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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
本編22
「じゃ、何か? 最後に言っておきたいことをロゼモンに伝えるためだけ!?」
 ベルゼブモンはしかめっ面になり、唸るように続けて言った。
「――お遊びはここまで、か。ずいぶん早い展開だな。ロゼモンの悲鳴がウイルス発生装置の鍵になるってこと気付いているんだろうな? あんま叫ばせるようなことすんじゃねぇって……。――それよりも……マジで刺し違えるつもりだな、アイツ……」
 金属がぶつかり合う音が響く。まるで威嚇することを楽しむように
「グハハハハ――――ッ!」
 『金髪』が不気味な笑い声を上げている。立ち上がる黄金色に輝くその体には恐竜のように長い尻尾もある。その尻尾、そして右肩には鋼鉄の鎧で覆われている。
「殺す!」
 『金髪』の攻撃が開始された。メタルマメモンさんへ金色の怪物は口からレーザーを放射する。
 メタルマメモンさんはその攻撃の数々を潜り抜けて『金髪』との距離を縮めていく。サイコブラスターで急所を狙っても『金髪』の巨大な腕の一払いで弾き返されてしまうけれど、メタルマメモンさんの動きに『金髪』はついていくことが出来ない――。
「ずいぶんと変わったものね。他人のことなんか無頓着だったのに」
 美女はメタルマメモンさんの動きを目で追う。嬉しそう。
「楽しめるならいいわ。退屈しないもの」
「そう言うと思ったぜ。だがな、あのサイコブラスターはプロトタイプだ。正常な動作保証が全く無い。下手すりゃ爆発どころじゃ済まないぜ」
「あら大変。無茶やっているのね、珍しい……」
 美女は呆れた顔をした。
「――ところでオマエ、そういう言い方するなら、もしかしてメタルマメモンと知り合いか?」
 ベルゼブモンはそう言い、胡散臭い目で美女を見つめる。
「ええ」
「なんだ。へえ、そりゃ奇遇だな」
「そう? 私の顔を一目見れば、メタルマメモンは跳び起きると思ったのよ。急いで来たのに必要無かったわね。つまらないわ……」
 ベルゼブモンは変な顔をした。
「何で跳び起きるんだよ?」
「ええ、いつもそうだったわよ」
「へ?」
「それよりアンタこそ、メタルマメモンと知り合いなの? いつ友達になったわけ?」
「オレ? DNSSで、だが?」
「そう……」
「――するってぇと……アレ……オマエ……」
 口篭もり、そして突然、弾かれたように大声を上げた。
「オマエ! まさか――――っ!」
 美女はスッと目を細めた。右手――『黄金の魔爪』を軽やかに翻し、人差し指を立てて
「フフッ。お楽しみは最後まで残しておくものよ」
 と言い微笑む。
「いや、そりゃ……」
 ベルゼブモンは唸りとも呆れたとも取れる声を発する。
「メタルマメモンは幸せね。――私、今は別のデジモンに夢中なの」
「別ぅ?」
 ベルゼブモンは顔を強張らせた。
「おい、その不幸なヤツは――あ、いや、その……」
 美女はおかしそうに笑う。
「ほら、ロゼモンと一緒にいるでしょう? あのコ……」
 ベルゼブモンは絶句する。
「げっ! おい、アイツはダメだろ!」
「ええ。女の子だって解るわ。私、細かいことは気にしないわよ。――もう一人でいるのはしばらくはごめんだわって、そう思ったのよ。男だろうが女だろうがどっちだっていいの……」
「オマエ……」
 ベルゼブモンは、ガシガシッと頭を掻いた。
「あら? 何で困るの?」
 ベルゼブモンは美女に問いかけられ、ハッと固まった。
「いーや、何でもねぇ……」
「どうしたの? 隠し事?」
 美女は右手を向ける。黄金色のその指をまっすぐベルゼブモンへ向け、軽く睨む。
「……おい、その指こっちに向けんな!」
「おっしゃいな……」
 美女の口調が変わり、優雅さに凄みが加わる。
「はあ……」
 溜息とともに脱力すると、ベルゼブモンは嫌そうな顔でひらひらと手を振る。
「勘がいいんだかどうなのか……」
「何?」
「ファントモンは、さあ……」
 ベルゼブモンは眉間に皺を寄せる。
「古代種の名残が濃く残ってるらしいぜ」
 美女にとって意外な言葉だったみたいで、一瞬だけれど動きを止めた。
「……それ、本当?」
