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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
本編20
 金色の毛並みに、優しい水の色の瞳――。
 安心したのか、今の状況に驚いているのか、ぼろぼろと涙が溢れた。
 けれど私の手の平がぬるりと滑る。すぐに気付き、
「キュウビモンッ!」
 と叫んだ。彼の背中は血だらけだった。
「ひどい……!」
 酷い切り傷だった。いくつもある。彼の毛並みは赤黒い血で汚れている。
 それでも彼の目は無言で、大丈夫だ、と私に気持ちを伝えてくれる。留姫はケガをしていない?と、そう言っているみたい。
「ばかぁ……」
 彼の背中にしがみついて泣いた。
 ――ああ、本当に、キュウビモンだ……!
 彼は小さく鳴いた。急いで、と促されているように感じたから、私は促されるままに彼の背中によじ登る。
 さっきの声の主はベルゼブモンだった。漆黒の巨大な翼を広げ、魔王のような恐ろしい眼光を周囲に向ける。相変わらず怖い姿。
 ベルゼブモンじゃないかしら?って思っていたけれど。きっとあの巨大なブラスターを放ったんだ、と思っていたけれど……。
「え――!」
 ベルゼブモンの左腕に出現していたブラスターは、突然掻き消えた。驚いたけれど、それを消すことがベルゼブモンの意思だとしたら……どうして?
 ずっと下に、『金髪』がいるのに? ここは戦う場所なのに?
 でも、すぐにその理由が解った。
「えええっ!?」
 私が予想もしていなかったことが目の前で起きた!


「待たせたな……」


 ベルゼブモンが腕を伸ばして掴んだのは、なんと、空中でふわふわと落下し続けていたアイちゃんの手だった。ベルゼブモンが引くと、アイちゃんはふわりと引き寄せられる。
「遅刻よ、遅刻っ! 遅刻するなんて珍しいわねっ!」
 アイちゃんは泣きそうだけれど、思いっきり笑顔で言った。
「これでも急いだんだぜ……」
 そう不満そうに言いながらも、ベルゼブモンはニヤリと笑みを浮かべる。
「なんで? ベルゼブモンってこんな顔するのぉ!? えええっ! まさか!? もしかして、ベルゼブモンの彼女って……!」
 アイちゃんは私の声に気付いて
「あ……」
 と顔を真っ赤にした。
 ベルゼブモンは、
「うるせー」
 とだけ言った。そしてアイちゃんに、
「すぐに決着付ける。もう少し、我慢してろ」
 と言った。アイちゃんは
「平気。大丈夫! それに――その姿も怖くないわっ」
 と言った。ベルゼブモンは少し戸惑っている。
「そっか……」
 アイちゃんは明るい笑顔だった。今までのしっかりした印象が掻き消えるぐらい、幼く感じた。
「ケガしないでね!」
「……無茶言うな」
「だってここには救急箱無いもの!」
「バカ言ってやがる」
「バカじゃないもん! 私、手ぶらで来たからハンカチぐらいしか持ってないんだもの。バンソウコウもないわ」
「オレがケガするってか? あのなー! オマエ、ネズミだかネコだかのああいうのをオレに貼ろうとすんじゃねぇ! バッカじゃねーの……って、何すんだ、こらーっ!」
 アイちゃんは言うなり、その手をベルゼブモンの頬に伸ばした。ちょん、と軽く押すとさらに微笑んだ。
「だって……嬉しいんだもの……」
