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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
本編21
 『金髪』は『月』――メタルマメモンさんを憎悪のこもった目で睨み上げ、
「見破られていたというのかっ! バカなバカなバカな――っ!」
 吼える。恐ろしい響きを持つ咆哮だった。
「この数の攻撃で無傷だとっ!? 生意気な! それなら、これでどうだ――――っ!」
 その怒声を合図に、再び銃撃が開始された。さっきよりも激しさを増した一斉砲撃により轟音が鳴り響き、閃光が辺りを次々に明るくする。
 火薬の匂い。火の匂い――。
 怖くて怖くて、私達は頭を抱え込む顔を地に伏せた。
 それはまるで地獄のようだった。けれど、
「嘘……」
 伏せていた顔をわずかに上げ、攻撃を繰り返し受ける空を髪の隙間から覗くように見上げるとその場所に『月』は浮かんでいる。周囲に攻撃が当り爆発音は響いても、壊れる音はしない。その『月』は、壊れない――!


「素晴らしい強度ね。攻撃を受け流すかのよう。あれは何かしら?」
 美女は表情をあまり変えていない。見た目では解り難いけれど、本当は驚いているみたい。
「『銀月障壁』。全方向のバリアだ。アレを破れるヤツはそういない」
 美女の質問に答えたのはベルゼブモンだった。かなり苛立っている。
 美女は満足そうに微笑み、そして、
「自分自身のプログラムを書き換えるリスクは承知していると思うわ」
 と言った。ベルゼブモンはそう言われても不満そうだった。
「やってしまったことは仕方ないわ。それよりあれはどれぐらいの強度なのか、試したことはある?」
 美女はベルゼブモンに問いかける。
「無ぇよ。――アイツと本気で戦ったことはねぇから」
「それならメタルマメモンは今、本気ということね? そう……楽しめそうね」
「そりゃ結構なことだ。見物だけにしておけ。オマエが出てくんのはマズイ」
「ええ。私が気の向くままに力を解き放てば『万物の死』あるのみ。自ら手を下すことが出来ないなんて、これほど我が身を疎ましいと思うことはないわ」
 それを聞きベルゼブモンは肩を竦める。
「仕方ねぇだろ? その魔爪はマズイ」
「ええ」
 美女は己の右手を見つめる。黄金の金属で覆われた――もしくは、それそのものが体の一部であるような、不思議な模様の入った金色の手。広げ、軽く握るように閉じ、そしてまた広げる。
「そうね……おかげで私の心は永遠に満たされることはないわ」
「だからオマエはデジタルワールドを去った。そして――。……っていうか、」
 ベルゼブモンは瓦礫だらけの眼下を一瞬眺め、その視線を再び美女に戻す。
「オマエ、今までどこにいたんだ?」
「――あの後のこと? センチメンタル・ジャーニーよ」
「はあ?」
「大恋愛の末の大失恋――ベルゼブモン、アンタには解らないでしょうけれど、あの御方への私の想いは広大かつ深遠そのものだったのよ。あの御方に好意を持っていただきたくて、言葉遣いも今風に変え、好みも全て変え……ああ、青春――若く美貌を誇った私! そして今でも美しく永遠に若いわ……!」
「……あのなオマエ、毎度思うが、そーいうところはどうにかしろと……」
「溢れるほどのこの美貌――ああ、それなのに満たされないこの心――」
「……聞いちゃいねぇな……」
「傷心のまま私は旅に出たわ。行き先も決めずに――」
「ふ〜ん。……憂さ晴らしにいくつも別の世界を破壊してそうだな……」
「心の傷が癒えても、デジタルワールドに戻ろうとは思えなかった。だって――あの御方の御心はもう、私には無いの……」
「あっちの平和も保たれたわけだ。それからどーした?」
「思い立ったが吉日。リアルワールドの実家に戻って隠居生活を楽しんだわ」
「はあ!? オマエ、そんなところに実家あったのかよ!?」
「ええ。白金辺りに住んでシロガネーゼというのも興味あったけれど、やっぱり実家が一番だわ。そのうち新しい家族も出来たの。おかげで退屈しなかったわ」
「家族? へぇ……オマエを嫁さんに迎えるって、どこの不幸なヤツだ?」
「見当違いもいいところね」
「違うのか?」


 ――あのぉ?
 私は疑問に思った。ベルゼブモンと美女――さっきから旧知の仲という風な、そんな話し方をしているみたい、って。
 ――でもねっ! 時と場所を考えなさいよ!
 『金髪』がメタルマメモンさんへの攻撃を続けているというのに、二人とも平然とそんなことを話している。
 ――もっとメタルマメモンさんのことを心配してくれてもいいんじゃない!?
 私はアリスと顔を見合わせる。轟音が起きるたびに、反射的に体が震える。怖い――。
「『防御率0.00』と言われているらしいが、メタルマメモン――まさかこれほどの実力とは。ここまでの鉄壁の防御を誇りながら未だ完全体だとは……」
 ドーベルモンさんは唸るように言った。キュウビモンも低く唸る。同意見みたい。
 ――ああ、やっぱり。キュウビモンもドーベルモンさんも頼りになるわ!
 こちらは心配してくれているみたいでほっとする。
 『金髪』の攻撃はやがて止み、そして狂ったように叫ぶ。
「計画が崩れる!? こんなことがあってたまるか――!」
 恐ろしい唸り声が響き、周囲に撒き散らされた瓦礫の山がそれに振動し、あちこちで崩れた。
「あのバリア、とても頑丈なのね!」
 私はまだ少し不安に思いながらも、『銀月障壁』を見上げた。ベルゼブモンはそれが解っているから美女と雑談している余裕があるのかも。だんだん、不安が無くなってきた!
「ああ、良かった。――え?」