「ああ。アンティラモンが何か調べているから白状させた」
「とてもそうは見えないけれど?」
「――問題はそこだ」
「?」
「つまり、ああ見えるが実は無性別なんだと。デジモン本来の特徴が濃く残っているらしい」
「――――!」
 ベルゼブモンの言葉に美女は絶句する。
「へえ、オマエでもそういう顔すんだ?」
「……ええ」
 美女は瞬きをして、遠くにいるファントモンを見つめた。
「それはそんなこと思ってもみなくて……今時、珍しいわね……」
「だからアイツ、自分は女だって思っていても今後は男になるかもしれねぇ。それだけ不安定なデータの塊ってことだ」
「その話、喜ぶべきなのかしら? でも、ついていき辛いわ……」
 美女はファントモンを見つめたまま、上の空で返事をした。
「手を引け」
 ベルゼブモンの声は、ひどく真面目だった。
「手を引く?」
 そう言われ、美女はベルゼブモンへ視線を戻す。
「今のうちに諦めろ」
「……なぜ?」
「だからアイツは別件で指名手配になっていたらしい。アイツの仲間の『銀髪』もだ。それがどうも話がややこしいらしい。表向きは指名手配だが裏はそうじゃねぇ……たぶんな」
「……それを私に言うの? ご親切に……」
「いいから聞け。流石にオマエでもどうこう出来ねぇかもしれねぇんだ。――ツライだろ?」
「……私、諦めが悪いのよ。知っているでしょう?」
 ベルゼブモンは押し黙る。
「どうしたの? 呆れて物を言う気も失せる?」
「いや……」
「何よ。私の盛り上がりにケチをつけるの?」
「ああ?」
「恋は障害が大きいほど燃えるものでしょう?」
「まあ……なんとなくその気持ちは解らんでもないが……」
「これ以上は後で話さない? ――メタルマメモンが攻撃をしているうちに『金髪』の弱点がどこにあるのか見極めることは出来る?」
「造作もねぇな」
「サイボーグ型デジモンに対してはウイルスの感染スピードは遅いのよ。後はまかせるわ」
「ああ」
 ベルゼブモンは頷く。何とも気不味そうな顔を美女に向けるが、
「んじゃ、続きは後で話すぜ」
 ベルゼブモンは美女との話を切り上げ、大きく後方に飛んだ。そして、その場所から『金髪』の動きを解析し始めた。


 私は悩みながら、こっそりとアリスに問いかける。
(今、とてもややこしい話、聞いちゃったわね。ファントモンのこと……)
(そうね。どうしよう――皆、メタルマメモンさんの戦いに目が釘付けで、聞いていなかったみたい……)
(私達だけ? 聞かなかった方が良かったかしら?)
(聞こえちゃったものは仕方ないじゃない)
(うん……。――あ!)
(リリモンさん?)
 私とアリスからは離れたところで、がくりと、リリモンさんは崩れるように座り込んだ。
「リリモンさん!」
 マコトくんがリリモンさんの隣に膝を付く。
「大丈夫? リリモンさんっ」
「大変……どうしよう……」
 リリモンさんは呆然と遥か上を見上げる。メタルマメモンさんが作り出した『銀月障壁』を見つめる。その銀色はメタルマメモンさんの髪の色に似ていた。時折瞬くように輝く赤い発光はメタルマメモンさんの瞳の色を思い出させる。
 私達も、メタルマメモンさんにとってロゼモンさんがどんなに大切な存在なのか、思い知ったような気がした。
 ロゼモンさんは『銀月障壁』の中に座り込み、メタルマメモンさんの戦いを呆然と見つめている。ファントモンはロゼモンさんの体を支えるように寄り添っている。
「メタルマメモンさんまで? 自分のデータを……」
 リリモンさんは両手で顔を多い、全てを拒絶するように頭を左右に振った。
「リリモンさん……」
「とても危険なのよ、ダメなの! どんなに知識があったとしても、自分のデータを書き換えるなんて、それを例え一部分でもやると取り返しがつかないことになるのよ」
 マコトくんに向かって、リリモンさんは疲れきった様子で告げた。
「そんなに危険なの?」
「ええ、そうよ。ああ――メタルマメモンさんっ!」
 リリモンさんはメタルマメモンさんに向かって、声を上げた。
「ロゼモンのこと、そんなに好きなの? でもロゼモンの本当の願いはそれじゃないわ! ロゼモンはずっとずっとメタルマメモンさんといたいだけなの! それが本当の願いよ! どうしてその願いは叶えてくれないのよ!」
