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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
本編19
 ファントモンはアリスの腕の中で肩を震わせる。
「メタルマメモンが……」
 苦しそうな声を聞き、美女はファントモンへ視線を向ける。
「……」
 じっと見つめる美女の視線にファントモンは気付き、そちらへ目を向ける。
「またアタシのデジコアの色、見てんの?」
「ええ。貴女は嫌だろうけれど、でも……」
「見たくなくても見えてしまう?」
 ファントモンは何気なく言ったかもしれないけれど、
「……!」
 美女はわずかにその言葉によって目を見開いた。
「仕方ないことなら、アタシも気にしないようにする……」
 そう言いながらもファントモンは声を震わせる。
「メタルマメモンのことで、どうしてそれほど動揺するの?」
 美女はそう、ファントモンに問いかけた。
「今までにない色だわ」
 美女が気に入っているファントモンのデジコアの色は複雑な色になっているんだと思う。
「好きだった。……今でも好きだ」
「好き?」
「うん、そーだよ…。ロゼモンを好きなアイツは……たぶん、前よりもずっと好きだ。消滅なんか絶対やだよ……」
 ファントモンは言い、俯いた。
「そう? メタルマメモンを?」
「アイツはただかっこ良くて優しいヤツじゃない。残酷な時もある。そして、たぶん他の誰よりもロゼモンのことが好きだ……だから、アタシは……辛い……」
「そう……」
 美女は意外そうに、不思議なものを見るようにファントモンを見つめる。
「ファントモン……」
 アリスはファントモンを気遣う。私も、そしてアイちゃんもファントモンのことが心配だった。いつものように怒りもしないで素直に本心を言うなんて、それを気にすることが出来ないぐらい不安だからだと思う。
 空中に浮く美女は、ふわりとファントモンに近付く。
「何か…?」
 アリスはファントモンを庇うように、強い口調でそう言った。
 美女はアリスに
「提案があるの」
 と持ちかけた。
「何ですか?」
 アリスは訊ねる。警戒は解かない。
「ファントモンは犯人達と一緒にいた時間が長いわ。ここにいる誰よりも、メタルマメモンがいる場所の記憶を強く持っているはず。その記憶を利用すれば、私達はその場所に辿り着ける……」
 美女が言い終わらないうちに、
「待って下さい!」
 アイちゃんが素早くファントモン達と美女の間に割り入るように立つ。くるっと踵を返し、アイちゃんは美女に向き直る。
「それは危険なことですよね!?」
「そうね」
「私じゃダメですか? ロゼモンさんと一緒に私はあの場所にいました。ファントモンの代わりになりませんか?」
 アイちゃんはそう、ファントモンを庇うように両手を広げて言った!
「本気でそう言っているの?」
「はい。私は本気です」
 美女を怖いと思っていても、アイちゃんは必死だった。
 美女は
「残念ね。貴女は人間だもの……」
 と言った。
「そんな……」
「ファントモンが適役だわ。危険なことを避けていて、これ以上手遅れになるわけにはいかないじゃない?」
 そう、美女はアイちゃんに問いかける。
「でも……」
「とにかく私が行くことが必要なの。私を一目見れば、メタルマメモンは死にかけていても立ち上がるでしょう」
 そう言う美女を、ファントモンは険しい目で睨む。
「メタルマメモンは、今はロゼモンが一番好きだと思うよ!」
 そうファントモンが言っても美女は動じず、
「それは関係の無いことよ」
 と言った。ファントモンは言葉に詰まり、悔しそう。
 そして、美女はアイちゃんに、
「私だけじゃなく、貴女も必要ね」
 と言った。
「私?」
 アイちゃんは驚いて訊き返す。
「なぜロゼモンと一緒にいるの? 五年前にウィザーモンがワクチンを作ったことを知っているのか? どうしてあの場所に連れて来られていたか? ――誰の入れ知恵かしら?」
 ――え?