 メタルマメモンさんは突然、両腕を下ろした。けれど『銀月障壁』は消えない。メタルマメモンさんはその中に浮かんだまま、すっと振り返る。
 ロゼモンさんは驚いて顔を強張らせた。
「メタルマメモン……」
 ロゼモンさんや私達を逃がして、その後にメタルマメモンさんが『金髪』とどんな戦いをしていたのかは解らない。でも、それがとても恐ろしい戦いだったんじゃないかと推測出来る。
 メタルマメモンさんの体――金属部分はえぐれるように削れたりしている。その金属で造られている体は頑丈だと思うけれど、それでも――ロゼモンさんの言葉を奪う。
 ロゼモンさんは両手をぎゅっと握り締め、泣くのを堪える。彼に向かって懇願するように問いかける。
「返事をして……」


 ピッ、ピピピ。
(緊急処理――Boot(起動)、――――――――処理完了――)


「無事だったのね? 本当ね? 嬉しい……。ねえ、返事をして……」


 ピ、ピ、ピ………。
(Voice verification(声紋認証)。認証開始。識別中――)


 ロゼモンさんは必死に笑顔を作る。
「どうして……私のこと、解らないの?」
 震える声で精一杯穏やかに話そうとする。
「私よ? ねえ、私……貴方を助けたいのっ! 戻ってきたのよ。マスターを助けることは出来たの。動けるようになったら来てくれるわ」


 ピ――。
(――認証終了。『ROZEMON』)


「貴方……私が解らないの? そんな……」
 メタルマメモンさんがくいっと、突然顔を上向ける。ロゼモンさんの瞳を見つめているように見える。
「こっち……見えているの? ねえ、私が見えているの? お願い、答えてちょうだいっ!」


 ピッ、ピ、ピ……。
(Iris recognition(虹彩認証)。認証開始。識別中――)


「私を守るって、どうして? だって貴方が本当にやりたいことは違うでしょう? ねえ……メタルマメモン。私は……貴方の力にはなれないの? 足手まといなだけなの?」


 ピ――。
(――認証終了。『ROZEMON』)
「『認証終了』」


「えっ!」
 突然聞こえたその声に驚き、ロゼモンさんはパッと顔を輝かせた。
「メタルマメモン! 良かった……!」
「『ROZEMON−SAN』」
 ――え!?
「な…ん……!?」
「『Reboot(再起動)処理開始』」
 けれど、メタルマメモンさんが話したわけじゃなかった。それは感情のこもらない、『機械』から聞こえる合成された声だった。
「『動力系統損傷チェック開始。――損傷有。自動修復開始……』」
「メ……メタルマメモン!? 大丈夫なのっ!? 何を言っているの?」
「『駆動系統損傷チェック開始。――左腕C系統損傷、自動修復不能。予備系統切替、始動。右腕D系統、サスペンション一部損壊。自動修復開始……自動修復不可能。予備系統使用不能、緊急処理……』」
「ねえ、あの……お願い……もう……」
「『システム機能回復中。サスペンド解除……戦闘データ読込、ターゲット……データ処理中……』」
「もう……そんなにひどいケガ、しているじゃないっ!」
「『装備チェック開始。メタルクロー・対究極体仕様レベルXX"KUSA-NAGI"、全損傷。予備刃全切替――』」
 メタルマメモンさんの右手に装備されている金属製の三本の鉤爪は、先が砕かれた刃もあれば曲がったものもあったけれど、突然根元から外れ落ちた。
「――!」
 それは下に落ち――バリアを通り抜け、降下していく。代わりにメタルマメモンさんの右手に、新しい刃が内部から出現した。ガチャリと金属同士が触れ合う音が鳴り、刃はセットされた。
「『――切替完了。――サイコブラスター・プロトタイプM2-5Q"RA-GOU"、損傷チェック開始――』」


 ベルゼブモンはおかしそうに声を押し殺して笑う。
「へえ、草薙の剣、九曜の暗黒星、か。アイツ――前から思っていたんだが、オマエと趣味合いそうだな」
 話を振られた美女は、そっと微笑む。
「ええ……」


 ――ああ、そういえば。ベルゼブモンって、あの美女が『メタルマメモンのフィアンセ』だって言っていたこと、知らないんだものね? あの場所にいなかったんだから……。
 そう心の中で呟き、そして
「なんか……引っかかる……?」
 と私は首を傾げた。
「どうしたの? 留姫?」
 アリスが私の顔を覗き込む。
「う〜ん……何か……納得出来ないような……」
「何が?」