 ベルゼブモンは絶句した。けれどすぐに、
「……あー。……そりゃ、どーも、な……」
 とぶっきらぼうに呟く。
 ベルゼブモンはその後も「……バカじゃね?」とぶつぶつと言い、「バカじゃないもの!」とその度に応戦するアイちゃんを抱え、黒い翼で羽ばたき一気に飛んだ。羽根が舞う――。
 その先に、デジモンが現れた。
「速いったら、アンタはっ! 追いかけるこっちのこと、考えて!」
 遅れて現れたデジモンはリリモンさんだった! 無事だったんだと、嬉しくなった。その腕にマコトくんを抱えていた。
「え……マコ!? どうしてここにいるの? どうやって来たの? ベルゼブモンについて来たの?」
 アイちゃんは驚いている。
「あー、やっと会えた……」
 マコトくんは苦笑いしている。
「お姉ちゃん、ケガしてない?」
「うん、大丈夫……それより、どうして?」
「心配していたんだけれどなぁー」
「……ごめんなさい……」
「まあ、いいよ。べっつにぃ――」
「ごめん、ってば!」
 マコトくんは嬉しそうだった。ベルゼブモンはリリモンさんに、更にアイちゃんを託した。
「重量オーバーかもしれねぇが、頼んだ」
「少しの間なら大丈夫。でも、もう少し離れた場所に下ろすわ。いいでしょう? ちゃんと守るから」
「ああ。体の調子は大丈夫か?」
「うん……まあ、感覚に頼れないけれど、目と耳はフルに使うからなんとか戦えるわ」
「後はアイツが来るだろうからな……」
「うん。シードラモンは、きっと……勝つわ。勝って追いかけるって言ってくれたもの……。
 ――ねえ、メタルマメモンさんを助けて! ベルゼブモン、それにお願い、あの……」
 「ああ」、とベルゼブモンは頷く。
「ロゼモンは、まあ、大丈夫だろ。気を失っているだけだ」
「でも、あそこに! 一緒にファントモンもいるじゃない!」
「ファントモンの様子が妙だ。どういうわけだか知らねぇが、大丈夫だろう」
「でもっ!」
 リリモンさんは不安そうだった。
「あの、それは……」
 私が何か言うよりも早く、地上にすでに降り立っていたアリスが
「ファントモン! こっちに来て!」
 と叫んだ。
「何だ?」
「アリスちゃん?」
 ベルゼブモンとリリモンさんは、アリスの大きな声に驚いている。
 アリスは精一杯、叫ぶ。
「私、約束は守るわ。貴女が力を使い果たしても、私が運ぶわ! 約束を守ることはとても大切なことだもの……」
 そこまで叫んだアリスが、突然、叫ぶのを止めた。
「……誰だったかしら。それを……私に教えてくれた……大切な…………」
 アリスは自分の両手を見つめた。
「……約束、した……誰と……? 私は……。――ママが……パパが……ああ、私の大切な、大切な……」
 何かを思い出そうとして、アリスはその両手を握り締めた。瞼もぎゅっと閉じる。
「私……は……」
 その時、
「ドーベルモンッ!」
 ファントモンの声が大きく響いた。
 ハッと、アリスは瞼を開けて上へと視線を向けた。
 ドーベルモンさんは空間を抜け出すように突然――この場所にようやく辿り着いた! そしてファントモンのいる方へ向い、空中を走る。ファントモンのローブの裾を、
「失礼」
 と言うなり咥え、引っ張った。
「わわっ! ちょっと――!」
 ロゼモンさんを抱えたまま、ファントモンは引っ張られる。
 ドーベルモンさんは急降下する。アリスの元へ――!