 私もアリスもそしてファントモンも、アイちゃんを見つめる。
 けれど、
「誰か、じゃないです。私が考えたんです」
 アイちゃんはきっぱりとそう言った。
「そう?」
「『共生』です。そう、学校で習いましたから。誰かのために生きることは大切なんです。私は私のために、そして誰かのために行動出来ますからっ」
 アイちゃんが言った。
「「え……!!」」
 同時に驚いたのは、私、そしてアリスだった。それは大きな声だったので、アイちゃんが不安げにこちらを見る。
「あの? そう思いませんかっ!?」
 訴えるような真っ直ぐな瞳を向けられ、私達は顔を見合わせ、そしてアイちゃんに、
「違う、誤解しないで……」
「私達も『共生』は大事だと思うわ」
 と何度も頷いた。そして小声で、
(アリス、今の聞いた? ねえ……)
(ええ、もちろん。うちの学校の校訓と同じこと言うなんて。こんな時にそんな場合じゃないけれど、学校が懐かしくなるわ……)
 と話した。
 美女はウィザーモン先生に問いかける。
「ファントモンの記憶を辿ること、貴方なら出来る?」
 ウィザーモン先生は渋りながらも頷く。
「あまり良い方法ではありませんね。ファントモンを疲れさせてしまう」
 それを聞きファントモンは、
「それ……どれぐらい成功しそう?」
 と、ウィザーモン先生に訊ねる。彼は
「そうですね……」
 と、沈み込んだ顔になる。
「成功するけれど、アタシは危険になる?」
「ええ……」
 ウィザーモン先生は頷いた。
「そっか……」
「やめましょう! 他の方法を考えて……」
 アリスはファントモンをそっと抱き締める。ファントモンは、
「……くすぐったいこと言うね、アンタは……あったかいなぁ……」
 と言った。今までになく優しい言い方で、私は泣きそうになった。ファントモンはそんな私にも、
「留姫も、そんな顔すんじゃないよ……」
 と言う。
「そんな顔って……じゃあ、どんな顔をすればいいのよっ!」
 私はわざと怒った声で言い返す。でも我慢出来なくて、ぽろっと涙が零れた。
「……『共生』か。いいじゃない、それ。最期ぐらい、そういう行動してもいいよね……」
 ファントモンは小さく頷きながら、そう、少し明るく言った。
 ところが、
「あら? まあ、何を言っているの?」
 美女が意外そうな顔をする。
「最期? 誰の?」
 その言葉に、私もアリスもアイちゃんも、
「「「あんなこと言った張本人がそんなこと言うなんてっ!」」」
 と同時に叫ぶ。
 ところが美女は小声で笑い出す。この場の雰囲気にそぐわないぐらい上品な笑い声は不気味だった。
「最期? ファントモンに最期? そう? 冗談でしょう?」
 と言った!
「冗談? どーいうこと……?」
 ファントモンが首を傾げると、美女は微笑む。
「御主人様の許可も無く、いなくなることなんか許されなくてよ」
 そう言われ、その言葉の意味の重大さに気付き、
「へ? えええ――――!」
 ファントモンは徐々に顔を真っ青にした。
「あの、え……ちょ……と……最期がないってこと? どういうこと?」
 美女は妖艶な笑みを浮かべる。
「……逃がすと思う?」
 あまりにも楽しそうに、挑むように言われ、
「あ…の……ぉ……!」
 ファントモンはそう呟くのがやっとだった。ヘビに睨まれたカエルって、このことだと思った!
 美女はファントモン達から離れると、背を向けた。ちらりと肩越しにファントモンへ視線を向ける。
「さっき、『指きり』したでしょう?」
「うん?」
「私と『指きり』することがどれほどの意味を持っているか、そう遠くないうちに解るわ。嫌というほどに……」
「そう言われてもねえ! 何だっていうんだよぉ……」
 ファントモンが口篭もる。
 カラン、と何かが地に落ちる音がした。
「?」
「何?」
 私達がそちらに目を向けると、
「ウィザーモン先生?」
 ウィザーモン先生が屈み、落とした杖を急いで拾い上げる。
「『金色の魔爪』で……なんと……」
「どうしたの? アンタ、顔色悪いけど?」
 ウィザーモン先生に抱えられているテイルモンさんが、訝しげな顔で問いかけている。
 ――え?
「まさか……『指きり』……? 恐ろしい……」
 いつも穏やかなウィザーモン先生が激しく動揺しながら呟いている。
「ウィザーモン先生?」
「どうしたんですか?」
「何か?」
 と口々に訊ねる私達の視線に気付き、
「あ……すみません、ちょっと驚いてしまって……ご愁傷様です、ファントモン……いやはや……あははは……」
 と引きつった笑顔は、ウィザーモン先生の「この件にこれ以上関わりたくない!」という意思表示のように見えた。ちょっと驚いたぐらいじゃ、この慌てぶりは絶対無い!
