブモンの横でアンティラモンも耳を澄ましている。やがて、
「――やはり!」
 とアンティラモンは鋭い声を上げた。
「おう。そっちは終わりか?」
「今、ちょうど……。我の思ったとおりだった。あのウイルス発生装置、本体は別の場所にある!」
「そうか。本体がどこにあるか、探さねぇとなぁ……」
「そちらは?」
「もう少しな。……妨害用の磁場があるだろ。邪魔だと思わねぇか? ――待てよ、メタルマメモンの持っているデータをちょっと分けてもらえば早い? ……って…、あの状況じゃ無理か。あ〜あ……急いでいるってぇのに……」
 ぶつぶつと呟きながらも、ベルゼブモンは鋭い眼光を決して緩めない。
「地道にやるしか……ん? ――ベルゼブモン!」
 アンティラモンが再び驚いて声を上げたので、ベルゼブモンは『金髪』から視線を外さずに問いかける。
「どうした?」
「あ――――いや、その…………早まったことはしないように……」
「しねぇよ。オレが解析途中で放り投げて、アイツを攻撃すると思ったのか?」
「あ……そうじゃなくて。――いや、それは……」
「何だ?」
 ベルゼブモンはイラッとしながら声を荒くする。
 アンティラモンは戸惑いながら、
「音が聞こえただけ……」
 と告げた。
「音?」
「……」
「おい?」
「……」
「こら、オマエ、ナメてんのか? オレの作業の邪魔をして、今度はダンマリかよ!」
「……」
 アンティラモンはだんだん、呆然とした顔になっていく。
 ベルゼブモンはまだ解析の最中だから、アンティラモンの顔までは見られないみたいで、イライラとしている。
「どうしたってんだよ……ああ、くそ、もう少しだってのに、気が散るじゃねぇか!」
 とうとうしびれを切らしてベルゼブモンはアンティラモンの方を見ようとしたけれど、さっとベルゼブモンの目の前に美女が高速移動をして、その黄金色の爪をベルゼブモンの目の前に突き出した。
「仕事に集中しなさい」
「……んだよ、オマエ……」
 ベルゼブモンはぶつぶつと呟いたけれど、それ以上は文句を言わずに
「その手、とにかく、どけろ」
 と言った。
「気になるようなら、私が代わりに訊いておいてあげるわ」
 美女はそうベルゼブモンに言うと空中を滑るように移動して、アンティラモンの傍に立つ。
「何か聞こえるのかしら?」
 アンティラモンはぴくっと鼻を動かした。夢から引き戻されたような顔をして、美女に告げる。
「どこかで砕けたデジコアの音がした――――」
 美女はゆっくりと顔を強張らせた。
「そう……」
 ベルゼブモンは
「……何だと? まさか、あのヤローのか!? シードラモンか!」
 と声を低くする。


「シードラモンさんが!?」
 私は息を飲んだ。
 リリモンさんが
「う…そ……」
 と呆然と呟く。上空を見上げた。その瞳から涙が溢れた。
「ひどい……戦いたくなかったのよ、シードラモンは――――!  いや、いやぁ――――っ!」
 リリモンさんは叫び、泣き崩れた。
「リリモンさん……」


「違うっ! まだ――生きている。けれど、この音は――――」


 アンティラモンの声とほぼ同時に、突然、地面が揺れだした。
「地震!?」
 エンジェウーモンさんがアイちゃんを抱きかかえる。リリモンさんもマコトくんに駆け寄る。
 私は立ち上がろうとして、あまりの揺れにまた座り込んでしまった。
「留姫!」
 リリモンさんが私へと手を伸ばす。それに掴まろうとして、――――出来なかった。
「キャアアアッ!」
「留姫――!?」
 私がいた場所が、突然隆起したかと思うと、恐ろしい音を立ててひび割れを起こしながら砕け始めた。私は急いでその場所から逃げようとしたけれど、揺れに足を取られて割れ目に落ちた。
「いやあっ!」
 手でとっさに岩を掴もうとしたけれど、私の握力では無理だった。
 ――――落ちる――――!
 恐怖で顔が強張る。
 ――助けて――!
 声が出ない。あっという間に体が落ちていく。深い割れ目が次々に起きる。引き摺り込まれる。抗うことなんか出来ない。怖い、助けて――――。
 ――――キュウビモン――――!