「『"RA-GOU"――損傷無、エネルギー充填開始。入出力リミッター各設定変更。対究極体攻撃レベル6、パターンRAS。対反動処理設定変更。照準モード変更。コードH-U28――』」
「メタルマメモン! やめてっ! お願いっ!」
 耐え切れなくて叫んだロゼモンさんの声に反応したのか、突然、
「『スタンバイモード移行――パスワード要求』」
 と、メタルマメモンさんから『声』が聞こえた。
「えっ!」
 ロゼモンさん、そしてもちろん地上にいた私達も驚いた。
「え……どういうこと……?」
 ロゼモンさんは口篭もる。
 見守っていたベルゼブモンが堪えきれずに笑い出した。
「この期に及んでパスワード? ひっでぇなぁ!」
「ベルゼブモン? これ、どういうこと?」
 ロゼモンさんが戸惑い、バリアの外にいるベルゼブモンに訊ねる。
「からかわれているってことだ」
「え――!」
 ロゼモンさんは驚く。
「そうね、ロゼモンさんにはお気の毒だけれど、そうみたい」
 こくん、と大きく頷いたのは私の隣にいたアリスだった。
「わざわざ音声にして伝えなくてもいいじゃない?」
「何が?」
 私は驚いて訊ねた。
「どこを修復している、どこを損傷した――敵に聞かれる可能性もあるじゃない? さっき、武器の破損部分を交換したっていうのはその通りかもしれないけれど、その他はどうかしら? 知られて困る情報をわざわざ音声にするメリットは? コンピュータ内部での処理なのに?」
 言われてみると、
「うん、変だわ。まるで……何か別の理由のため、みたい」
 思ったままを言うとアリスは
「そのとおりよ、きっと! 何を考えて? メタルマメモンさんは何をしようとしているのかしら!」
 と目を輝かせながら言った。
「メタルマメモン、ひどいっ! 私、本気で貴方のことが心配なのっ!」
 ロゼモンさんは、ただ今、大変な勢いでご立腹中。――当然だけれど。
「オマエがいるからだろ?」
 ベルゼブモンがビシッとロゼモンさんを指差す。
「私?」
 ロゼモンさんは自分を指差し、ムッとする。
「意味が解らないわっ!」
「暴走すんな、ってことだ」
「――!」
「無闇に心配して暴走すんな、だろ? 無駄なことは一切しないアイツがこんなオマケを考えるのはそれしかねぇ。まかせておけ、ってことだ。ああ、ついでに悲鳴も上げんじゃねぇぞ」
 言われて、ロゼモンさんは顔を真っ赤にする。
「そんなぁ! 私のために……わざと? ――で、でも、あの……それじゃ……」
「そりゃ、このままじゃマズイぜ。おい! さっさと『戦え!』とでも言ってみろ。――おー、ロボットアニメみたいだな、これ!」
 ベルゼブモンはニヤニヤと笑う。隣で美女も、
「あら、『戦闘兵器メタルマメモン、出撃!』? うふふ……♪」
 と楽しそう。
 そんなことを言われたロゼモンさんは大きく首を横に振る。
「言えないわよっ!」
「そう言うなよ。臆病なオマエのために用意してくれてんじゃねぇか」
 ベルゼブモンのその言葉に、
「そんなこと言われる筋合いないわっ!」
 そう、ロゼモンさんはヒステリックに怒鳴った。


 ピーッと、電子音が鳴る。
「『パスフレーズ確認。スタンバイモードよりレジューム――』」
 ロゼモンさんは面食らった顔で、瞬きをした。
「え!?」
 続けて、またピーッと電子音が鳴る。


「『貴女ヲ守リタイ。――大好キデス』」


「え……」
 ロゼモンさんは、メタルマメモンさんを見つめた。
 メタルマメモンさん、スゴイ! ロゼモンさんが何て言うか、ぴたりと予想していた!
 ベルゼブモンは
「パスワードじゃねぇのか? パスフレーズかよ! そりゃ、ロゼモンが正気の時じゃねぇと解除不可能だろうよ。やれやれ……」
 と言いながら肩を竦める。
「そして一発解除。面白いわ、素晴らしいわ……!」
 美女はそう、パチパチと拍手する。
 ロゼモンさんは両手を頬に押し当て、
「どうして!?」
 今までにないぐらい慌てている。
「どうした? オマエでもああいうこと言われるのは恥ずかしいのか?」
 ベルゼブモンがからかうように言った。けれど、ロゼモンさんは
「言って欲しかった言葉なの!」
 と言い返す。
「へ?」
「暴走しても自分でそれをコントロール出来たら、何でも言うこときいてくれるって彼が言ったの! だから私、今度こそちゃんと……ちゃんと声に出して言って欲しいと思っていて……。でも何で今なの!? あ――――!」
 メタルマメモンさんの姿が突然、掻き消えた!
「メタルマメモンッ!」
 ロゼモンさんとファントモンを残したまま、『銀月障壁』の外にメタルマメモンさんが現れた――。


(迎撃プログラム"YA-SYA"開始。オートコントロール続行――)

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