「どういうことですかっ!」
 その様子に私達も動揺する。
「そんなに恐ろしいことなの?」
 そして当の本人であるファントモンはこれまでに無いぐらい真っ青な顔になっている。
「そこまで……? そんなにヤバイの? も……う……どうなっちゃうんだ……あは…は……」
 ファントモンは肩を震わせている。
「しっかり、ファントモン! 諦めちゃダメよっ」
 アリスはファントモンをしっかりと抱え直す。
 でもファントモンは半ば諦めた顔で
「気持ちだけでいいよ。アリス、アンタは人間だもの……」
「でも!」
「それにアタシの記憶でこの状況が打開出来るなら、仕方ないよ……」
 ファントモンは覚悟を決めたみたい。
 ウィザーモン先生はファントモンに歩み寄る。
「貴女の記憶に残る場所を思い浮かべて下さい。そちらに、一気に飛ばしますから」
「成功出来る?」
「失敗すればメタルマメモンを助けられません」
「それはイヤだな。頑張ろう〜っと」
 ファントモンはわざと明るくそう言うと、アリスの腕の中から抜け出した。よろめきながらもバランスを取り、空中に浮かぶ。
「ファントモン!」
 アリスは追いすがるように声をかけた。
「アリス?」
「あの……本当に……」
 アリスは泣きそうだった。
「――頼みたいこと、言ってもいい?」
 ファントモンらしくない言い方。
「何でも言って!」
「あの、悪いんだけれど……私が倒れていたら、また、運んでくれない?」
 アリスの顔はパッと明るくなった。すぐに、
「ええ! 絶対に!」
 とアリスは大きく頷いた。
「つまりファントモンは消えるつもりは無いってことね!」
 私が言うと、ファントモンは
「まあね。せいぜい頑張るよ」
 と返事をくれた。
「じゃ、ウィザーモン。さっさとやっちゃっていーよ」
 覚悟を決めたファントモンは、軽くそう言う。
「解りました。こちらも最善を尽くします。――テイルモン、少し離れていて下さい」
 ウィザーモン先生は抱えていたテイルモンさんを足元に下ろした。テイルモンさんは不安そうにウィザーモン先生を見上げる。
「ウィザーモン……」
「大丈夫です。転送が開始されたらまた貴女を運びますから」
「そうじゃない! アンタは? アンタに負担はかからないの?」
「多少はかかります」
「どれぐらい?」
「どれぐらいって?」
「答えて!」
「ええと……あまり試みない術なので例えるのが難しいです。でも、すぐに済みますから……」
 テイルモンさんは少しイライラしながら、ウィザーモン先生の後方へ数歩歩き、離れた。そして、彼を見上げる。
 ウィザーモン先生は杖を掲げ、念じる。周辺に徐々に光の粒子が走り出す。それらを自在に操り地面を滑るように走らせて、やがて一つの、巨大な魔方陣を作り出す。私達をすっぽり囲む大きなそれは光を増していく。
「ふぅっ……ぁ……ぅくっ…………やっ…………」
 ファントモンは苦しそうだった。やっぱり体にとても負担がかかるみたい。
 ウィザーモン先生の集中力は高まり、魔方陣の光は増していく。
 私達の体は、だんだん何かの力に引っ張られるように宙に浮かんだ!
「わ……!」
「きゃ……!」
 私達はこれから起きることへ不安を感じ、皆それぞれ、ぎゅっと目を閉じた。
 魔方陣の光は増していく。眩し過ぎる光がほとばしる。
 自分の感覚がおかしくなる。周囲が、ぶれる。揺らぐ世界。
 共鳴するような高い音が、響く――――。



 不思議な感覚だった。それはまるで、柔らかい……くにゃりとしたもので、私達の体を包んだ。ファントモンの術を思い出す。けれど、違った。
「――――!?」
 一瞬、息が出来なくなる。息が、息が……!?