「ドーベルモン!」
 自分の目の前に降り立ったドーベルモンさんの首をアリスは飛びつくように抱く。ドーベルモンさんは目を細め、嬉しそうだった。
「ありがとう、ドーベルモン!」
 再会の余韻もそこそこにアリスは急いでファントモンを抱え、地面に下ろす。
 キュウビモンは、私をアリス達のところへと連れて行ってくれた。
「ありがとうっ」
 私をその場所に残し、キュウビモンは上空へ走り出した。声をかけそうになったけれど必死に我慢した。
 ――彼はデジモンで今、敵に向かって狙いを定めている。私は邪魔になっちゃいけないんだから……。
 ファントモンは瓦礫の少ないその場所にロゼモンさんを抱えて座り、
「ドーベルモン……アリス……留姫も、皆、ありがと……」
 と呟くように言った。
「ファントモン、具合はどう?」
「このぐらいべつに……」
「もう! 痛いところはある? 苦しいところはないのかしら? 頭が重いとか、ほら……」
 アリスは病院の先生みたいな質問を始める。
 その時、
「あれは何?」
 不意に、上空で竜巻が起きた! 小さい風の流れはあっという間に大きくなり、そこからアンティラモンが姿を現した。
「アンティラモン!」
 アンティラモンは身軽に地上に降りた。こう見るとけっこう大きい。それなのに着地する時はあまり音が響かなかった。彼は
「ファントモン!」
 とファントモンの姿を見るなり、その瞳に厳しい色をたたえる。
 けれどアリスが立ち上がり、
「お願いです、攻撃をしないで下さい!」
 と言い、かばうように両手を広げた。
「え……」
 アンティラモンは困惑した顔になる。
「お願いです! お願いします!」
「どうして……」
 アリスは広げた両手を体の前で祈るように組むと、
「お願いです! 私達がここに来られたのはファントモンが命を使ったからなんですっ」
 と言った。
 ファントモンが苦笑交じりに、
「そんなにたいそうなことはしていないって。まだ生きているっ! おーげさー」
 と、わざと茶化すように言う。
「大袈裟なんかじゃないんです! ウィザーモン先生達のことも助けてくれたんです!」
「それは本当?」
 アンティラモンの瞳が驚いて見開かれる。
「どうして……」
 アンティラモンの問いかけに、ファントモンは溜息をつく。
「ロゼモンと話していて、考え方変わっちゃったっていうか……」
「それで?」
「それで、って……ねえ、アンタに話さなくちゃいけないの? 上手く説明出来ないんだけれど……」
「今、聞いておく必要がある」
「嫌だな……仕方ないか……」
「話しやすい言葉でいいから話して欲しい。――ロゼモンに説得された?」
「違う。ロゼモンはロゼモンのままだった。いつもそうだよ。……アタシと話してくれた、それだけ……」
「そう……。ロゼモンはいつもそうだから……」
 アンティラモンの目が嬉しそうに見えた。それを見て、ファントモンはちょっと気を許したみたい。
「アンタはロゼモンの知り合い?」
「ああ。同じ大学の同期」
「大学かぁ……学校……凄いなぁ……いいなぁ……」
「そう?」
「……ロゼモンと一緒にいられるならどこでもいい」
「?」
「ロゼモン見ていると楽しいし、アリスや留姫達と一緒にいたい。アイも好きだよ……ボロ布同然のアタシなんかを守ろうとしてくれた」
「ファントモン……」
「ああ――ずっとずっと、アタシ……何をやっていたんだろ。今はまるでとても……いい夢の中にいるみたい」
「もしも――もしも心からお主がそれを望むのなら、その願いを叶えることも可能だと思う」
 ファントモンは急に、
「何がっ! アンタは何も知らないじゃないかっ!」
 と、アンティラモンをバカにしたように笑い出した。凶暴な感情をむき出して怒鳴る。
「何で!? アタシは犯人側だったんだよ! それに今までだって罪を犯しているんだよ! 誰もが恐れるほどたくさんデジモンを殺した!」