 リリモンさんは立ち上がる。戦い続けるメタルマメモンさんへ、声を張り上げる。
「もしもの時は自分が意識を失っても――ただの機械としてでもロゼモンを守ろうって、そう思ったんでしょう? でも、そんなの……悲しいじゃない、悲し過ぎるわっ! 頭が良過ぎるのよ! したたか過ぎて、憎らし過ぎるほど罠のような計画を張り巡らせて――それでたった一人で死ぬつもりだったんでしょう! 残されるロゼモンはどうなるのよっ! それに……それに、必死に助けようとしている友達や先輩や……皆のことをちょっとは考えてくれたっていいじゃないっ!」
 リリモンさんの声は――メタルマメモンさんには届かない。どんなに必死に呼びかけても、メタルマメモンさんは今、ただのプログラミングされた戦闘機械になってしまっている。
「ねえ、メタルマメモンさん! シードラモンって名前、解らない? 本当は貴方の友達なのよ! 助けようって頑張ってくれているのよ、今『銀髪』と戦っているの――! 貴方のために必死に戦っている友達がいるの! ねえ、お願い……一人で戦うのやめてよっ!」
 ――こんなにリリモンさんが呼びかけているのに……。
「どうして? メタルマメモンさんはもう目を覚ましてくれないの?」
 私の声に、
「それは解らないわ」
 と答えたのはアリスだった。
「アリス?」
「手段はあると思う。でも、そうしてもいいのかどうか良く考えなくちゃ」
「考えるって?」
「本当? そんな手段、あるの?」
 リリモンさんが驚いてそう訊ねた。アリスはしっかりと頷く。
「はい。私、メタルマメモンさんを見るのは二度目なんです」
「二度目?」
「初めて会った時は、留姫と一緒にファントモンに連れて来られた時でした。その時、どこか変だと感じたんです。なぜそう感じたのか、今ようやく解りました」
「どういうこと?」
「最初に会った時すでにメタルマメモンさんは『二人』いたんだと思います。きっとそうです」
「『二人』って?」
「本来のメタルマメモンさんと、プログラムされたメタルマメモンさんが同じ体の中に同時に存在していたんです」
「え……!」
「樹莉が――あの、私達の友達なんですけれど、その子と再会した時にも変だと思ったんです。それは樹莉があの美女のデジコアを持っていたから。『二人分』だったからなんです。――そうでしょう、留姫?」
 問いかけられて、私は頷いた。
「そうだったわ!」
「樹莉ちゃん……? その子は今、どこにいるの?」
 リリモンさんは周囲を見回す。
「樹莉はまだここには来ていませんが、後で必ず会えると思います。今はマスターと一緒にいるんです。この地下のどこかに……」
「え…え? どういうこと? もう少し解るように話して」
「ええと……樹莉のことは後で話しますね。先にメタルマメモンさんのことを話します」
「うん、ありがと……ごめんね、ちょっと解り難くて……。それで?」
 リリモンさんはアリスに真剣な眼差しを向ける。
 アリスは、
「今、メタルマメモンさんの意識が無かったとしても、それが眠った状態でいつでも起こすことが可能なら……今の状態では起こすことは無理かもしれない、って思うんです」
「ええ? 無理?」
「どうしてオートプログラムと本来のメタルマメモンさんが同時に存在したらいけないの? だってアリスちゃん達が最初に会った時はそうだったはずでしょう?」
 リリモンさんと私はアリスに訊ねた。
「メタルマメモンさんの体は今、とても危険な状態だと思います。あのような酷い攻撃を受けても動けるのは、メタルマメモンさんが予め組んでいたオートプログラムのためだと思います。自動修復が行われているのならなおさら、このまま様子を見る方がいいと思うんです。
 あのケガの状態で本来のメタルマメモンさんが目を覚ませば、いくらDNSSで訓練を積んだデジモンでもその体を保つのは難しいはずだから。
 業務用などの目的で使われるコンピュータは、一つが故障しても運用障害が発生しないよう、同じものを複数台用意して常に同時に動かす場合があります。通常は一つだけを使っていますが、もう一台には常にバックアップとして情報をコピーしていたりするんです。
 ――これは推測です。けれど――そういうものを作ったとしたら? 元から一つの器の中で一つしか存在しなかったものが、二つ同時に存在すれば、体力も激しく消耗すると思います」