 意識が遠退きそうになる。
 けれど、すぐに息が出来るようになった。
「びっくりした……」
 大きく息を吸って瞼を開く。
「何これ……!」
 私は信じられない光景を見た。私達はそれぞれ、空中に浮かんでいた! ゆっくり、ゆっくりとガスが抜ける風船のように落下していく。
 ウィザーモン先生の術は成功したみたい。その場所は確かに元、私達がいた場所だった。けれど無残にあちこちの床は崩れ、遥か高い天井さえ、ぼろぼろと崩壊しているところもある。
 その中であのウイルスの発生装置は無傷だった。この状況で無傷だということも驚くけれど、この見た時とは違い、見たことのない不気味な光を放っていてもっと驚いた。不自然なぐらい眩しい光だった。
 そして、
「あれは…………!!」
 何か解らない、名前の知らない恐ろしい魔物が、そこにいた。それが『金髪』だと、瞬時に解った。デジモンの中には、こんな魔物のような姿のデジモンもいるの? 不気味なその姿に、たまらなくなって目を逸らした。
「……あ。アリス!」
 逸らした視線の先に、アリスが浮かんでいた。私が浮かんでいる所よりも離れた場所で、もっと下の方にいた。私よりも上の方にはアイちゃんも浮かんでいた。
「大丈夫よ!」
「無事ですー!」
「二人とも無事で良かった! ――そうだ! メタルマメモンさんは!? どこ!?」
 私は叫ぶ。
 私達は周囲を見回す。すぐに、ウイルスの発生装置の遥か上、天井をアリスが指差した。
「あれは……!」
 その声にアイちゃんは急いで天井を見上げる。そして悲鳴を上げた。
「キャ――――ッ!」
 天井にデジモンがいた。体のほとんどを機械で作られているそのデジモンはとても小さい。メタルマメモンさんのデジモン本来の姿だと解る。そこまで解るのと同時に私も悲鳴を上げていた。
「きゃああっ! そんな……そんな――――!」
 無残だった。
「こんなことになるなんて……!」
 その体に無数の鉄杭が突き刺さっている。太い銀の針のようなそれが腕にも体にも、容赦無く突き刺さっている。そうして天井に磔にされている――――。
 目を覆いたくなるほど無残な姿に、気が遠退きそうになる。
 ――気絶している場合じゃない!
「しっかりしなきゃ……メタルマメモンさんを助けなくちゃ!」
 私は周囲を見回す。
「――あのデジモンは? え……!?」
 美女の姿を探すと、私より離れた場所で宙に浮き、メタルマメモンさんの無残な姿を見上げていた。
「嘘でしょ……ヤバイ…………」
 私は自然にそう呟いていた。ぞくり、と私の背中に悪寒が走った。美女の体から、恐ろしいほどの殺気を感じた。人間である私にさえ解る殺気だった。黒い光が、まるで太陽の紅炎――プロミネンスのように沸き起こっている。
 私だけじゃなく、アリス達も感じているみたい。それに美女のすぐ傍にいるファントモン、それよりも離れた場所にいるウィザーモン先生達は同じデジモンだから、もっとはっきりと感じることが出来ると思う。皆、呆然と美女を見つめていた。
 その殺気は――まるで何か恐ろしいものが這い上がってくるような、そんな雰囲気だった。今までとは全く様子が違う。これは憎悪…………!?
 美女の口から、深闇から流れるような声が紡がれる。
「覚悟は出来ているのかしら?」
 そう、遥か下にいる『金髪』に問いかける。それだけなのに、はっきりと解る。『死』の感覚を――――。
 けれど『金髪』は動じなかった。
「そんなものはすでに出来ている。そっちこそ、どうなんだ?」
 そう言われ、美女は視線を鋭くする。それに答えず、
「ファントモン。――ご苦労だったわね」
 と言い、ファントモンへ、抱えていたロゼモンさんを押し付けるように託した。
「あ…のっ! 戦うんですか……?」
 ロゼモンさんを慌てて抱きとめるとファントモンは驚いて訊ねる。美女の迫力に怯えている。
「ええ。これは許せないことだもの……」
 美女が言った。
「戦うの!?」
 私の背筋に冷たい汗が流れた。
 その時、


「やべぇだろ。この空間ごと吹き飛ばすつもりか? よせよせっ! オレ達にまかせて傍観してろっ」


 と、景気良い声が響いた。
「え? この声?」
 私は上を見上げた。
「上から? まさか……!」
 私がそう呟くと同時に、爆音と共にずっと離れた場所で天井が崩壊した……!
「きゃあああっ!」
 かなり離れているとはいえ、大きな爆発による爆風で体が吹き飛ぶ。破片を避けようと両腕で顔を覆う。
 ――痛い――っ!
 けれどすぐに私の背中に何かが当った。
「!?」
 それは柔らかい動物の毛並みだった。夢中でその体にしがみ付いた。
「キュウビモン――ッ!」
 彼だった! 彼が来てくれた!

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