「それは――お主がそうしなければならなかったから……」
「……!?」
 その言葉にファントモンは目を見開く。
「憎しみで感情を覆い隠さなくてもいい。消えて無くなりたいほど己を嫌悪して蔑み……もう悲しまないで。誰ももうお主に酷いことはしない……」
 アンティラモンはファントモンにそう言った。何のことを言っているのか、私には解らなかった。けれど、
「……」
 ファントモンは言葉を失った。呆然とアンティラモンを見つめる。
「我のことを憎んでもかまわない。けれどそれが我の役目……」
「憎んでも? 何で! いったい、何を……」
 ファントモンは声を震わせた。
「アンタはアタシの何を知ってるの!?」
 アンティラモンは静かに
「我らには守秘義務がある」
 と言った。その言葉だけでファントモンの怒りの感情が消えていく……。
「信じろ、と?」
 ファントモンはアンティラモンに訊ねた。
「そう願いたい。我らを信じて欲しい。そうすることでそのケガの治療も受けられる」
 そう聞いて、とたんにアリスがファントモンの隣に膝をつく。アンティラモンを見上げ、
「ファントモンを助けて下さい!」
 と頼み込む。私も急いでアンティラモンに頼む。
「私からもお願い!」
「アリス……留姫……」
 ファントモンは困った顔をして俯いてしまった。
 アンティラモンは私達にそれぞれ頷くと、
「ファントモン、体の具合は? 症状を聞いておこう」
 と話題を変えた。ファントモンは先ほどの凶暴さを消して、素直に頷きながら質問に答え始めた。
 ドーベルモンさんは少し考え込み、そして
「何があったのかは後で話して欲しい。今はファントモンと一緒にいても大
丈夫そうだな」
 とアリスに訊ねる。立ち上がったアリスはしっかりと頷く。
「ええ。私、約束したの! ファントモンはもうあまり力を出すことは出来ないのに、それでも私達を何度も助けてくれたの。だから運んであげるって約束したの……」
「そうか……了解」
 ドーベルモンさんはまだ戸惑いはあるものの、納得したみたいだった。すぐに、
「アリス。ここにいてくれ。決着をつけて戻るから」
 と言い残し、空へと駆け上がって行った。
「気をつけて……」
 アリスは不安そうにその姿を見送り、そしてファントモンへと視線を向ける。
 質問を終えたアンティラモンはファントモンに
「決して無茶なことをしないように……」
 と念を押すように言う。そして、私達よりもっと離れた場所で膝をつき倒れかけているウィザーモン先生と、それを懸命に支えるテイルモンさんの所へ走って行った。
 ようやくリリモンさんも私達のいる場所に降り立った。アイちゃん、マコトくんを下ろすと一緒にロゼモンさんに駆け寄る。
「ロゼモンッ」
 けれどリリモンさんは、ロゼモンさんの傍にいるファントモンを警戒して戸惑っている。
「アタシが怖い?」
 ファントモンはリリモンさんに話しかけた。
「う…ん……」
 恐る恐るリリモンさんは頷き、言った。
「私は今、充分に戦えないわ。だから……」
「それ、アタシにどうして話すのさ?」
「だから……酷いことはしないでっ!」
「……そっか。そーくるか……」
 ファントモンは小さい溜息をつく。
「しないよ。っていうか、敵にそういうこと言うんじゃないよ。世間知らずだな。寝首かかれるよ?」
「何よっ! そもそも、どうしてロゼモンと一緒にいるの?」
 リリモンさんは、すぐにいつもの調子を取り戻す。
「それをアタシが望んだから。メタルマメモンは反対したけれど、ロゼモンが説得してくれたからオッケーもらえた」
「え……?」
「全部話すと長いから……アタシ、話すの下手だから、アリスか留姫にそういうのはまかせるよ。――そろそろ起きても良い頃だと思うけれど、まだかな……」
 と言いながらファントモンはロゼモンさんをリリモンさんへと渡す。もう
すっかり、その姿には鮮やかな色が戻っていた。
「ロゼモン!」
 リリモンさんはロゼモンさんを抱き締める。