 アリスの説明を少し離れた場所で聞きながら
「あ……」
 と、アイちゃんが思い出したように呟いた。
「時々、メタルマメモンさんはどこかに行ってしまって……。いつもすぐに戻ってくるけれど疲れているようにも見えました」
「やっぱりそうなのね……」
 アリスはアイちゃんに頷く。
「メタルマメモンさんは、この戦いに勝つためにいくつもの策を練って挑んでいる――だから、今動いているオートプログラムはとても仕上がりの良いものだと思うんです」
 アリスはメタルマメモンさんを見上げる。
「ちょっとのことでは動作を停止しない、頑丈なプログラムだと思います。無理にメタルマメモンさんを起こすよりも、メタルマメモンさんのオートプログラムが停止することがあれば起こすようにした方が、より安全だと思います。タイミングを逃さないようにしないと……仮に全機能が停止し、あの場所から落下すれば命の危険も考えられますし……」
「アリスちゃん……」
「ロゼモンさんの『悲鳴』がウイルス発生装置のキーになっているなら、それをやらないようにしてもらわなくちゃ。あのウイルスの発生装置を破壊しなくちゃ……」
 アリスは祈るような眼差しを向ける。
 リリモンさんが不安そうに問いかける。
「ねえ、アリスちゃん。どうして? とてもデジモンのことに詳しいみたいだけれど……?」
「別に……私は……あの…………」
 アリスはそっと目を伏せた。
 私はアリスの手を取った。
「留姫?」
「そのことだけれど、マスターから少し話は聞いたの。アリスのこと……特異体質だということ、あと、アリスのおじいさんのこととか……」
「そんなっ!」
 アリスは驚いて、そして、泣きそうな顔になった。
「ああ、嘘でしょう……機械を壊しちゃうことは、どうしても知られたくなかったのに……。おじいちゃん、ひどいわっ」
「アリス……」
 アリスはみるみるうちに涙を浮かべた。
「私、留姫の携帯電話、壊しちゃったこと……ずっと謝りたかったの……」
 そんなことを言われて驚いた。
「いつ?」
「中学の時よ。すごく留姫、怒っていたから……とても悲しかった……。言えなくて……ごめんなさいっ」
「言ってくれれば良かったのに。あの時は補償で直ったからお金取られなかったもの。絶対怒らないことはないとはいえないかもしれないけれど、でも、言ってもらわないと私も解らないことあるわ」
「言えなかった……無理よ、嫌われたくなかったの。せっかく出来た大切な友達だもの。友達の大切な持ち物を壊しちゃうなんて知られたくなかった……」
「アリス……」
 私はアリスの肩を抱き寄せた。
「友達よ。私はアリスの友達だから……。本当よ、友達だから……」
「留姫……」
 アリスは声を震わせる。
 ふと、
「どうしたのかしら……?」
 リリモンさんが呟く。
「何のことですか?」
「あのデジモン……動きが鈍いわ。体が大きいからかしら?」
 そう言われてみればそうかもしれない。『金髪』は素早く動くことは苦手みたい。
「それなら今が攻撃のチャンスじゃない!」
 私は訊ねたけれど、キュウビモン達は攻撃をしない。
「どうしたのかしら?」
 アリスは不安そうにドーベルモンさんを見つめている。
 アンティラモンがウィザーモン先生とテイルモンさんをこちらに連れて来た。
「彼らはすぐに攻撃することは出来ません。弱点も知らないし、敵は体にウイルスを仕込んでいる恐れがあります。それをまず確かめないと大変なことになってしまいます」
 ウィザーモン先生はそう教えてくれた。アンティラモンは瓦礫の上にウィザーモン先生を下ろす。その上に座り、ウィザーモン先生は
「テイルモン」
 と、アンティラモンの背中に乗り肩越しにウィザーモン先生を見ていたテイルモンさんに微笑みかける。
「後はお願いしますね」
「……」
 テイルモンさんは何か言いかけ、そして目を伏せた。アンティラモンの背中から滑り降りた。
 アンティラモンはウィザーモン先生とテイルモンさんを気にしながらも、ベルゼブモンのところへ向い、飛んだ。手伝うつもりみたい。
 テイルモンさんは、ウィザーモン先生を見上げた。
「留姫達と一緒にいるから。気をつけて行って」
「ええ。もちろん」
「軽く言わないで」
「そう聞こえますか?」