 私の視界に、金色の光が見えた。
 瞬時に背中に何かが当り、私の体を押し上げる。
「……ッ!」
 声も出なくて、私は夢中で体を捻り、しっかりと彼にしがみ付いた。
 キュウビモンはそのまま降り注ぐ岩や瓦礫を避けながら上へと走り出す。時折、落下する瓦礫を足場に跳ぶ。瓦礫の数々を跳びつつ移動しながら一気に駆け上がった。
「留姫――っ!」
 アリスの声が聞こえた。
「――ッ!」
 声が出ない代わりに、私はぎゅっと歯を食いしばった。
 ――アリスッ!
 声が聞こえた方へ顔を向ける。けれど私の目からは涙が溢れてどこにアリスがいるのか見えない。私は何度も瞬きをして見ようとした。両腕はしっかりとキュウビモンの背中にしがみ付いているから使えない。首を曲げ、肩に擦り付けるように涙を拭う。
「――!?」
 最初に見えたのはキュウビモンの頭の後ろ。キュウビモンは唸り声を上げて威嚇している。
 ――何に対して?
 次に飛び込んで来たのは、大きな――海のような青い色。
「……!?」
 目の前に、シードラモンさんに似たデジモンがいた。けれど私が知っているシードラモンさんよりももっと大きい。それに青い氷のような鎧で覆われている。その深い海の色の瞳には攻撃へと高ぶる感情が溢れ、恐ろしい姿をより際立たせる。
「ォオオオ――――ッ!」
 そのデジモンが吼えた。その咆哮は周囲を揺るがせる。地表を切り裂いた割れ目から、その声に導かれるように波が沸き起こる。この島の周囲を取り巻く濁った海水が流れ込む。洪水のように辺りを満たしていく――。
 マコトくんを抱えて飛ぶリリモンさんは、息を飲んだ。
「シードラモンなの!?」
 マコトくんも
「こんな……嫌だよっ!」
 と大きく首を横に振った。
「シードラモン! どうして……!」
 アンティラモンも悲痛な声を上げた。
 それが異常な状況だと誰もが感じていた。
「これが、『金髪』の実験の成果だっていうのかよっ!?」
 ベルゼブモンが唸る。
 アイちゃんを抱え、空いた手で銀色のジュラルミンケースを持ち飛び上がっていたエンジェウーモンは、
「本来のシードラモンの力の領域を越えているわ! 究極体の――それも神に近い力……!」
 とウィザーモンへ叫ぶように言った。ウィザーモンは頷き、ベルゼブモンに強い口調で訊ねる。
「『我々』はどれだけの行動を許されているっ?」
 ベルゼブモンはウィザーモンに、
「『好きなようにやれ』――そう、うちの上の連中なら言うだろうよ、臨機応変な奴らばかりだからな」


 ――そして、もう一体のデジモンがいた!
「――戦イ……タイ……戦イタイ…………!」
 鋼色の恐竜が吼え続ける。シードラモンさんと同じぐらい大きい、恐竜の――ティラノサウルス・レックスに似ていた。
 『銀月障壁』の中でファントモンが悲鳴を上げた。
「メタルティラノモン――ッ!」
 これが『銀髪』の姿なんだと、私達は知った――。
「――ギガデストロイヤーU――――!」
 『銀髪』は本来のデジモンの姿――メタルティラノモンというその姿になっていた。けれども様子が変だった。シードラモンさんも、メタルティラノモンも……狂ったようにお互いを攻撃し合う――――。
 メタルティラノモンの両腕の破壊兵器――鋼色の金属の三爪が開き、その砲口から青白い光線が発射された。
 シードラモンさんはその全身から青いオーロラを発する。波打つそれは一瞬のうちにシールドになる。メタルティラノモンの放った光線は、そのシールドを一瞬のうちに焼き尽くすかのようだった。けれど、シードラモンさんの声が響き渡り、負けぬスピードでシールドを更に作り出していく。
 周囲に青い光が撒き散らされるように、全てが青に染まる。地表を覆う大津波がその光を反射させる。
「シードラモン――――!」
 リリモンさんの声も攻撃による破壊音で掻き消されてしまう。


 波打つ濁った海水に浸かりながらも、『金髪』は不気味な、笑いを含んだ声を上げた。
「メタルティラノモンの究極の強さが引き出されている! これでいい! 極上のパーツだ! 揃う、揃うぞ――――!」
 メタルティラノモンの攻撃と、シードラモンの防御がほぼ同時に止む。メタルティラノモンが次の攻撃に出るその瞬間を、『金髪』は逃さなかった。


「その力、その能力……全て糧となれ――――!」
 『金髪』はその口から超高熱のレーザーを放った。メタルティラノモンの背の右側から真っ直ぐに、そのデジコアを撃ち抜いた――。


 まさか、そんなことになるとは誰も思わなかった。『金髪』が仲間を攻撃するなんて――。
「メタルティラノモン――!?」
 ファントモンが悲鳴を上げた。
 メタルティラノモンの体が光に包まれる。
「そんなっ! どうして――――」
 その時、メタルティラノモンのその体から――そのデジコアから、叫びが聞こえた。



「逃ゲロ――オマエ……ハ……『楽園』ハ……、『砂時計』ハ――――全テハ――――『心臓』ハ――オマエ――――」


 メタルティラノモンのデジコアが――その巨大な体が瞬時に砕け散った。爆発に似ていて、それよりも光が強かった――。

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