 それを見ながら、
「お役御免、か……」
 そんな言葉を呟くファントモンを、アリスは
「だからって消滅なんかしないでね……」
 と抱き締める。
「うん……」
 ファントモンは戸惑いながらも素直だった。アンティラモンが言った言葉
がファントモンの心の何かを変えたみたい。
「ロゼモン、ロゼモン……しっかりして……」
 リリモンさんはロゼモンさんを抱え呼びかける。何度もそうするうちに、
「……う、ん……」
 ロゼモンさんは、わずかに瞼を開いた。
「良かった! ロゼモン……!」
「……? リリモ…ン……?」
 ロゼモンさんはリリモンさんの顔を見る。皆、一斉に安堵した。
 ところがその肩越しに、
「メタル……マメモ…ン……!!」
 ロゼモンさんは、見てはいけないものを見てしまった。



「しまった! 上だ!」
 ファントモンが声を上げる。
「いや…っ……メタルマメモンが……!」
 ロゼモンさんは搾り出すように声を出した。肩を何度も震わせる。そのたびに周囲に風が起きる。乱れた風がロゼモンさんの髪を揺らす。
「大変だわ! 暴走しちゃう!」
 リリモンさんが
「どうしよう! 皆、離れて!」
 と言葉を発した。
 その中、
「ロゼモン!」
 ファントモンが叫ぶ。
「忘れないで! メタルマメモンは何て言ったのか、思い出しなよ! アンタやアタシ達を信じてくれたんだよっ、忘れないでよっ!」
 ロゼモンさんはハッと一瞬、頬を引きつらせた。そして全身から息を吐き出すように脱力して、ぼろぼろと涙を零した。
「どうしたらいいの……」
 暴走するのを何とか抑えながらロゼモンさんは泣き声を上げる。
 ファントモンは力強く言った。
「絶対、何か仕掛けているはずだよ!」
「え……」
「思い当ることは今までにもあった。何もしていないように見える時も、物でも場でも、例えデジモンの感情にでも何か仕掛けていたんだから!」
 ロゼモンさんは泣きながら天井を見上げる。
「じゃあ、本当は生きているの!? 気絶しているだけ? まだ間に合う?」
「それは助け出してみなきゃわかんないよっ。そうするしかないじゃない!」
 ファントモンがそう言うと、
「そうね……」
 涙を指先で拭いながらロゼモンさんは立ち上がった。
 よろめくロゼモンさんをリリモンさんが支えようとする。その手を、
「大丈夫だから……」
 と、ロゼモンさんは優しく両手で包み、そっと押し返す。
「ロゼモンッ!」
「私、決めていたの。メタルマメモンと一緒にいられるのなら何でもする。――どんなに傷ついてもかまわない。大好きな彼のために、私はどんな時でも頑張れるから……」
 ロゼモンさんはそう言いリリモンさんに微笑む。
「ちょっと行って、彼を連れ戻してくるわ……後はお願いね……」
 言うなり、ロゼモンさんは数歩歩き、そしてちょっと振り返る。
「ファントモン」
 ファントモンは呼ばれると思っていなかったみたいで
「何?」
 と驚いた。
「今度、一緒にケーキ食べましょう。いいでしょう?」
 一瞬、ファントモンは変な顔をした。けれどすぐに、ククッと笑い出す。
「アタシ、甘いものあんまり好きじゃないよ」
「甘過ぎないケーキもあるわ」
「どうあってもアタシにケーキ食べさせる気?」
「誰かと仲良くなりたい時は、美味しいお茶を一緒に飲んでケーキ食べるのが一番だと思うけれど。パフェでもアイスクリームでもいいわ。ダメかしら?」
 そう言われ、ファントモンは泣きそうな声を張り上げる。
「そーいう言い方されたら、手伝わないわけにはいかないじゃない!」
 残る力を振り絞り、ファントモンは空中に浮かび上がった。少し体を揺
すって、砂埃をローブから落とす。
「ダメ! ファントモンッ!」
 アリスはファントモンを引き戻そうとする。けれど、
「行かせて。――アリスとも、アタシはケーキとか食べたいよ……」
 アリスは口元を両手で抑え、涙ぐむ。