「私にはそう聞こえるわ。いつもそうだわ。そう、ずっと思っていた。――あの雨の夜からずっと……」
 テイルモンさんはそうウィザーモン先生に言った。ウィザーモン先生は
「え?」
 と、視線を彷徨わせる。いつのことを言われているのか思い出そうとしている。そのことを怒るのかと思ったら、テイルモンさんは怒らなかった。
「忘れているなら別にいい」
 そうテイルモンさんは言ったけれど、すぐに、
「ああ……あの日は雨でしたね」
 と、ウィザーモン先生は言った。思い出したみたいだった。瓦礫の上に立ち上がり、上へと視線を向ける。
「もう、ずいぶん時間が経ってしまったように感じて……。見えますか、テイルモン」
「何が?」
「この戦い――これからようやく決着がつくようです」
「そうみたいね」
 ウィザーモン先生は穏やかに、
「勝ち目は無いかもしれません」
 と言った。
「「「「ええっ!」」」」
 私達は驚いて声を上げたけれど、テイルモンさんは動じなくて、小さく頷く。
「そうね。勝てないかもね。あれだけの顔ぶれで立ち向かわなければならない敵――」
「そうですね」
「これ以上のDNSSからの援護は期待出来ない。――条件が悪いわ。もっと有利な戦いに持っていければ良かったのに……」
「メタルマメモンは例えるのなら『鋼の死神』でしょうか? そして『魔王』。――『暗黒の女神』からの助力は期待出来ませんね、諸刃ですから……。けれど『金毛九尾』がいる。『狙撃手』。それに『覇牙鋼爪』……」
「ほんとはアンタだって、そんな名前で呼ばれたことがあるんじゃない?」
「さあ、どうでしょう。私は大した事のない平凡な成熟期デジモンですから」
「それなら私も同じだわ」
「そうでしたっけ?」
「そうよ。ウイルスにだって容易く感染するほど弱いわ」
「そうでしたね……」
 ウィザーモン先生は楽しそうに小声で笑い、そして――とたんに真面目な顔になる。マントの下から、あの病院からテイルモンさんが持ち出した銀色のジュラルミンケースを手品のように取り出し、手を離す。それこそ手品のように、ふわりとそれはテイルモンさんの方へ飛び、その足元に音も立てずに置かれた。
「では」
「ええ」
 最後はそんな一言しか交わさない。何事も無かったかのように二人は互いに背を向けた。
 ウィザーモン先生は空へ飛び上がり、真っ直ぐに飛ぶ。『金髪』とメタルマメモンさんの戦いを見守るデジモン達の所へ。
 テイルモンさんはその姿を見送ることもしない。
 私は思わず駆け寄った。
「テイルモンさん!」
 テイルモンさんは私を見上げる。
「どうしたの、留姫?」
「あの、でも……ウィザーモン先生がっ!」
 何を言っていいのか混乱していると、テイルモンさんは頷く。
「ありがと。彼とはさっき、たくさん話したの。ん……違うかしら。彼の話を聞いていた、だわ。私の話はしなかったから」
「あの……!」
「後でまた、たくさん話をしたいって決めたの。今度は私が伝えたいこともきちっと話すわ。――イライラするけれど我慢して、彼の無事を信じるしかないわ。短気な私にはかなりの我慢が必要ね」
 テイルモンさんはしっかりと頷く。そして周囲を見回し、
「皆、覚悟はいい?」
 言われて、皆は緊張した顔になる。
「私は全力で貴女達を守るつもりよ。今すぐここから逃がしてあげたいけれど、それは無理だから。ええそうよ――『全員』は無理なの。そうでしょう、アリス?」
 テイルモンさんがアリスに問いかける。アリスは頷いた。
「はい。そうなりますよね……今ちょうど、それを考えていました」
「どういうこと?」
 私はすぐに訊ねたけれど、アリスは微笑んで空を見上げた。
「私、樹莉に会いたい。樹莉も私に会いたいって、また思ってくれるようになるかしら?」
 アリスの瞳から涙が溢れた。
「アリス?」
「おじいちゃんの書いた本を読んだ時に知ったわ。デジモンの進化、種族、属性のことを。メタルマメモンさんは完全体のデジモン……とても強いとは思うけれど、今の状態で究極体からの攻撃で耐えられないかもしれない。皆もそうよ……『金髪』の力は強過ぎる。
 それでも、前に進まなくちゃ。何も得られないわ――」
 アリスの瞳に決意が宿っていた――。

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