「……絶対に帰ってきて……。私、カフェでバイトしているんです。マスターに頼んでとびきり美味しいケーキを作ってもらいますから……」
「うん……アタシなんかに作ってくれるかな……」
「大丈夫です、きっと!」
「ありがと……」
 ファントモンは頷き、リリモンさんに声をかける。
「ロゼモンって頑固だから止めても無駄だよね。そう思わない? だからアタシも一緒に行ってくる。絶対にロゼモンにケガなんかさせないから。メタルマメモンにそう言われているから……」
「私も一緒に行くわ!」
「ダメだよ」
「どうして!」
「ロゼモンが言ったじゃない? アンタはここにいて留守番。――皆を守ってやって……。アタシはアンタと違って防御は下手なんだ。だから……」
 リリモンさんはハッと我に返った。
「ファントモン、まさか……!」
「心配いらない。アタシが消滅することは無さそう。――御主人様が許さないみたいだからね〜」
 おどけるようにそう言うと、ファントモンは空に飛び上がった。
「御主人様……?」
 リリモンさんは首を傾げた。



 ロゼモンさんはメタルマメモンさんへ向かって空を飛ぶ。
 先に上空に向かったベルゼブモンが、その場所で制止するように羽ばたいている。視線の先には『金髪』、そして、あの美女がいた。睨み合いが続いている。
 けれど『金髪』は、ニタッと不気味な笑みを浮かべた。
「あのデジモンが戻ってきた。――時は来たり……」
 金属のぶつかる音、擦れる音があたりに響き、周囲の壁という壁、天井、床、全てから銃撃用の兵器が次々に現れる。
「何っ!」
「……!?」
「どういうことだ!」
 ベルゼブモン達は周囲を見回して驚く。
 『金髪』は不気味な声を響かせる。
「あのロゼモンとかいうデジモン。――ザッソーモンが執着していただろう? あの変態はロゼモンの声で、『真・バッカスの杯』が作動開始するように仕向けていたのさ」
「何ですって……」
 美女が鋭い目を向ける。
「あの野郎の狂った愛情さ。いくつかのロックを解除し、最後はロゼモンの悲鳴で暗黒の世界が幕を開ける――――」


 危険が迫っていると感じて、ロゼモンさんは叫んだ。
「メタルマメモン、目を覚まして――――」
 同時に銃弾が一斉に、ロゼモンさんを攻撃した。
「――――!」
「ロゼモンッ!」
 ファントモンがロゼモンさんを守ろうとしても、この数では不可能――――。


 爆発音。
 閃光。
 爆風。
 瓦礫が雨のように降り注ぐ――。
 轟音が鳴り響いた。世界が崩壊するかのようだった。



 恐ろしい攻撃と、それによる熱風が起きる。地上にいた私達は体を守るように地面に伏せた。ただただ、怖かった。
 やがてそれらがおさまった時。瞼を開けて慣れない目を向けると天井は砕けてほとんど無くなり、雷雲がうごめく空がそのまま見えた。
「あれは……!」
 体に振り注いだ小さい破片を払い退け、私は立ち上がる。
 空に、銀色の光が浮かんでいる。
「満月?」
 とても大きい、まるで月のようなそれはロゼモンさんとファントモンを包み込んでいる。そしてその中にもう一人、デジモンがいた……!
「メタルマメモンさん!?」
 メタルマメモンさんだ! 両手を前に突き出すようにして、動かない。その月のようなものが、メタルマメモンさんの作り出したバリアだと解った。
「メタルマメモンッ! しっかりして! 返事をしてちょうだい!」
 ロゼモンさんが叫ぶ。
「意識が無いの!? なのに、どうしてっ!?」
 リリモンさんが立ち上がり、呆然と呟く。
 ――メタルマメモンさんは意識を失ったままあの銀の針の数々から抜け出
し、ロゼモンさんを守っているの!?
「テメェ自身にオートプログラムを仕掛けたのか! 大バカヤローッ!」
 ベルゼブモンの怒鳴り声が響いた。
 空に雷雲が轟く――――。

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